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ウワサの真相

 椅子に座りながら、まるで小学生の如く泣き止まない真琴に、奏は未来と同じような違和感があった。

 それに、あの真琴がこんな場所で泣くなどありえないと思っている。

 奏は慎重に真琴に話しかけた。


「あの……真琴くん?」


「ひっく……誰?」


 真琴は泣いて目を腫れさせていた。そんな目で見られて、奏は思わず目を逸らしたくなったが、それは失礼にあたる。そう教育されてきた奏はしっかりと真琴を見つめた。

 真琴は奏のことが分からないらしく、彼女に対して首をかしげて疑問を示していた。

 諌見は真琴の異変に気づき、奏に報告する。


「真琴先輩、おかしくないかな?」


「うん。知ってる。……君は誰?」


「僕……先生にまだ怒られるの?」


「先生……?」


「先生は僕を残して……いつもイジメるんだ。毎日毎日……どうしたらいいの?」


 諌見は理解した。もしかしたら、真琴がおかしくなっているのは未来に憑依している幽霊とは別の何かが憑依しているのではないかと。

 オカルトチックな雰囲気だが、今の諌見にはそれが正しいモノの見方だと思ってしまう。


「あの……あなたはもしかして、全然テストの点数が取れない落ちこぼれの……」


「違うよ! あれは先生のせいでテストが取れないんだ!」


「どういうこと?」


「僕を気に入った先生が、毎日放課後に残るようにわざと僕のテストの点数だけおかしくさせるんだ」


「じゃあ、あの怖い話は……」


 一方で真実で、嘘もあったということ。

 諌見は数時間前に聞かされた怖い話を思い出す。怖い物が嫌いな諌見は、耳に入れていなくても一語一句覚えてしまうのだ。

『この学校には全然テストの点数が取れない落ちこぼれがいてね。その子、毎日学校で勉強していたの。


 それでも点数は上がらなかったけど、毎日毎日頑張っていたそうよ。でもね、ある日を境に彼は小学校から消えてしまったの。その話をするね。


 その子はいつも通りに放課後、教室に集まって勉強をしていたわ。先生も最初は見守って教えていたんだけど、急な用事ができてしまって一旦教室から離れてしまったの。


 その子は先生が帰ってくると思ってずっと一人で勉強してた。何時間もね。


 ある時、その子は気が付いた。今、何時だろうって。時計を見た。夜の六時半だった。


 普通は小学校でそんな時間まで勉強する人はいないよね? でも、その子は先生を待つために勉強を続けていたんだって。偉いよね。


 さすがのその子も勉強し続けて疲れてたのか、ウトウトと眠りこけてしまった。次に目覚めた時、その子はすぐに時計を見たの。そしたら時刻は夜の八時半。


 さすがに焦ったのね。その子はすぐに帰り支度をして教室のドアを開けようとした。だけどね、そのドアは開かなかったの。』


「あの、あなたは勉強をするために放課後に残っていたんじゃないんだね」


 真琴はぐずりながらも首を縦に振った。


「語り継がれていく間に話がおかしくなっていったんだね。怖い話によくあることだよ」


 怖い物は苦手な癖に、奏は何故かそんな情報に詳しい。

 諌見は奏に相談しようと声をかけようとした時、後ろからオドロオドロしい声が聞こえてきた。いつも聞いている声なのにもかかわらず、それはこの世のものとは思えない声に聞こえたのだった。


