学校の帰り道
放課後の時間になり、真琴はやっと一息つくことができた。
何とか教科書が無くても一日を過ごすことができた……良かった。
早速家に帰るためにカバンを肩にかけて椅子から立ち上がる。気まぐれだが、真琴は今日明日香と帰ろうと思い彼女を探してみる。だが、すでに帰ってしまったのか、明日香の姿は教室にはなかった。
まあいいか。また明日も会えるしな。
そんな軽い気持ちで真琴は教室を出て家に帰ろうとした。その時、真琴を呼ぶ声がした。真琴はその声の主が誰か大体想像がついている。半ば呆れながら振り向いた。
「真琴君。一緒に帰ろうよ」
「あー、ご無沙汰だな未来」
ちゃんと着こなされたセーラー服が清楚感を醸し出し、マナーのいい大人しい女子高生が出来上がっている。さらに、さらさらの長い髪が彼女のおしとやかさの説得力を生み出し、声量は聞き取りやすいハッキリとした真の通った声だ。というのも、表の姿であることは真琴はよく知っている。
裏の顔は醜悪だ。着こなされたセーラー服も、さらさらの長い髪も意味をもたない。声量はよりハッキリとしているが、下品な感じへと置き換わってしまっている。
あくまで表の顔として真琴に近づいてきた未来は彼の腕に自分の腕を絡ませると、耳元で小さくささやいた。
「今日、着せ替えショーしない?」
「誰がするかってんだこの変態!」
「えー、私はただ一緒に帰ろうって言っただけなんだけどなぁー」
未来は真琴の耳元から離れてあからさまに大きな声で言い放った。その瞬間、廊下の前と後ろから出てくる未来のクラスメートたち。クラスメートたちは明らかに真琴を標的に睨みつけていた。
は、はめられた……!
「男の真琴……。貴様、未来さんを手駒にとったようだが俺たちは諦めないぞ」
「そうよ! 私たちの希望である未来ちゃんは、いつか私たちの元へ帰ってくるんだから!!」
「その日を楽しみにしているがいい……フフフ……ハハハハハハハハハ!!」
一人だけ魔王がいるぞ。
思い思いの言葉を口にするクラスメートたちにそんな野暮なツッコミをしながら、真琴は未来と一緒に帰らなければならない事実を突きつけられてしまった。
しょうがないか。とりあえず、校門前までは一緒に帰らないとクラスメートの目が痛い。
真琴は未来に腕を絡ませられながら校門前まで一緒に行くことになってしまった。
校門前まで到着し、真琴の我慢もそろそろ限界へと近づいていた。
「おい未来。もういいだろ。離せよ」
「ダーメ。私たち、付き合ってるんでしょう?」
「……ちくしょう」
これがずっと表の顔だったらどんなに素晴らしい高校生活を送れていただろうか。
真琴はありえたかもしれない世界に思いを馳せ、それからため息をついた。何故ため息をついたのか分からない未来は、あざとく首をかしげて語りかける。
「ん? どうしたのかな真琴君。何かあった?」
最初から答える気のない真琴は彼女の質問を無視し、再び歩き出す。その時、真琴に代わって答えた女の子がいた。奏だった。
「分かってるくせして。未来、あなたが邪魔なのよ」
「こんにちわ、奏ちゃん」
「この間から言おうと思ってたけど、ちゃんづけは止めてもらえない? そういうの慣れてないの」
「だったら尚更だよー。困ってる顔も可愛いんだから! ねえ、奏ちゃん」
この場で行動を起こしてしまえば、未来の味方が多い学校では一気に奏が非難される。奏を守るために、真琴は彼女にアドバイスをした
「我慢だ奏。今ここで何かをしたら、明日から学校に来れなくなる」
「……ん。分かった真琴くん」
真琴の言葉を信頼し、奏はここで反撃するのは止めた。その代り、真琴の横について一緒に歩き始めたのだった。
三人が並んで歩いて、商店街までやってくる。その時ついに未来は本性を現した。
「いやー猫かぶりも大変だねー」
「だったら止めたら? 私は変態女の未来ちゃんでーすって言えばいいじゃん」
未来の言葉にあくまでも攻撃的に返す奏。真琴の腕に絡んでいるのが気に食わないのか、はたまた未来自身が奏の人生観に反しているのか。とにかく、奏は未来に対していい感情はもっていなかった。
自分が奏に嫌われているというのを察して、あえて未来は彼女を逆なでる様な言葉を選ぶ。
「ほーぅ、何が気に入らないのかなー? あ、私が真琴君といちゃいちゃしてるからかな? 嫉妬ですかー? 嫉妬なんですねー?」
「……ぅ、く! そんなんじゃない! 大体未来はいつも――」
顔を真っ赤にして反論しだした奏を本格的に相手にするため、未来は真琴の腕を離して奏と口論を開始した。
いつの間にか蚊帳の外の扱いになっている真琴はぼんやりと二人のやり取りを見ている。
いつになったら収束するのか。しかし、真琴が思っていた以上に二人の口論は続いていた。さすがに待てなくなった真琴は二人の間に入って仲裁しようとする。
「ま、まあ待てよ二人とも。これ以上言い合ったって――」
「今いいところ。どいて!」
「ぐはっ!」
「あ! 真琴くんに何するのよ! この変態が!」
「そんなこと言えますかなー? 剣道部員を真剣で殴ったくせしてさー」
「なっ! そんなことしてない! 私はただ――」
仲裁したはずが何故か被害を被っている真琴は、未来のパンチによって吹き飛ばされてしまった。
二人の口論が終わるまでここにいなきゃダメなんだろうか。だが、元はと言えば自分が発端で起こった出来事だしなぁ……。
自分の責任を感じながらも、早く帰りたい真琴は手をこまねいている。そんな彼に、一筋の光明が見えたのは、異変を感じたからだった。
自分の周りの空気が一変し、周りを見渡すと人気がなく、口論をしている二人と自分しか人間はいなかった。
これはそう。いつものあれだ。
そう思った真琴は白き怪物を探す。怪物は店の屋根にいた。しかも、怪物は明らかに口論をしている二人に狙いを定めている。今にも飛び降りて殺しに来そうな雰囲気だった。
マズイ! 二人を止めさせないと!
真琴はすぐ二人の元に駆け寄り、口論を止めるよう訴えた。
「二人とも! もう止めるんだっ!」
「邪魔!!」
「ぎゃああああ!!」
「あ! 奏ちゃんだって真琴ちゃんを殴ったじゃん!」
「そんなことよりさっきの質問に答えたらどうなの!?」
そ、そんなことって……。
真琴の説得も意味をなさず、二人の口論は続く。そして、怪物はとうとう飛び上がってこちらに落ちてきた。
振り下ろされる棍棒。気づかない二人。倒れている真琴。
真琴は何としても二人を助けたいと思ったが手遅れだ。
くそっ……俺がもっと上手く口論を終わらせてたら……!
何とも下らない理由だろうが、今の真琴は悔やむことで精一杯だった。
しかしその瞬間、口論をしていた二人が急に怪物の方を向いた。気づかれてないと思っていた白き怪物は思わず驚きの声を上げている。
「はぁ!?」
二人同時に喋り、そして二人同時に拳が振るわれ、怪物の顔面にめり込む。
怪物は白い靄となって消えて行った。怪物がいなくなったことで活気を取り戻す商店街。
女ってスゴイ、真琴は改めてそう思った。




