真琴の合流と名も無き催眠術師
意識を取り戻した真琴は、最初に柔らかな感触に包まれていることに気づいた。背中側の体が何かに優しく包み込まれている。寝ぼけている真琴にはベッドで寝ているということをまだ分からない。
真琴はゆっくりと目を開ける。先ほどまで奏を見ていた自分はどこにいるのか。その手がかりを探すために首を動かして周りを観察する。まず、白い天井が見えた。それから白を基調とした壁やクリーム色の小さな机がある。
「ここは……病院?」
やっと、真琴は自分のいる場所を把握した。ちなみに今の自分の性別も確認すると、男の子であった。
何とか生きてたのか……。
ひとまず自分の生存を喜び、すぐに奏の心配を始める。諌見と戦っているのではないか。そう考えると真琴は心配で仕方なかった。
そうだ。こんなことをしている場合じゃない。すぐにでも奏のところに行かないと……!
気だるい体を精神力で叩き起こしながら、ベッドから這い上がる真琴。操られた奏に貫かれた腹部に痛みが生じたが、数時間前よりは痛みは引いていた。そっと腹部を確認して、真琴は驚いた。貫かれたはずの腹部の損傷が治っていたのだ。
「な……何でだ」
いや、それを考えている暇があるのなら奏を救いに行かなければ。
真琴はベッドから起き上がってハンガーに掛けてあった制服を手に取った。体は直ったが制服の方はありのままの姿を示している。貫かれて血染めになってしまった制服だが、これしか着るものがない真琴は諦めて着替えることにした。
着替え終わった真琴はすぐさま自分の学校に戻ろうと部屋のドアを開ける。すると運の悪いことに、彼の様子を見に来た女性の看護師と鉢合わせしてしまったのだ。すでに回復している真琴に驚きながら、看護師は彼をベッドに戻そうとする。
「何をしているんですか!? 安静にしてて下さい!」
「すいません! 俺、もう治りましたから!」
看護師を押しのけて廊下に出る真琴。後ろから何やら声が聞こえたが、今の真琴は聞く耳を持たない。
玄関を出て真琴は学校の方向へと走りだす。すると、未来が病院へと走ってきていた。
「あ、真琴ちゃん!」
未来の尋常ではない真剣な表情に何かがあったことを察知した真琴は、走り過ぎでバテている未来を落ち着かせてから話を聞いた。
「未来……何があった」
「話したいことはいっぱいあり過ぎてまとめらんないけど……一番大事なのは、奏ちゃんがピンチだってこと」
「……分かった」
「待って真琴ちゃん。私も行くよ」
未来に頷いて、真琴は彼女と共に高校へと向かった。未来の話で校門前で何かが起きていることを理解した真琴だったが、彼は目的地に辿り着いて唖然としてしまった。
校門前には誰も存在しなかった。しかし、走っている時に聞いていた被害の残骸は見当たる。
一体彼女たちはどこへと行ってしまったのか。
「まさか、怪物のフィールドのせいなのかな……?」
「かもしれないな」
二人が会話をしている間に、唐突と地面を割るような地響きを二人は耳にした。どこから発生しているのか真琴は耳を澄ましたが、なんと地響きは真琴の目の前で発生していたのだ。
目を疑いながら、真琴はそっと目の前の空間に手を伸ばす。が、変化はない。
「ねえ真琴ちゃん。女体化したら入れるんじゃない?」
「よし、分かった」
真琴はためらいなく自分を女の子に転換させてから、再び目の前の空間に触った。すると、空間は水のせせらぎのように揺らいで中へと進めるではないか。
未来も試してみたが、彼女はただ空間をすり抜けるだけだった。
「能力者だけが入れる……のか」
「私はここまでだね」
未来は悔しそうな表情をしながらも、真琴を応援するために無邪気に笑顔を向けた。
「頑張ってね真琴ちゃん。私は励ますことくらいしかできないけど、ここでずっと待ってるから」
「……ああ。行ってくる」
未来に頷いて、真琴は中の空間へと入っていった。
この空間に一人取り残された未来は深いため息をついて、背伸びした。
「あーあ。早く帰って来ないかなー? 暇だし何してようかな……そうだ。帰ってきた真琴ちゃんに着せる服を想像しようっと」
未来は気づいていなかったが、その時、真琴が中の空間へと侵入したところを目撃した女子生徒が二人存在した。未来のクラスメートである二人は散歩のつもりで校門前に来たが、何故か未来の様子がおかしく、未来と付き合っている噂のある真琴が女の子になって消えたのだ。
二人は目が点になってしばたたせて不可思議な状況に戸惑っている。
「ねえ、これって何なの?」
「分からない。ただ、未来さんがおかしくなってるのがショック」
「……警察とかに知らせた方がいいのかな?」
これからの対応を相談している二人に、一人の男が近づいてきた。彼は学生服を身にまとっていた。一見気弱そうな表情をしながら、男は女子二人に話しかけた。
「あの、どうしたんですか?」
「それが、あそこに女の子がいるじゃないですか。そこに、先ほどまでもう一人いたんですよ。でも突然消えてしまって……」
彼に疑問を持つこと無く、親切心から今あった出来事を事細かに話してしまった女生徒に、もう一人が注意を促す。
「止めなよ。私たちが頭のおかしい人だって思われるじゃん」
「だって、本当のことでしょう?」
「オレは信じますよ。だけどね、君たちがこの真実を知ってしまったことはとても残念だ」
「……はい?」
「君たち程度なら、これでも十分か」
彼は一つのペンを取り出して女生徒二人に見せつけた。決してレア物のペンではなく、どこかの文具店で購入できるような安物のペンだった。しかし、突然ペンを出されて少しだけ面食らっている二人。彼はその時点で勝利を確信して怪しく微笑んだ。
「はい。このペンをジッと見て」
彼の言葉に黙って耳を貸してしまう女生徒たち。何故かそうしなければならないという雰囲気があった。
「ジーッと見ていると段々体が軽くなっていく。そう、君たちは夢を見ているような高揚感と倦怠感が生まれるんだ」
「は……い」
「ほら、君たちはあと三秒で眠りにつく。三……二……一!!」
彼はペンを閉まって突然二人の目の前で手を叩いた。すると、女生徒二人は彼の言葉通りに眠りについてしまったのだ。コンクリートで作られているとはいえ、地面に倒れている二人。彼は術中にはまった二人を抱き起こしながら耳元でささやいた。
「二人は先ほどまで見ていた光景を忘れてしまうよ。不可思議な記憶だからね。真っ白に消去してしまおう」
二人は彼の為すがままに頷いている。
もしかしたら、これから使えるかもしれないな。
そう思った彼は更なる催眠を加えた。
「オレの存在は君たちの心の中に刻まれるんだ。永遠にね。だからオレには逆らえない」
「はい……」
「君たちはオレとさっき見せたペン。その二つのキーワードを見たらすぐに今みたいな催眠状態になっちゃうんだ。いいね?」
「は……い」
「よーし、それじゃ君たちは催眠から目覚める。一……二……三!!」
彼はまたしても二人の前で手を叩いた。ハッとした二人は周りを見渡して、何故自分たちがここにいるのか首をかしげていた。
「大丈夫でしたか? 急に倒れたもので驚きましたよ。とにかく目覚めてくれて良かった。オレはこれでいなくなりますからね」
「あ、はい。ありがとうございました……」




