奏(中身は未来)VS明日香!
奏が部活を終えた時、空はすでに暗くなっていた。万年帰宅部だった奏にとっては今日の部活はとても心に負担が強いられた。ただし、体は奏なので疲れといった感情はない。ただただ練習が辛かっただけのことである。
奏はため息をつきながら校門へ向かって一人寂しく歩いていた。
「うー……真琴ちゃんと奏ちゃんは二人でラブラブしてるし、私は奏ちゃんの代わりに何故か部活やってるし……不公平だー!」
手に持っているバッグを振り回して不満を表現する奏。心は未来だが、普段の彼女は猫を被っている。今は奏の体に入っているからか、学校内でも素が出てしまっていた。ハァ……とため息をついて、奏はバッグを振り回すのを中止した。こんなことをやっても何の解決にならないと諦めたからだった。
「……明日はサボろう。うん、それがいい。だって奏ちゃんもサボりがちだったんだし、私が頑張る必要ないよ!」
無理矢理自分を正当化して、途端に奏に笑顔が戻る。
えへへ、明日はどうやって真琴ちゃんに押しかけようかな。
明日の計画を妄想している奏の前に、一人の少女が立ちふさがった。しかし、まだ奏は気づいていない。
その少女は奏と未来の心を入れ替えた人物、明日香だった。自分を無視している奏に明日香は不敵な笑みを浮かべて、鞭を奏に向かって振るった。
「へ? ってうわっ!」
鞭が空気を切る音によって間一髪で気づけた奏は鞭を即座にかわした。自分の身体能力が向上していることに奏は他人の体を動かしている実感が湧いて少し嬉しく感じる。だが、目の前にいる明日香はそんな喜びを分かち合ってくれる人間ではない。
明日香は鞭を地面に叩き付けて奏を警戒していた。
「ふーん、心は別人でもやっぱりある程度は避けられるんだね」
その台詞を煽るかのように、奏は人差し指を立てて左右に動かした。
「チッチッチッ! 私が誰だかご存知で?」
「知らないわ」
「ならば教えてあげよう! 体は奏ちゃんでも、心は神野未来なのだよ! これが何を意味しているか分かるかな?」
「じれったいやつ……さっさと殺してあげるよ!」
「――させないって!」
鞭が奏に向かって振るわれる。しかし、奏はその鞭をいとも簡単に避けたのだった。それから、奏は未来の姿へと変身する。これは、奏がそう願ったから変身出来たのだった。そう、心は未来でも変身自体の能力は使用可能なのだ。
奏は自分の胸の重さに懐かしさを感じながらも近くにあった木の枝を手に取り、剣に変化するよう祈る。奏の願い通り、枝はオーソドックスな剣へと姿を変化させた。
「ほれほれ。もっと鞭を打ってきなさいな」
「だったらお望み通りにしてあげる!」
挑発に乗った明日香は冷静さを欠け、鞭をめちゃくちゃに振り回し始めた。ここまで奏の計画通りだった。彼女は一度やってみたかった作戦が存在した。その名も『三面怪人作戦』だった。
奏は剣を構えて明日香に向かって突撃する。鞭に恐れをなさない奏は剣で鞭をなぎ払い、一瞬のうちに明日香の前に来てしまった。
「ほら、一撃目!」
反応が1テンポ遅れてしまったがために、明日香は奏の剣を受けてしまった。腕をかすめ、その箇所からかすかに出血していく。
奏はすぐに明日香と距離を取って草むらの中に隠れた。
明日香は隠れた奏に注意しつつ、全方向に警戒を回す。風によって草木が掠れる音のみが鳴り響く。
少しの沈黙の後、明日香の横から何かが飛び出してきた。明日香はすぐさまその方向に目を向けるが、それは未来の姿をした奏ではなかった。
そいつは男の子の真琴だったのだ。意外な人物が出てきたことによって明日香の動きが鈍る。教えられたのは奏のみのはず。それがどうして。奏の持つ能力をいまいち把握できてない明日香にとって、未来が考えだした作戦はドツボにはまってしまうほど効果てきめんだった。
「二撃目!」
真琴の姿をした奏は銃を取り出して明日香の足元に発砲する。銃の音に驚いた明日香は思わず鞭を投げ出してしまう。
再び草むらの中へと姿を消す奏。明日香はこの場に複数奏の味方がいることに精神を乱してしまっている。本来ならば明日香は奏のみを抹殺するために来たはずだった。これでは予定と違う。神社の際は一対一で戦えたが自分の手の内を知られてしまってはそれも不利になる。
最後に飛び出してきたのは、いつも奏が変身している男性の姿だった。手には剣を持って明日香に飛びかかってくる。そして、奏は剣を振り下ろした。
「三撃目! こいつで最後だ!」
切り刻まれる明日香の体。しかし、傷が浅かったのか致命傷は入ることができなかった。
「あれ? あまり堪えてない?」
「……味方が複数いるなんて卑怯よ!」
「これが私の戦いだからねー――っ!」
突然、奏の頭に割れるような痛みが襲い掛かる。剣を持ってられず落としてしまったが、それよりも奏は頭を抱えて必死に痛みを抑えようとする。その間、奏の脳内に記憶が流れ込んできた。奏本人にしか知り得ない情報と感情が溢れ出してくる。いつしか、未来の感情と記憶は鳴りを潜めてしまっていた。
頭痛が落ち着いた奏は落としてしまった剣を取り、凛とした態度を示した。それには先ほどまでのおちゃらけた雰囲気はまったくと言っていいほどない。
「……悪かった。確かに卑怯だな。ここからは俺が一人で戦う」
雰囲気が変わった? 明日香は奏の突然の変化に対して少し戸惑ってしまう。しかし、一人で戦うと言った以上、明日香にとって好機だった。明日香は鞭を振り回し、神社の時のような恐怖感を煽る。
先ほどならば問題ないように見えた奏だったが、何故か今はつばを飲み込んでいた。
「これで終いよ!」
「させるか……!」
意を決して、奏は明日香の鞭の範囲内へと足を踏み入れる。
……神社の時は怖くて動けなかったけど、そんなことを言ってる場合じゃない!
神社で戦ったのは未来ではなく奏なのだが、何故か今は未来は奏を演じきっている。奏は敢えて防御することを止めて明日香の胴体へと峰打ちをする。
「――っ!!」
「ハァ……ハァ……どうだ」
峰打ちと言えども直撃を喰らってはひとたまりもない。明日香は胴体を手で抑えながら流れ出てくる涙をも抑えた。何かが違う。違和感を察した明日香は計画を中止することを決めた。
よろよろ歩きながら、明日香はこの場を逃げ出してしまった。
本当は追跡したかった奏だったが、彼女は普段の女の子の姿に戻ると地面に仰向けになって倒れてしまった。
その顔には疲労が蓄積されている。
「どうして変身の無駄使いをしたんだろう。あの短期間で変身を繰り返すなんて、私らしくないし疲れるに決まって……」
動けないし、少しだけこのままでいよう。どうせ帰っても誰も迎え入れてくれない。
奏はそんなことを思いながら静かに目を閉じた。




