大団円からの黒幕登場
奏と諌見はお互いを支えあって立ち上がった。諌見は自分が犯してしまった過ちを悔やむかのように、奏の怪我を心配している。
「ごめん奏先輩。お……私、酷いことを……」
「いいのよ別に。これくらい、大したこと……あれ?」
気丈に振る舞おうとした奏を目眩が襲う。体が宙に浮くような感覚がし、無意識に地面に倒れようとする奏を、未来が支えた。彼女の傷を痛ましく思いながら、未来はそっと吐息を流した。
「どこが大したことないのよ。真琴ちゃんと一緒に、奏ちゃんも病院行きよ」
「そうかもね……」
未来に自分の体を任せるのが、こんなにも安心するとは奏自身も驚いていた。しかし、今は彼女の言うことを聞くしかない。奏は彼女にくったくのない笑みをした。
明日香はこの状況に満足するとともに、確認の意味を込めてみんなに向けて質問をした。
「これで一件落着ってことかな?」
「そうは問屋が卸さないってね」
明日香の言葉に誰もが納得していた。しかし、次の瞬間、その言葉に水を差す者が現れた。それはスーツ姿の女性、諌見の母を人質に取った女性。そして……。
奏はボーっとしていた意識を一気に覚醒させた。何故なら、奏はその女性の姿を知っていた。いや、知らなければならない。
諌見は奏の反応に、やはり確信を持った。諌見の直感は正しかったのだ。
「嘘でしょ……? お母さん!?」
「やっほー奏。この間はお父さんが世話になったわね」
「まさか……人質をとって諌見ちゃんを操った人って……」
「そう、私」
ああ、似たもの同士が結婚するってこういうことだったんだ。未来は前にも奏の父が乱入していい雰囲気をぶち壊したことを思い出した。
「ダメじゃない諌見ちゃん。こっちには人質がいるのにさ」
「ふざけるな! そうだ……今お前を倒せばママを救えるんだ!」
「へー、指パッチン一つで自殺する命令も下せるのに?」
「なっ!?」
「ってのは冗談。そこまで力は貰ってないよ。ただし……」
女性は胸ポケットからバッヂを取り出した。若葉マークのバッヂに、奏と未来は見覚えがあった。それは両者の想い人が持っていたバッヂとそっくりの形をしていたのだ。
真琴は女性と接触していた……? じゃあ女性は味方? いや、諌見ちゃんを無理矢理従わせている。
二人が考えても女性の行動は読めない。
女性はバッヂを諌見にかざして大きく声を上げた。
「さあ! 諌見ちゃんの真の力を発揮する時よ!!」
「――っ!!」
掲げられたバッヂを目にした諌見は急に頭痛を訴え、頭を抱えた。バキバキに割れるような頭の痛みと体中の全てを出したくなるような不快な吐き気。諌見はその二つの不調に耐えられず喉を潰すかのようなだみ声を出してしまっていた。
ハッとして奏は女性に訴える。
「止めてお母さん! どうして諌見ちゃんに酷いことを!」
「これで諌見ちゃんも一段階上がった! オーバードライブ能力が開放された!!」
能力者の存在に共鳴して現れる複数の白き怪物。奏は白き怪物の動きがおかしいと感じた。いつもなら見境なく襲ってきそうな怪物が今日に限っては大人しい。何かを待っているような、そんな気がしてならないのだ。
奏は一瞬の判断で未来に叫んだ。
「未来! あなただけでも逃げて!!」
「え!? どうして!」
「怪物がフィールドを生成させたら誰も呼べなくなるし逃げられなくなる!」
「そういうこと……! 分かった!」
ここにいても足手まといになるだけ。それなら真琴ちゃんを呼んだ方がいいに決まってる。……確か真琴ちゃんは病院に行ったんだっけ? そんなこと関係ないわ。今はみんながピンチなんだもの。私が引っ張ってでも連れてくる。だから待っててみんな!
