後悔と反省
奏はすぐさま救急車を呼んだ。車はものの数分で到着し、真琴はタンカーに乗せられて、救急車へと運ばれていく。電話越しで話した真琴の容態から自体の深刻さを予想したのか、救急とは別に警察も現場に到着していた。
もちろん、奏は第一発見者であるが、奏にはまだやらなければならないことがあった。救急車を呼ぶためにスマホを使っていた奏は、何どもメールがあったことに気づいた。そのメールの送り主は未来だった。未来からのメールは自分が第二体育館倉庫に閉じ込められているということを知らせるものだった。
自分が未来を救わなければ。そう思った奏は救急車と警察が来たことを確認するとすぐにその場を立ち去った。本当は真琴を心配しているため救急車で一緒に病院へ行きたかったのだが、奏は友達を救うためにそのわがままを胸に閉まった。
「やれやれ、また傷だらけの被害者ですか」
「ええ。これで二人目ですよ。確か、同じ学校の生徒でしたよね? 事件性はないんですか?」
「それをこれから調べるんですよ」
「そうですか。ところで、通報してくれた善意の方にはもう事情聴取を?」
「いや、それが現場にはいなくてね……」
事件について会話している救急隊員と警察官の話を耳にしながら、奏はひっそりとこの場を去った。
第二体育館倉庫は人気のない場所に存在している。普段からここにいるのは不良か後ろめたいことをしている人間くらいしか寄り付かない。幸いにも、今日は誰も近づいていなかった。
怖い人たちに遭遇しなかった奏はホッと胸を撫で下ろして、倉庫に近づき大きな声を上げた。
「未来! そこにいるの!?」
「その声は奏ちゃん! もしかして、憑依が解けたの!?」
「うん! 待ってて。今から開けるから」
奏は錠の形を見て鍵を生成し、錠を外した。第二体育館倉庫に、再び新鮮な空気が注入される。
光とともに未来と明日香の姿が見えてくる。明日香は奏を見て涙を流しながら抱きついた。
「かな姉ー! 怖かったよー!!」
「よしよし。ごめんね、私操られてて……」
明日香は奏の胸の中でうずめながら必死に頭を左右に振った。それは奏を許してくれるという意味なのだろう。奏は明日香の頭をゆっくりと撫でながら彼女に感謝した。
未来も倉庫から出てきて大きく深呼吸する。その呑気な姿は真琴が重症を負っているという情報がないからだろう。
「危なかったー。倉庫で餓死なんてたまったもんじゃないからねー。奏ちゃんは真琴ちゃんに助けてもらったの?」
「う、うん……」
歯切れの悪い返答に首を傾げる未来は、再び深呼吸しながら奏に質問をした。
「どしたのさ? あ、真琴ちゃんにいやらしいことされたとか?」
「……ごめん。今はそういう気にはなれないの」
「話してみてよ。何があったの?」
奏は未来に自分のやってしまったことを話した。憑依されてたとはいえ、自分が真琴を傷つけてしまったこと。救急車を呼んだが未来たちを助けるためにその場から離れてしまったこと。
その間、未来は黙って奏の話を聞いていた。おちゃらけるわけでもなく、話の腰を折るようなこともしない。
全てを話し終わった奏の声は震えていた。
「どうしよう。私、もう真琴くんのこと……」
「しょうがないんじゃないの?」
「え?」
「だって憑依されてたんでしょう? 抵抗できないし、完全に諌見ちゃんの支配下にあったならどうすることもできないよ」
「でも、私……」
「デモデモダッテはいつでもできんのよ。今はどうやって諌見ちゃんの口にアツアツのおでんを入れるか。……ゴホン。つまり、懲らしめるかってことでしょう? それにさ、真琴ちゃんだって恨んでないよ。死ぬ間際の顔を見てみた?」
落ち込んでいる奏の姿を見て少しでも雰囲気を壊そうとする未来。奏は未来の配慮に感謝しながらも未来の言葉を胸にする。すると、今まで落ち込んでいた心もすうっと軽くなったような気がした。
責任転嫁かもしれない。だけど、諌見ちゃんだって事情があるんだ。まずは諌見ちゃんを助けないと、これからも憑依される人が出てくる。
真琴くんはちゃんと笑顔になってた。死んでないけど。
奏は未来の目をしっかり見て、力強い声を発したと同時にツッコミを入れた。
「……うん。そうだね。でも、真琴くんは死んでないよ」
「さあ! 真琴ちゃんの敵討ちだ! 諌見ちゃんの居場所を探そうぜ!」
「え? まこ兄死んだの……?」
ああ、話がややこしくなった。
明日香は未来の言葉を真に受けて次第に目に涙を貯め始めている。奏は明日香にしっかりと事情を説明して、未来が嘘を言っているということを理解させた。
明日香は未来に対してムスーっとした表情で不満を表現している。騙されたことに根を持っているのだろうか。未来は明日香に謝っているが、明日香の表情は変わることがない。
「ね。このとーり謝るからさあ。機嫌直してよ明日香ちゃん」
「むー。みら姉いじわるなんだもん。絶対に許さない」
「えー、許してくれたらクレープ奢ろうかなって思ってたのになー。ああ、残念だなー」
「え、ホント!? じゃあ許す! 許しちゃう!」
「そうかそうか。許してくれるか!」
「うん! みら姉大好き!!」
「えへへ、ありがとう。さてと、奏ちゃんが憑依から解けたことで諌見ちゃんは焦っているはず。まだこの近くにいるよ」
「そうだね。三人で手分けして探そう」
二人は仲直りできたようだ。奏はクレープに簡単に釣られる明日香に少しだけ顔をほころばせながら、ある決意を固めた。真琴の容態を心配しつつ、今自分がやらなければならない事を確信し、それに向かって進むこと。確かに真琴を刺してしまったのは自分で、それを操っていたのは諌見だ。でも、諌見にだって事情があった。彼女を責めることはできない。
黒幕さん。全てがあなたの思い通りにいくとは限らないってこと、見せてあげるわ。諌見ちゃんも救って大団円のハッピーエンドを向かる。私たちの力で、ね。




