犯人は現場に戻る?
真琴、未来、奏の三人は学校をサボり、街中を歩いていた。明日香を探し出し、目を覚まさせて入れ替わりを戻してもらわなければならない。
しかし、昨日の捜索では三人の中で一番明日香と接してきた真琴でさえ居場所が発見できなかった。その事実に、未来は少し不安げに真琴を伺っている。
「というわけで何も考えず走りだしたはいいけど、どこから捜索する気?」
今日から参加した奏は呑気に真琴と未来に話しかけた。
彼女の質問に答えるため、真琴は己の脳内で考えをまとめ始める。昨日では明日香が行きそうな場所を捜索したつもりだった。ならば、今度は悠太君が行きそうな場所を捜索すればいいのではないか。
「……俺に考えがある。一緒に来てくれないか」
そう言った真琴はとても頼りになる存在のように思えた。真琴は二人を連れて悠太君のいそうな場所を探し始める。彼の通う小学校、彼のお気に入りの場所やよく話題にしていた公園。果てはおもちゃ屋まで足を伸ばした。……だが。
「ふあーづがれだー……もう動けないー」
奏の肉体なので体力はあるはずだが、精神が未来なので根性がないのかもしれない。奏は近くのベンチに座り込んでピタリと動かなくなってしまった。
「くそ……どこにいるんだよ……」
真琴の見当ははずれ、まったくの無駄足となってしまったのだった。さすがにバツの悪そうな顔をして二人に謝罪する真琴。
未来は自分を責める真琴をフォローするように言葉に気を遣った。
「しょうがないよ。発信機でもついてない限り、探すのは難しいから……」
「もー、しっかりしてよね真琴ちゃん」
「本当に悪かった……」
ダメだ。どこを探しても明日香は見つからない。一体どこに隠れているのか。
再び考えをまとめようとする真琴に、奏の一言が耳に入った。
「神社は探したの?」
「神社?」
「ほら、私と奏ちゃんが入れ替わった神社。犯人は犯行現場に再び現れる。その法則から行けば神社に絶対いるよ!」
そう言えば、真琴は神社のことをすっかり忘れていた。だが、あそこは特に思い出のない場所だった。強いて言うなら、真琴と明日香と悠太君の三人でよく遊んだ程度の――。真琴はハッとして奏の肩を掴んだ。
「……それだ!」
「ヤっさん! そんな簡単なことにも気づかなかったのかい!?」
「誰がヤっさんだコラ! ……まあいい。今は神社に向かうのが先だ。行くぞみんな!」
「えー、言わなきゃ良かった……」
頬を尖らせて不満を表現する奏だったが、自分一人のワガママで二人の足を止めることはできない。意外にも責任感があった彼女はベンチから立ち上がって二人に付いて行く。
三人が立ち止まっていた場所は神社からそう離れていなく、短時間でたどり着くことができた。石段を登りきり、鳥居をくぐって真琴は付近の捜索を始める。
未来も真琴の横にくっついて一緒に明日香を探している。肉体は未来で普段は運動していないのに、息切れ一つおこさないのは根性なのか。
彼女と対称的に、奏は猫背になりながらようやく石段を登り切っていた。ゼーハーゼーハーと荒い呼吸を繰り返して必死に空気中の酸素を取り込もうとしている。
「あ……あり得ない。化け物かあの二人は……」
額の汗を拭りながら鳥居を抜けた奏は石でできた灯籠に寄りかかって休憩を始める。目を閉じて風を感じているその仕草は完全に油断をしていた。そんな奏に、後ろから襲う影が迫っていた。
自らのクールダウンを優先している奏が後ろに気づいたのは、風を切る音に反応してからだった。即座に灯籠から離れた奏は後ろの刺客に目を向ける。
「避けちゃったか。残念」
「幼馴染……昨日ぶりね」
奏の言葉の後に、灯籠が斜めに切断されて地面に落ちていく。
うわー、気づいて良かったぁー……。
不敵な笑みをしている奏は心の中でそう呟いた。
灯籠の崩れた音に反応した真琴と未来は奏の元に駆けつけた。奏の介抱は未来に任せて、真琴は説得しなければならない相手を見つめた。
「明日香……やっと見つけたぜ」
「真琴。どう? 私のものになるって覚悟はついた?」
