両親帰宅3分前
会議も終わり、特にすることがなくなった三人は無駄話に花を咲かせるようになっていった。その一番最初に開口したのは奏だった。彼女は真琴の家族について聞きたいことがあったのだった。
「ねえ、真琴くんの家族って旅行中なの?」
「そうなんだよ。俺を置いて旅行へ行きやがったんだよ……」
「ってことは今一人?」
「ああ……」
両親がいない真琴は頭を抱えてうなだれた。元はといえば、両親が不在になってしまったがために未来の侵入をいとも簡単に許してしまったのだ。そのせいで、真琴は数回望まないファッションショーを強いられていた。
しかし、そんな真琴にも幸運が訪れる。家に真琴が一人しかいないということを奏が知ると、彼女は密かに微笑んだ。それから、奏は真琴に接近して自分の腕を真琴の腕に絡みつかせた。
「ねえ、今日の夕飯、私が作ってあげよっか?」
「マジで? 奏が? それは願ったりかなったりだけど――」
「ちょいと待ちなさい二人とも。一人、忘れちゃいませんかねぇ」
「未来とかいう邪魔者には帰ってもらおうよ。今日は私がお泊りする。着替えは心配ないよ。変身の能力で作れるからさ」
「ッざけんなコラー! 私でさえ泊まったことないってのに!」
未来は激怒して奏に飛びかかる。それはつまり、真琴が再び巻き込まれるということだった。
未来が繰り出したパンチが身動きできない真琴の頬にダイレクトアタックする。何故自分が殴られなければならないのか、それを考えながら真琴はベッドに頭を打ち付けた。
「あ! 何するのよ未来。真琴くんが可哀想じゃない」
「く、避けたな奏ちゃん……。真琴ちゃんを盾にするとは何と非道な奴!」
再び始まる未来と奏のキャットファイト。口論から次第に肉弾戦へと移行していく。
伸びてしまった真琴に、彼女たちの暴走は止められない。彼が目覚めるまで、彼女たちは止まらない。
「未来は女の子バージョンの真琴くんが好きなんでしょう? 今の真琴くんは男の子なんだから諦めてよ」
「だったら女の子に転換させるまでよ。さあ真琴ちゃん、変身の時よ!」
未来が仰々しく叫ぶも、気絶している真琴には通じない。奏はそんな未来に対して呆れてため息をついた。
「起きてても絶対女の子にはならないよ真琴くんは。私は分かる」
「はー!? 相思相愛ってやつですかー! おっあついですなー!」
「そ、相思相愛!? そ、そんなんじゃない! そんなんじゃ……」
あからさまに『愛』を説かれると、奏は弱い。今まで強気の姿勢だった奏は一気にしぼんで顔を赤らめてさせてしょぼくれてしまった。
「フフフ……まだまだウブな女よ」
「う……うるさい!」
「ぐ……俺はいったい」
周りのうるささに、ようやく目を覚ました真琴は頭を抱えながら起き上がった。ボーっとした頭で今の状況を整理しようとするが、すぐさま未来が真琴に話しかける。
「というわけで、今日は私たち帰るわ」
「……ん? そうなのか?」
あれ? さっきは奏が泊まるだか泊まらないだか話してたような気が……。悲報にもさっきの気絶で前後の記憶がうろ覚えになってしまった真琴は、奏の泊まる宣言を記憶の片隅へと押しやってしまっていた。
これ以上居ても未来の口に勝てないと悟った奏も、しぶしぶ帰る準備を始めている。奏の寂しそうな顔つきがどうしても気になって、真琴は記憶を掘り返すことにした。
確か、未来と奏がいるのは今後の作戦会議だったはずだ。そんでもってそれが終わったらとりとめのない話をしてて、その時に奏が……。思い出したぞ。
真琴はカバンを手に持った奏を引き止めた。
「待てよ奏。今日は泊まってけよ」
「え?」
「その……お前の手料理食べたい」
「真琴くん……!」
「させない! さあ帰ろう奏ちゃん! 自分の家に!!」
「ちょ!」
強引に奏の手を握って、未来は真琴の家から出ようとする。そんな未来に、真琴は一瞬だけ違和感を覚えた。
なんだろう。アイツ、焦ってるのか?
真琴が男の子の時は、ここまで奏に敵対する未来じゃなかったはずだ。それが最近はどんな時でも奏を敵と見ているのか攻撃的になっている。
そこまで考えたが、ジッとしていたら奏の手料理が食べられなくなるため、考えるのを止めた。
とりあえず今は奏を引き止めないと!
だが、三人はこのドタバタで気づいていなかった。今この瞬間で来てはならない者がやって来ていることに……。
強引に手を引く未来に負けじと奏を引っ張る真琴。両方の力で混乱している奏。
そんな三人のいる部屋のドアノブがぐるりと回った。奏の取り合いになっている二人はドアノブの変化に気づかない。ガチャリと音がなっても、気づかない。
ドアを開けて入ってきた男性は、真琴に向かって袋を差し出しながら笑顔で話しかけた。
「おひさ~真琴! 旅行から帰ってきたぞー………………」
「……あ、父さん」
数秒の沈黙があり、男性の笑顔は次第に無表情へと変わっていく。さすがは真琴の父ということで、真琴と顔つきは似ていた。当然、父の方が老けているが、決して劣化ではなく若いままの老化でむしろかっこよさが増している。旅行という趣味の影響なのだろうか。
知らない人間がログインしてきたため、未来と奏の顔も固まってしまっている。唯一真琴だけがこの中で冷や汗を垂らして引きつった笑顔をしていた。
「…………何だねこの状況は」
「こ、これはその……」
真琴の父。それを知った未来は冗談でなく早く帰らなければならないと悟った。それは奏も同じだったようで、二人は顔を見合わせて両方頷いた。
未来は学校で行っているような猫かぶりをし、奏は苦笑いを始めた。
「お、お父様だったんですか。真琴君にはいつもお世話になっていまして……」
「そ、そうなんです。今日もその……そう! 宿題を教えてもらいにこの家にお邪魔しておりまして……」
「あ! もう分かったので帰りますね~。さようならー……さようならー……」
そそくさと、二人は真琴の父の横を通り過ぎようとする。あくまで、自分は居ないものだという気持ちを持って、二人はこの場から離れようとした。しかし、真琴の父は二人を目線で追って、低い威圧的な声を出した。
「待ちなさい」
短い言葉だったのにも関わらず、それだけで二人は硬直してしまった。それはどんな魔法よりも強力な言葉だった。
「真琴。話がある。そこの二人も来なさい」
ヤバイ。真琴はこの状況を打破する考えを必死に巡らせるのだった。




