知られざる真実
その体を貫かれた女性はゆっくりと後ろへと倒れていく。女性はその間に奏を見て、彼女の無事を確認して優しく笑った。奏は女性の行動に驚き、そして彼女の表情に困惑を隠し切れない。
「――くそっ!!」
怪物に近づいた真琴は諌見の精神が怪物に憑依していないことを心の中で確認してから、剣を振りかざして怪物の胴体を縦に真っ二つに切り裂いた。
怪物は二つに割れて、そのまま消滅してしまった。
こんなに簡単に倒せたのに、油断してた……!
諌見を救ったことで全てが終わったと全員思っていた。その全員の驕りが、この悲劇を招いたのだった。
奏は女性に駆け寄る。地面に力なく倒れている女性。彼女の腹部はキレイに貫かれている。生身の彼女では、真琴たちのように自然に回復することはできない。奏はよろよろと地面に膝をついて、女性の体を抱き起こした。
「……どうして、私を助けてくれたの?」
奏の目には涙が溜まっている。そして、疑いの眼差しを女性に向けていた。
女性は、彼女を安心させるために健気に笑顔を作った。
「あなたが……大事な娘だからよ」
「嘘よ! だって、お父さんもお母さんも……お兄ちゃんたちも私を嫌ってたじゃない!!」
「……私だけは、あなたを愛していた。だって一人娘なのよ? 嫌いになるわけないじゃない。でもね、あなたのお父さんは本気であなたを憎んでいたのは事実。そして、そのせいで私もあなたを無視せざるを得なかったのも事実」
「……信じない。私は信じないよ!!」
「信じてくれなくてもいいの。私はあなたにそれほど酷いことをしてしまったのだから」
激情に身を任せて女性の口から出た言葉を必死に否定する奏に、真琴は何も言えずに黙って後ろから見つめている。
どう声をかければいいんだ。今の奏にかける言葉はない……。
「う……うそ。違う……違う違う! 私は……家族から愛されてなくて……」
「私の出来る限りで、あなたを自由にさせたかった。剣道部に入れたのも、私がお父さんを説得したから。高校生になれてるのも……私が……」
そこまで言いかけて、女性は口から血を吐いた。激しい咳と苦しげな表情。奏は震える声で彼女を心配し始めていた。
「大丈夫!? お母さん!」
「心配……してくれるのね。本当に優しい娘に育って……ごめんね……かなーー」
言葉途中で、女性は奏の顔に伸ばしかけた手をダラリと下げた。手にはバッジが握られており、奏に渡そうとしていたようだ。しかしそれは叶わなずに目を閉じ、呼吸を停止させた。
奏は女性の胸元に顔をうずめて、しゃっくりを抑えながらすすり泣いていた。
「卑怯だよこんなの……信じられるわけないじゃない!! 好きだったらなんで……!! なんで何も言ってくれなかったの!? 私はただ……愛してるって言葉だけで良かったのにっ……!!」
怪物が消滅したことで、怪物が作っていた透明なフィールドが破壊される。真琴たちの周りの景色が歪み終わると、未来が近くで待っていた。
未来は仲間の全員の無事にホッと胸を撫で下ろした。しかし、女性を抱えて泣いている奏にだけ、不思議に思った。彼女に駆け寄ろうとした未来だったが、途中で真琴に遮られる。
「今は……そっとしといてやろう。きっと奏もそれを望んでる」
「うん……」
彼女を元気づけたいと思った未来だが、今は真琴の言葉を信じて彼女から離れる。
明日香は未だに気を失っている諌見をお姫様抱っこして真琴と未来に近づいた。
「ねえ、気絶してるいさみーどうしよう?」
「……こういう場合って保健室使えるのか?」
「どうだろうねー。普通に病院に連れてった方が良くない?」
三人が普通の会話を繰り広げる裏で、奏は死んだ女性の手を握りしめた。彼女の手に握られていたバッジ。初心者マークのような若葉のデザインがこしらえてある。
……これが形見なの? って言っても答えてくれないんだよね。お母さん、本当に私が好きだったの?
奏は死に際に言葉にしていた女性の愛をどうしても信じられないでいる。今まで奏は家族全員から嫌われていると思っていた。その思いはそう簡単に崩れることはできない。幼い頃から学習された感情の修正は一番難しいのだから。
しかし、逆に奏は母を信じることのできない自分にも嫌悪していた。相反する感情が奏を苦しめていく。
……お母さんが私を愛してたなんて、こんな時になんか聞きたくないよ。残された私はこれからどうすればいいの。お父さんやお兄ちゃんたちもって期待しちゃうよ。こんなの……。
どうせなら、嘘でもいいから憎んでいたって言って欲しかった。死ぬ間際になんて……こんなの酷いよ。




