偽りの裏切り
写真撮影に夢中になっている真琴は廃ビルを奥へ奥へと進んでいく。所々足場が悪く、床が抜けている場所もあったが、真琴は慎重に歩いて今は何とか引っかからずにいる。
鉄の骨組みが露わになっている天井を見上げながら、真琴はカメラのシャッターを切る。
「そういや、こういう場所ってアスベストとかがありそうだよな……」
大丈夫かな、俺の健康。
しかし、ここまで入ってしまえばそんなことを気にしても仕方がない。真琴は出来るだけ上を向いて呼吸をしないように気をつけながらカメラを持ちながらぼんやり歩いていた。
「おーい、真琴ちゃーん!」
後ろから聞こえてきたのは、未来の声。真琴は振り返って未来と少女の姿を目撃した。
先ほどの気絶は何だったのか。そう真琴が思ってしまうほど、元気な未来がこちらへ走ってきていた。
相変わらずのテンションで真琴に抱きついた未来は彼に頬ずりしながら甘え始めている。そんな彼女の突然の態度に顔を赤らめて未来を離そうと必死になった。
「な、何してんだよバカ! これじゃあ本当に恋人同士だって思われるだろうが!!」
「えー? だって私たち恋人じゃん」
「未来……お前、何か変なモン食べたのか?」
「食べてないって!」
未来と真琴の仲良さそうな光景を見て、少女は何故か心の底で悲しい気持ちが渦巻くのを感じた。
真琴とは初対面のはずなのに、何故か彼と未来がくっついているとやきもちが焼いてくる。自分の中の不快な感情を気づかせないためにも、少女は言葉に出すことにした。
「あのー、私のカメラ返してもらえないかな?」
「おい! 離れろって……!! お、悪いな」
くっつく未来を強引に離した後、真琴は自分が首から下げていたカメラを少女に返した。何故だろうか。少女は真琴から返してもらったカメラをジッと見てしまう。彼から返してもらった。その行為が、少女にはとてもドキドキしてしまったのだ。
ダメ……、これ以上ここに、真琴君の側にいたらおかしくなっちゃう。私が私でなくなる……あれ?
一瞬だけよぎった自分とは違う別の感情。しかし、少女はすぐにその感情を忘却してしまった。
「じゃあ、私はこのカメラで二階を撮影してくるから、あなたたちはここで待っててくれないかしら?」
「オッケーオッケー! 任せてよ!」
「一人で大丈夫か? 男の俺が行かなくてもいいか?」
「『一応』男の子だけどねー真琴ちゃんは」
「それどういう意味だよ!」
少女は二人の惚気け具合に呆れながら、一人で二階へと上がっていった。
少女という邪魔者がいなくなって、未来の行為はさらにエスカレートしていく。二階に行った少女を心配している真琴を後ろから抱きしめたのだ。さすがの真琴も未来の雰囲気の違いに不信感をもっているが、逆にいつもの変態的行為の延長線上なのかもしれないという思いもある。
未来は切なそうな表情をして、真琴に話しかけた。正直言って、今未来に成り代わっている男はこの状況を楽しんでいた。真琴の焦る表情が癖になってこんなことをしてしまっている。依頼されたのは時間稼ぎなので、男の行為も決して無駄ではないのは確かだが。
「ねえ真琴ちゃん。私と奏ちゃん、どっちが好きなの?」
「……え゛!?」
「間をとって明日香ちゃんってことはないよね? 私か奏ちゃん、どっちかだよね?」
「俺は……」
真琴は誰を好きだとは言えなかった。本物の明日香を間接的に殺してしまった自分にその資格があるとは思えないと思っているからだ。まだ、自分の中で整理がついていない真琴は正直に未来に話すことにした。
「悪い。まだ、考えられない。奏にもそう言ったんだ」
「えー、つまんねーなー。どっちかに決めろよー」
「み、未来……?」
「じゃないと……殺しちゃうぞ☆」
「――っ!」
一瞬の殺気を感じて、真琴は未来から離れる。押し出す形になったため、未来は後ろに倒れて尻餅をついてしまう。
別人の感じがして、真琴は注意深く未来を見る。しかし、未来の姿はどう見ても真琴が今まで一緒に行動していた未来にしか見えない。
未来はクククッと引き笑いをして真琴をバカにしている。セーラー服でスカートを履いているにも関わらず、今の未来は気にせずに足を広げて下着を見せていた。
「お前……未来、なのか?」
「決まってるじゃーん。いつもの未来ちゃんだよー。一つ違うことはね、真琴ちゃんをすっごく殺したいなって思ってるところ!」
未来は懐からナイフを取り出して、真琴に向けて威嚇する。
未来の身に確実に何かが起こっている。しかし、それが操られているのか、それとも他の要因があるのか。TSFの知識に乏しい真琴にはまったくの不明であった。
操られているとしたら、うかつに攻撃はできない。いや、奏の時みたいに目を覚ますことは出来るのかもしれない。だけど、あれは憑依されてたからであって……。
「このナイフで切られたらどうなるかわっかるっかなー?」
「どうなるんだ……」
「ドスっとな!」
未来は近くにあった透明なビンにナイフを刺した。すると、ビンは物理法則を無視してパックリと分かれたではないか。未来は一枚の皮になったビンを広げて真琴に見せつけた。
「はい、皮になっちゃいまーす」
「何だと……?」
未来が言う『皮』がどんなものか真琴には分からない。ただ、それが未来に危害を加え、これから自分を襲うのだろうというのは察することはできた。