「俺のお気に入り小学生ちゃーん……逃げちゃダメだよぉ……。じゃないと、虐めちゃうぞ」


「――っ!」


 殺気を感じた奏は再び木刀を後ろに向かって振る。しかし、二度目は通用しなかった。未来は木刀をかわし、奏と距離をとっている。

 そのニタニタした表情は醜悪さで満ちており、とても未来とは思えない顔だった。

 これが、憑依されているということなのだろうか。

 奏は未来を、正確には未来に憑依している存在を睨みつけた。


「未来に憑依しているのは先生なんでしょう?」


「そーだよぉー。ヒヒヒ……」


「わざとテストの点数を改ざんさせて、放課後に残させるなんて、何が目的なの?」


「目的ぃ? だってあの子可愛いじゃないか!」


「可愛い? たったそれだけの理由で?」


「おばさんは黙っててくれ。俺の守備範囲は小学一年から小学六年までなんでね」


「……ふざけないで!」


 奏は木刀を持ち直して未来に先端を向けた。しかし、それ以上何もできない。例え攻撃しても、ダメージを受けるのは未来であって憑依している存在ではない。

 ここで戦えるのは、同じような能力を持った諌見だけしかいなかった。

 奏は全てを託して、諌見に話しかける。


「諌見ちゃん。あなただけだよ。未来と真琴くんを救えるのは」


「え? 私……?」


「諌見ちゃんの憑依能力で、未来に憑依している先生を引っ張りだせない?」


「……怖い。だけど、やってみる!」


 諌見は決心して、諌見の体から精神を切り離した。

 精神体となった諌見は未来へと近づき、未来の手に触れた。その瞬間に、未来の中へと侵入した諌見は未来の中に隠れている先生の魂を引っ張りだす。


「グゥ!? な、何事だ一体!!」


 未来は必死に抵抗するが、諌見は負けない。最終的に諌見の精神が勝利し、先生の魂は未来から切り離された。自由になった未来は目を閉じて気絶して廊下に倒れる。

 その様子を見ながら、先生は歯ぎしりをしていた。


「くうう! やっと手に入れた体だったのになぁ!」


「アンタのような奴は先生なんかじゃない! 小学生の敵! 悪魔!」


「クソ……! いや……まだいるじゃないか! そこで倒れている小学生の体が!」


「え!?」


 無防備になっている諌見の体を見つけた先生はその体に向かって一直線に飛んでくる。

 今の諌見には攻撃できる手段は残されていない。しかし、それは奏が予測済みだった。男の子の姿になっている奏は木刀より真剣に変身させて、精神体となっている諌見に投げつけた。


「諌見ちゃん! これに憑依して先生を!!」


 返事よりも先に、諌見は奏が投げた真剣に入り込んだ。

 自由に動けるようになった真剣は、先生の魂を一突きし、貫いた。


「ギェエエエエ!!」


 先生は目玉が飛び出るような痛みに襲われ、それから青い光となって消滅していった。

 諌見は真剣から抜けて、すぐに自分の体へと戻る。目が覚めた諌見は、自分の体を見回して無事だということを確認した。


「今のって……どういうことなんだろう」


「奏先輩、成仏って知ってる?」


「怖がりなのに、よくそんな言葉知ってるね」


「奏先輩こそ。先生とあの子は多分地縛霊ってやつだよ。それが、今の一太刀で先生が消滅……成仏した」


「ということは……」


 一部始終を見ていた真琴は怯えながら奏たちに質問を始めた。


「先生……死んじゃったの?」


「死んでないよ。天国に……って先生は地獄か。っていう場所に行っただけ」


「僕は天国に行けるのかな?」


「大丈夫よ。君は絶対に天国に行ける。お姉さんを信じなさい」


 奏はすでに真琴とは別の存在だということを認識して、真琴に向かって優しい言葉と頼りがいのある表情を出した。

 小学生から見れば大人の奏に説得されて、真琴は笑顔になって光りだす。すると、真琴の体から幽霊が出てきた。それは小学生の魂だった。


「ありがとう。僕を助けてくれて」


「じゃあね。天国では虐められないようにね」


「うん! じゃあねおねえちゃん!」


 そう言って、小学生は光となって消滅した。

 事態が収拾した後、未来と真琴は意識を取り戻して起き上がった。

 立ち上がった二人を警戒する諌見に、奏は苦笑いして彼女の頭を撫でる。


「大丈夫だよ諌見ちゃん。ちゃんと本物の二人だから」


「本物ってどういうことさ……」


 奏は二人に起こったことを全て話し、聞き終わった未来は苦い表情をして不快感を露わにした。


「えー、ということは誰とも分からないやつに憑依されてたってのー? 気持ち悪い……」


 真琴の方は青ざめた顔をし、足が震えていた。


「どうしたの真琴くん?」


「い、いや……なななな何でもない」


 諌見はいたずらっ子のような小悪魔的な笑みを浮かべながら、真琴に話しかけた。

 諌見の声にもビクビクしている真琴は汗水を垂らしながら諌見の方を向いた。


「真琴先輩、もしかして……幽霊が怖くなった?」


「そ、そんなわけあるか! それだったら、お前の方が――」


「残念でした真琴先輩。私は今日で克服したんだよー」


「な……に?」


「怖がりだった頃の私が震えあがった怖い話を聞かせてあげようか?」


 その瞬間、真琴は一目散に走っていった。

 それを一同は苦笑いを浮かべて眺めていたのだった。

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