成り替わるモノ
少女が先導し、真琴と未来は後ろについている。廃墟の場所に辿り着くと、少女は後ろを振り向いて両手を広げてビルを紹介し始めた。
「ここが今日の廃墟、廃ビルでーす!」
「へえ、ここがねぇ……」
興味のない真琴はボーっとしながらビルを見上げる。開発途中で中止になった影響か、ビルは完成せず最上階の方はまだ枠組みしか出来上がっていない。その最上階はブルーシートが被せてあったのだが、一部破けてしまったせいで内装がバレてしまっているのだ。
未来も真琴と同じく、眉をひそめながらビルを見ていた。
二人の興味のない表情に気づいたのか、少女は必死に廃墟の素晴らしさを説明し始める。その必死さは、目を閉じて腕を振るくらい真剣なものだった。
「ちょ、ちょっとー! 廃墟は人間のロマンなんだよ! 未来さんも、イディオットくんも分かってよ!」
「いや、分かってよって言われても……なあ未来」
「そ、そうだね。私たちにはちょっと分からない世界かも」
「むー……。せっかく未来さんに廃墟の素晴らしさを分かってもらって私の活動をやりやすくしようと思ったのに」
計画が思うように進まないことに、少女はアンニュイな気持ちを持って深いため息をついた。
しかし、それでも少女は諦めない。真琴にカメラを差し出したのだ。そのカメラは一眼レフのデジカメだった。スマホやガラケーで大抵の場合は事足りる世の中で、カメラを持っている人間は珍しかった。
真琴はカメラの物珍しさに目を奪われてしまった。
「こ、これがカメラかよ……。始めて見たかも」
「え? 本当ー? じゃあ貸してあげるよ」
「マジで?」
真琴はファインダーから覗いて景色を見ている。未来や少女の事は気にせずに廃墟を見上げてシャッターを切っている。少しだけ、こちらの世界へと呼ぶことが出来た少女はニヤリと口を歪ませた。そして、少女はその隙に作戦を開始する。
少女はカメラに夢中になっている真琴を呆れながら見ている未来を後ろから羽交い絞めにした。
「ほえ?」
「おっと動くなよ」
未来の耳元で囁き、少女はクロロホルムを染み込ませたハンカチを未来の鼻に当てた。
瞬間的に意識が朦朧としていく未来。未来は手を伸ばして真琴に助けを乞うとするが、その前に未来は意識を失いかける。しかし、未来は最後の力を振り絞って、スマホを取り出して助けを乞うメモを残して捨て去った後、ガクッと頭を項垂れた。
それに少女が気付かなかったのは幸いだろう。少女は気絶した未来を後ろから支えて、急に大声を出した。
「え!? どうしたんですか未来さん!」
「ん? 何かあったのか?」
ファインダーから覗くのを止めて未来たちの方向を向いた真琴。目を閉じて眠っている未来を見ると、彼は急いで近づいてきた。
「未来、どうした!?」
「なんか熱にやられたみたいです。私が看病しますから、イディオットくんは先に廃墟に入って撮影してって下さい」
「未来のクラスメートなら安心か。頼んだぞ!」
真琴はそう言うと、廃墟の中へと入っていった。事が思い通りに進み、少女は隠さなくてはいけない怪しい笑みを隠しきれなくなってきていた。それでも冷静さを失うことなく、少女は未来を担ぎ上げて真琴からは気づかれない廃ビルの壁へと寄りかからせた。
すやすやと眠りについている未来の頬を妖しく触り、彼女の大きな胸を少しだけ触る。
「これからこの子になるのか。悪くないな、今の体よりは」
未来にさらに薬を飲ませた。痺れ薬である。それから、少女は未来に向かって手をかざした。
その瞬間、未来の体から光が溢れる。眠っているが、苦しそうな声を出している彼女の体から、彼女を模した皮が出てくる。
少女はその皮を奪い取って、大きく広げた。
「フフフ、成功だ」
「う……ううん……」
ようやく目を覚ました未来はまだボーっとしている意識で少女の方向を見た。少女が皮を広げて恍惚の笑顔をしている光景。未来はそれが恐ろしく見えた。クラスメートなので、あくまで表の顔で驚きを表現する未来を、少女は見下していた。