未来は奏に納得して急いでこの場から離れるために全力疾走する。
奏は女性が妨害するかと思って密かに剣を生成していたが、女性は諌見の覚醒に躍起になっていて未来のことは見ていなかった。
諌見はすでに意識を失い、女性の為すがままにされてしまっている。諌見の体は光に包まれ、中で電撃が走っている。その電流が流れる度に、諌見の体はビクンと痙攣する。
諌見のボロボロな姿に目を背けず、奏は女性を睨みつけた。
「何が目的なの。お母さん」
「目的ねぇー。強いていうなら、能力者を一人だけにするってところかな?」
「つまり、私たちの始末」
「当たり。さすが私の娘だわ」
「そんなこと言われても嬉しくない……!!」
女性が奏との会話に夢中になっている。明日香はずっとチャンスを伺っていた。諌見を救うチャンスを。
今がその時だと判断した明日香は駈け出して諌見に向かって鞭を振るった。しかし、鞭は諌見を囲んでいる光に当たって弾けてしまった。
「無駄よおチビちゃん。今の彼女はオーバードライブ状態。……これから面白いものを見せてあげるわ」
怪物は女性の言葉に従うかのように一点に集まりだした。まるで朝の通勤列車のごとくぎゅうぎゅう詰めになっている怪物は次第に溶け出し、一つの形へとまとまりつつある。
体力の少ない奏と、怪物の変身に怯えている明日香はただ黙ってみていることしかできない。
この場に集まっていた怪物は一つになり、合体した。姿は今までと変わらない、しかし、それは奏が今までに見たことのない大きさの怪物だった。三階建ての高校の校舎と同じくらいのサイズを誇った巨大な怪物。それが、今彼女たちの目の前に現れた。
「諌見ちゃん! あの怪物に憑依するのよ」
諌見がうつろな目で怪物を見ると、彼女の体を纏っていた光は消失し、意識を失って地面へと倒れていった。光は怪物に当たり、怪物は苦しげな声を上げた後、すうっと静かになった。そして怪物は棍棒を捨てて自身の右手を鋭い槍に、左手をハンマーへと変化させた。
「憑依したモノの力を最大限にさせるこの能力……。素晴らしいとは思わない?」
「怪物に諌見ちゃんが憑依してるっての……!?」
「このバッヂは彼女の覚醒を促し、同時に私の言うことを聞くようになる。素晴らしいバッヂなのよ。これがどういう意味かわっかるっかなー?」
女性が怪物に向けて命令をする。
「さあ、まずはあそこにいるおチビちゃんを殺しなさい!」
「え!? ぼ、僕……!!」
あまりにも大きすぎる怪物を目の前に、精神が小学生である明日香は恐れのあまり足を震えさせている。とても戦える状態ではないが、奏は敢えて彼女に叱咤激励して奮い立たせることにした。
「戦って明日香ちゃん! いいえ、悠太君! しっかりしなさいそれでも男の子なの!?」
「で、でも……!」
「デモデモダッテはいつでも出来るのよ! 私だって真琴くんを傷つけて落ち込んでたけど無理矢理立ち直ったんだから!!」
「……分かったかな姉! 僕、頑張るよ!!」
「その意気よ」
鞭を構える明日香。しかし、怪物は女性の命令を遂行せずただ黙って明日香を見下しているだけだった。
おかしいと思った女性は怪物に再度命令を送る。それも怪物は実行しなかった。
「おかしい……! 諌見ちゃん! さっさとおチビちゃんを殺しなさいよ!!」
「ウウウ……アアアアア!!」
怪物は雄叫びを上げ、あらゆる建造物を瓦解させていく。高校の壁はひび割れと共にボロボロに崩れ、地面に転がっているレンガは完全に砕け散っていった。
怪物のバウンドボイスに奏と明日香、女性の三人は耳を抑えている。
あまりのうるささに奏は片目を閉じながら怪物の様子を見る。
女性の支配に抵抗している仕草は見せていない。操られているようでもない。これはまさか……暴走?
怪物はその場で足踏みしながら、女性に向かってハンマーを振りかざして叩きつけた。その行動に女性は驚き、とっさに逃げる。ターゲットのいなくなったハンマーは地面へとめり込み、砂埃を巻き上げた。
「くっ! これじゃ計画が……! 止めなさい諌見ちゃん! 私の命令に従いなさい!!」
「お母さん。あなたの計画も思い通り進まないようね」
「奏! ……これはあなたのためでもあるのよ。まず手始めにおチビちゃんを始末しようと思ってたのに、逆にあなたが狙われることになるかもしれないのに!!」
「それはそれで好都合よ。諌見ちゃんは私が救ってみせる! 行くよ明日香ちゃん!」
「うん!」
すでに奏の体力は限界だった。しかし、怪物に憑依して暴走をしている諌見を放っておくわけにはいかない。
最後の力を振り絞って、奏は立ち上がって剣を構えた。




