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変身だああああ!

「今日も遅くなっちゃったな」


 剣道部の活動があった帰り、奏はカバンを肩に下げてのんびりと歩きながらそんなひとりごとを呟いていた。

 辺りは暗闇に支配され、外灯がほんのりと明るさを提供してくれている。こんな時間帯に女の子が一人で歩いているのは危険かもしれないが、奏には他の人間とは違う能力がある。故にこんなにも油断をしているのだが、理由はもう一つある。

 彼女の家には親がいない。兄弟はいるが会話すらしていない。だから、奏はある意味で家に帰る必要がないのだ。それでも仕方なく家に帰宅しようとするのはまだ彼女が子どもで独り立ちできないからでもある。


「……べ、別に寂しくないもん。ハァ……」


 部活の無い日は、帰宅部の未来や真琴と一緒に帰れるのだがこうして一人で帰るのに奏は寂しさを感じている。

 今日は真琴くんと未来が二人で帰ったんだろうな……。

 奏は二人のやり取りを想像する。未来が下らないボケをかまして真琴がそれにツッコむ。二人は楽しく帰宅して、もしかしたら家で遊んでいるのかもしれない。

 あ、ダメだ。ちょっとムカついてきたかも。

 頭を左右に振って今までの考えを消し去る奏。彼女はもっと別のことを考えようと頭を働かせた。しかし、その必要はなかった。


「あれは?」


 暗がりで蠢く白き影。それはまさしく能力者を狙う白き怪物の姿だった。そして、怪物の他に別の人の姿が見えていた。奏と同じ高校に通っているのだろう。セーラー服は奏と同じデザインを模している。


「だ、誰か助けて!」


 見たこともない怪物を目撃して、その少女は必死に叫んで助けを求めている。しかし、怪物が現れてしまってはその声は届かない。怪物が出現すると同時に謎の空間に取り込まれ、一帯は透明な壁に遮られてしまうのだから。

 奏はあの怪物が人を襲わないように戦って消滅させることを決意した。変身して、肉体を男の子にする。同時に衣服も相応のものに変化させる。そして近くの雑草を引き抜いて真剣へと変身させた。

 棍棒を振るって少女を殺そうとした怪物に、奏が剣で棍棒を防いで押し出す。怪物はそのまま後ろへと倒れこんでしまった。

 その隙に奏は後ろを振り返り、少女の姿を見る。長髪に小さな紐のリボンが結ばれていて、実際の年齢よりも幼く見える童顔だ。少しだけ、奏は彼女を可愛いと思ってしまった。少女は奏を見て目をパチクリさせて驚いている様子だった。


「今の内に早く逃げるんだ」


「で、でも……」


「いいから早く!」


 そうこうしているうちに体制を立て直した怪物が棍棒を振り回してくる。奏は剣を使って襲いかかる棍棒を弾いていく。奏は少女を守りながら戦わなくてはならなくなってしまった。


「く、ナメないでよね……! アンタ程度の敵なんて、怖くない!」


 奏は一瞬の隙を伺って白き怪物の胴体を切り裂いた。これで勝負は決まった。お約束通り、怪物は白いモヤとなって消失していった。

 その瞬間に周囲の雰囲気も元に戻っていく。先ほどまでは人通りのなかったこの道も人が通っている。

 奏は安堵して少女の無事を確認する。少女は奏に対して笑顔で応えた。


「凄い……凄いです! あの、私と同じ高校の人なんですか!?」


「あ……うん。まあね」


 この姿で登校はしてないけど、まあ似たようなものか。とりあえず、早くここから逃げないと。

 奏は急いで退散しようとしたが、少女が奏の腕を掴んだため逃げられなくなった。


「もしかして、部活にはまだ入部してないですか?」


「部活……入って、ない、かな」


 下手に入っていると言ったら面倒なことになりそうな予感がした奏は帰宅部だということを少女に伝えた。

 何故か少女は奏に興味を持っており、入っていると答えたら部活を隅々まで調べられていたかもしれない。

 少女はさらに歓喜の声を上げて奏の手をギュッと握った。


「本当ですかっ!? あの、だったら野球部に入部してくれませんか!?」


「え? い、いやそれは……」


 何だか変な話になってきた。


「私、野球部のマネージャーやってるんです。お願いします。このままだと廃部になっちゃうんです!」


「でもわた……俺は野球に興味ないし」


「いいえ、興味がなくてもあなたは確実に野球部員の素質を持っています。素晴らしい運動神経と最強の剣捌き。あとイケメンフェイス。どれをとっても野球部員になるしかありませんじゃないですか!」


 どこをとったら野球部員に相応しくなるのかまったくもって奏には意味不明だったが、少女の輝きすぎている目を見るとどうしても断れなくなってしまう。しかし、もし男の子が頼んでいたら奏は即帰っていただろう。

 女の子には優しくしすぎてしまう、それが奏の強みであり弱みであった。

 中々返事を出さない奏に、少女は次第に目に潤いを宿し始める。


「お願いしますぅー……。この間の試合、33対4で私たちのチームが負けたせいで先生方がカンカンに怒っちゃって。次の試合に勝たないと廃部にさせられるんですー!!」


「そ、それは悲しいな」


「この際、入らなくてもいいです! だから、だから次の試合には参加してくれませんか!? 我が部の廃部の危機を救って下さいませー!!」


「それなら……まあ」


「本当ですか!? ありがとうございます!! このご恩は一生忘れません!!」


 次の試合に参加するだけ。それならいいかもしれない。

 悪くない条件だと思った奏はしょうがなくオーケーの返事を出した。少女は歓喜に満ちて握っている手をブンブン上下に振り回して嬉しさを表現している。奏も嬉しそうな少女を見て呆れつつも誰かのためにこの能力を使えたことに胸の中が暖かく感じられた。

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