「やっと気づいたのか」
「ね、ねえ。何をしてるの……? その皮ってまさか……」
「ああ。これはな、お前を複製した皮だ」
「か……わ……?」
もしかして、TSFのあれだろうか。
未来は自分の持つ知識を思い出して、それからハッとした。すでに表の顔をする余裕などない。
「まさか、今のその姿も皮なんじゃ……!」
「お、察しがいいな。その通りだよ。さてと、お前の姿……使わせてもらうぜ」
少女はそう言うと、自分の胸の辺りを掴んで引き裂いた。すると、少女の体が引き裂かれて中から男が出てきたではないか。少女だったものから出てきた男は完全に少女を脱ぎ捨てて、未来の前に立った。
そして、男は未来の皮をその身に纏い始めた。最初は体型があってないため伸びきってあられもない未来の姿だったが、時間が経つに連れて男の体が未来の体型になっていく。それと共に、伸びていた未来の姿もちゃんとした姿へと変わっていった。
未来の姿になった男は咳払いを数回した後、同じ姿をしている未来に笑いかけた。
「どうかな? 自分の姿は」
「そ……そんな――」
「私って……結構大きいよねー。奏ちゃんや女の子の真琴ちゃんよりも大きくて、とっても嬉しいなー……なんてな」
男は自分の胸を救い上げて嬉しそうな笑みを浮かべている。コピーされた自分の体を弄んでいる男を止めさせるために、未来は立ち上がろうとする。しかし、先ほど飲まされた痺れ薬のせいで未来の体は面白いように動かなかった。
「――なんて可愛らしいの!?」
「……そ、そうか」
未来の思いがけない反撃に男は少しだけたじろぐ。
「その様子だと、記憶も読めるみたいね」
「へえ、意外と冷静なんだ。ま、どうやら私ってそういう能力にけっこー詳しいから当たり前っかー」
「むう……ちょっと気持ち悪いかもね」
「さてっと。本物の私に良い物見せてあげる!」
そう言うと、男は懐から筒を取り出し、中から新たな皮を取り出した。へなへなになって誰だか分からないその皮を、男は意気揚々と掲げて未来に見せつけた。
「これね、私の友だちのお父さんの皮! いいでしょー」
「……あんまり嬉しくないよ。ってか私の姿して記憶も持ってるなら正義に目覚めなよ!」
「ふふっ。記憶が読めるのはあくまでウィキペディアを参照するようなもの。曖昧だし、その思想に沈むこともないの」
男は未来に見せつけた皮をしまいこんで、再び未来を見下ろした。
「本物の私にはちょっと面白い趣向を凝らそうと思うの」
男はそう言って先ほど抜いだ少女の皮を広げた。それだけで、未来は何をされるのか考えがついた。
「そ……それはヤバイんじゃないっすかー!?」
未来は何とかしようと必死に痺れた体を動かすが、先ほどと同じくムダだった。
「痺れてるのに、どうやって抵抗できるのかなー? 無駄なんだよー……えいっ!」
男は未来の体に少女の皮を無理矢理被せた。声だけで抵抗する未来だったがそれも無駄なこと。真琴が廃ビルの中に入っていることには聞こえなかった。
完全に少女の皮を被せられた未来が、再び意識が朦朧としていく。いや、未来自身の記憶が少女のものへと上書きされていくのだ。
……ご、ごめん真琴ちゃん。出来るなら、あのスマホに気づいて……。私……もうーー
自分が自分でなくなる感覚に酔わされながら、未来は未来でなくなった。この瞬間、偽物が未来となってしまったのだ。
少女になってしまった未来は、突然立ち上がって未来の姿を模している男の手を握った。
「ごめんなさい未来さん! 私、どうしてクロロホルムなんか嗅がせたんだろう……」
「気にしてないよ私は。それより、真琴君のところへ行こうよ」
「そうだね。イディオットくんに貸したカメラを返してもらわなきゃ」
「そうだよそうだよ。さ、行こう!」
完全に少女となった未来にほくそ笑みながら、男は少女と手を繋いで廃ビルの中へと入っていった。




