記憶を取り戻せ!
昨日の天気予報通りに晴れ渡り、青空が頭上に広がっていて心地いい温度の中で真琴は気持ちを沈ませていた。一日中探しても明日香は見つからず、昨日はただ自分の過去を未来に話しただけという結果に対して真琴はため息をついていた。
情けない男だな俺は……。幼馴染といつも一緒に居たってのにアイツのいそうな場所さえ見つからない。
真琴の気持ちは快晴の天気とは真逆のものとなっていた。だが、このまま落ち込んでいるわけにはいかない。それは真琴も分かっている。だからこそ、見つからない明日香の居場所に苛立ちを募らせていたのだった。
「おはよう、真琴くん」
「みら……いや、今は奏か」
そんな彼の前に未来が現れる。未来はいつもとは違うクールな表情を見せながら真琴を心配している。
「あの……無責任なことかもしれないけど、きっと見つかるよ。というか、見つからないと私と未来が元に戻れないからね。死に物狂いで見つけるよ」
「……そうだな」
そうだ。俺は諦めてはいけない。未来と奏の精神を正しい体に戻してやらなければ。また諦めそうになっちまった。二人がいなきゃ俺は今頃何もできない人間になってたかもな。
未来を心配させまいと、真琴は彼女に笑ってみせる。その笑顔は無理してえくぼを作っているわけでなく、本当に彼女に感謝しているような笑みだった。
未来は本当の意味で安心し、その後は校門へ近づくまで一言も言わずに真琴の横について歩いていた。
二人が校門前まで来ると、もう一人の人物が彼らを待ち受けていた。それは奏だった。彼女はいつも通りの口調と澄ました態度で真琴に話しかけた。
「おはよう、真琴くん」
「ああ、おはよう未来」
真琴はごく普通の返しをしたはずだった。今、この場において。
しかし、奏はその発言に対して不快な表情を見せて、未来に向かって指をさして文句を言い始めた。
「未来? 何を言ってるの? 未来はそっちにいるじゃない」
この娘、頭がおかしくなってしまったのだろうか。
真琴は意味不明な発言をした奏を疑っている。これもいつもの悪ふざけだったらたちが悪い。そこまで昨日部活をやらせたことについて怒っているのか?
真琴はため息をついて奏に強い口調で反論した。
「おいおい、今はお前が未来だろうが。んで、こっちは奏に決まってるだろ?」
真琴は奏を人差し指を指さし、次に奏へ向けた。未来もそれを当然と思っているのか何も言わないが、奏は明らかに真琴を疑っている。それからハッとしたかと思うと竹刀を取り出して未来に剣先を向けた。
「やっぱり能力者だったのね……!! 未来……あなた、真琴くんに何をしたの?」
そこまできて、未来はようやく奏の異変に気づいた。その発言は一昨日の入れ替わる前、校門で真琴を待ち伏せしていた時の自分の発言を踏まえたものだった。
私――奏――に成り切っているの……?
未来はある共通点に気づいた。そう言えば、明日香の時もそうだった。最初は、恐らく悠太君の雰囲気を醸し出していたのに、途中から女の子の……明日香の態度に変わっていたことを。
未来は真琴の方に顔を向けた。
「真琴くん。多分、未来は私だと思い切ってる。何とか目を覚ましてあげないと」
「目を覚ます……か。どうすればいいんだ」
「問答無用よ!」
奏は竹刀を振るって未来を叩こうとする。もちろん、自分に成り切っているから竹刀の動きも大方予想がつく。未来は簡単に竹刀を避けることができた。
驚いていたのは奏だけだった。
「信じられない……どうして帰宅部のあなたが私の竹刀を避けれるのよ」
「面白いからこのままでも――って、んな訳にもいかないか。いい加減にしろ!」
真琴は奏の頭をはたいた。ペシンという音が鳴ってから、奏は体をふらつかせてそのまま真琴に倒れこんだ。しばらく目をボーっとさせて夢うつつしていた彼女だったが突然覚醒して真琴から離れた。
「――ッハ!? 今まで私は何を……」
「おい、お前の名前は何だ」
「ほえ? 未来ちゃんに決まってるじゃん!」
「治ったみたいだね」
事情が飲み込めない奏は目をパチクリさせて疑問を示している。真琴もいまいちこの状況を分かっていないため説明できない。仕方なく、未来が説明と仕切り役を始めた。
「さっきまで未来は私を演じてた。一体いつから勘違いしてたの?」
奏は昨日の出来事を思い出す。そして、重大な事実に気づいて素っ頓狂な声を上げた。
「そう! 昨日、幼馴染ちゃんと戦ったんだ!」
「何だって!?」
真琴はその事実に衝撃を受けた。
いくら探しても見つからなかったのに、まさか奏に会いに行ってたとは……。って待てよ。ということは、明日香は奏を始末するために……?
まだまだ聞きたいことがいっぱいあったが、奏の更なる発言が全てを後回しにしてしまった。
「確か、私が優勢だったと思うんだけど突然頭が痛くなって……そこからはずっと私が奏ちゃんだと勘違いしてたみたい」
「……真琴くん、幼馴染の目を覚ます方法、見つかったよ」
「本当か!?」
何だか、驚いてばかりだなぁと真琴は思った。これじゃあまるで自分が何も考えてないバカモノみたいじゃないか。しかし、今の自分は未来に頼るしかない。
未来は真琴の言葉にすぐに頷いて話を続けた。
「体の持ち主だと勘違いするトリガーは『頭痛』よ。幼馴染も『頭痛』から様子がおかしくなった。そして救う方法は強い衝撃を与えること」
「おお! つまり私と奏ちゃんのおでこをごっつんこすると元に戻れるの!?」
「いや、それはムリだと思うけど……。とにかく、急いで幼馴染を探そう。放課後になってから行動を開始しよう」
それじゃ遅すぎる。
真琴は生きてきて始めての決意を固める。すでに校門前にいるにも関わらず、真琴は校門を背にして歩き始めた。
「……悪い二人とも。俺、今日は学校を休む。ありがとうな、後は俺に任せて――」
「おけるとでも思ってるの?」
未来は真琴の肩を掴み、彼の横に立つ。遅れて、二人の間に割って入ってきた奏が二人に微笑みかけた。
「私も奏ちゃんと同じ意見だよ」
「お前ら……。学校、サボることになるんだぞ」
「いい思い出よ。たまには、ね」
「そうそう。それに、奏ちゃんと真琴ちゃんはともかく、いつも真面目な模範生を演じている私ならクラスメートのみんなは分かってくれるしね!」
未来に関しては、後でクラスメートのお仕置きが待っているかもしれない。それを想像すると少し恐ろしくなった真琴だったが、二人に感謝していた。
真琴を含めた三人は、校門を背に走りだしたのだった。