「……君は明日香じゃない。悠太君だ。思い出すんだ」
「バカじゃないの? 悠太君は……ゆう……た君は私が……」
記憶の整合性がつかないのか、明日香は頭を抱えて悩み始める。一体、明日香と悠太君の間に何があったというのか。自分では知らない二人の関係に鍵が隠されていると真琴は確信した。そして、その鍵が二人を救うことも。
諦めずに真琴は明日香に呼びかける。
「そうだよ。君は悠太君だ。今の君は明日香の感情に支配されてるだけだ」
「……フ、フフフ。それで私を貶める気なのね。騙されないわ!」
明日香は頭を上げて鞭を振り回した。地面を、壊れた灯籠を傷つけていく鞭は真琴に標的を定めて襲い掛かってくる。この間のトランスサブデューフィールドでは逆効果だった。今回の戦いでは、真琴はその能力を封印した。
女の子の姿に転換し、真琴は木の枝を取り出して鉄の棒に変換させた。その鉄で真琴は鞭を受け止めようとした。しかし、灯籠を切断した鞭は真琴の鉄の棒さえも切断してしまった。
「グゥ!!」
鉄の棒を抜けてきた鞭は真琴の体を切り刻み、真琴は衝撃で後ろへ吹き飛ばされてしまった。大木に打ち付けられた真琴の体。軽い脳震盪と背中を強く打ったことによって、真琴の動きは固まってしまった。
「あなたの能力、どうやら私にとっては最高の相性のようね」
「あ……明日香……いや、悠太君。目を覚ましてくれ……」
「だから、違うってば」
勝ち誇った笑みを見せて、真琴を挑発する明日香はゆっくりと真琴の元へ歩いていた。
真琴は油断しきっている明日香にチャンスを見出した。無防備になっている今が、強い衝撃を与えられる隙だと信じたのだ。真琴は自分の手足を少しだけ動かして具合を調べる。
何とか動かせそうだ。だったら……。
真琴は遠くで介抱されている奏と未来を見つめ、目で訴える。
先に未来が真琴の視線に気がついて、奏に向かって耳打ちを始める。奏は未来に頷いて、立ち上がって目を閉じ始めた。
「残念だよ真琴。もうちょっと痛めつけないと好きになってくれないんだね」
「……だったら、やってみろよ」
敢えて挑発することで明日香を必ず攻撃させる。真琴の策略に嵌った明日香は激情して鞭を大きく振りかざした。
その間に、奏は空にかざした手のひらの上に真剣を出現させた。奏はうすらと目を開けて真剣を作り出したことを確認すると地面に倒れこんでしまう。未来は奏が作り出した剣を手に取った。
その瞬間、明日香は真琴に向かって鞭を振り下ろした。
「――させるか!」
「真琴くん、これを!」
真琴は痛む背中に耐えながら、力を振り絞って大木から離れるために転がる。
逃げたことを確認した未来は空に向かって真剣を投げ出した。剣は宙を舞い、回転して空高く上昇する。
真琴は未来と奏の想いを無駄にしない意志で、地面を蹴ってジャンプした。真琴と剣の位置が近くなっていく。一歩間違えば真琴の手は回転した剣によって切断される。だが、真琴は恐れずに手を伸ばして剣を掴みとった。真琴が手にしたのは剣の柄、当たりの部分だった。その瞬間、本物だった剣はプラスチック製の偽物へと姿を変えた。
全身の痛みを我慢しながら真琴は体を捻り、自由落下で明日香に向かっていく。
だが、攻撃を外した明日香はすでに気づいていた。
「気づかないとでも思って!?」
「俺は恐れない。明日香と悠太君を救うためにな!」
鞭が真琴に襲いかかる。しかし、真琴は避けずに鞭の攻撃を受けきった。右肩に深い切り傷を負いながらも、真琴は剣を振り下ろして、明日香の肩に直撃させた。明日香は小さくうめき声を上げて、地面に膝を付け、それから倒れこんだ。
「これで……目が覚めるんだよ……な」
明日香の気絶を確かめる暇なく、真琴は痛みの限界を超えて自身も気絶をしてしまう。プラスチック製の剣を落として、真琴も地面に倒れて眠りにつく。
「みんな気絶しちゃった。誰から介抱すればいいんだろう……」
神社の中で唯一意識を保っている未来は、この悲惨な状況に嬉しいような悲しいような複雑な感情を抱いてしまった。




