奏とまわる学校祭
「妹ちゃん、今日はありがとう。もういいよ」
時間も午後に差し掛かった頃、クラスメートの女子が真琴にそう伝えた。真琴は面食らって、女子に確認してしまう。
「え? いいんですか?」
「わざわざここに来てくれたのにずっと働きっぱなしってのも疲れるでしょう? 凄く助かったし、あとは学校祭を楽しんできてよ」
なんだ。今日は一日中この姿で手伝おうと思っていたのに。拍子抜けしてしまった真琴だったが、せっかくの好意を無下にはできない。真琴は女子にお礼を言って教室を出ていった。
教室を出ると、様々な年齢の人々が廊下を歩いていた。子ども連れの親子は、この高校の卒業生なのだろうか。それとも、親子の別の子どもがここに通っているのだろうか。制服を着ている男女は恋人のように手をつないで、仲の良さそうに歩いている。
これからどうするか。男の子の姿に戻ろうとしたが、先ほどクラスメートに説明した際に体調不良で休んでいることになっているため、戻ることができない。
奏はどうしているだろう。未来の姿を見たからか、それとも久々に女の子に変身したからか。真琴はふとそんなことを考えてしまった。女の子の姿なら、彼女も警戒しないだろうし大丈夫かもしれない。そう思った真琴は奏に会うことにした。
奏のいるクラスに足を運ぶと、ちょうどセーラー服姿の奏がこちらに向かって歩いてきてるところだった。真琴は奏に呼びかけて足を止めさせる。
「奏さん!」
「え? ま、真琴くん……だよね?」
一瞬目を疑った奏だったが、自分を呼び止めた声は確かに真琴だった。しばらく見ていなかった真琴に思わず笑顔が綻び、手を振って真琴に応えた。
奏の笑顔だけで、真琴は今日来たかいがあったと思った。
ありがとうクラスメートよ。俺にこういう選択肢を与えてくれて……。
「元気そうで良かったです、奏さん」
「うん。……ん」
言葉が出てこない。話したいという欲求があるが、何を話せばいいか分からない。奏はそんな感情に戸惑い、目を泳がせている。それを感じ取った真琴は、ある提案をした。
「あの、今日学校祭ですよね? なら、一緒に回りませんか……?」
「……いいの?」
真琴は頷き、奏の想いを後押しする。
「分かった。ちょっと待ってて。準備してくるから!」
更に表情を明るくさせて、ぱたぱたと自分の教室へと入っていった。教室の前で数分待つと、奏が鞄を持って出てきた。
「さ、行こう。真琴く……ちゃん」
「う……この姿だと、そう言われてしまうんですね」
ちょっとがっかりしながらも、真琴は奏を連れて歩き出した。
真琴は、奏と手を繋がなかった。それはさすがに進み過ぎだろうという気持ちがあったからだった。
奏と歩いている真琴だが、ずっと歩いているわけにもいかない。真琴はどこかの教室に入ろうと観察を始めた。どこの出し物もそれなりに楽しそうな雰囲気が漂っていて、真琴を悩ませる。
「まるで宝石のような輝きを持った飲み物。科学部特製ジュースはいかがっすかー!」
「……ねえ」
興味を持ったのか、奏は真琴の服をちょいちょいと引っ張って呼びかけしていた店員を指差した。
真琴は少し恥ずかしそうに照れている彼女をかわいいと思ってしまう。
奏が行きたいなら、断る理由もない。ちょうどいい。ここで一休みしていくか。その程度の認識で、真琴は奏と一緒に科学部の部室へと入っていった。
人も中々いるようで、中は少し混雑している。決して狭いとはいえないが、広いとも言えない微妙な広さの科学部の部室は、そんな感じで賑わっていた。
大きな看板に書かれている販売中の文字の下を見ると、色とりどりの飲み物が置いてあった。青や赤、黄色に緑……。色的に飲みたいという意欲をそぎ落とすものもある飲み物が科学部の商品だった。
何故か、奏はその色とりどりの飲み物に目を輝かせている。それが疑問で、真琴は尋ねた。
「どうしたんですか奏さん。すっごく目が輝いてますけど……」
「これはジュエリースっていう商品で、昔ここの学生だった猛虎弁の天才科学者が生み出した新感覚、新感触のジュースなんだよ。小さいときはこれを飲んで男になりたいって思ってたなぁ……」
「え? なれるんですか……?」
「なれるわけないよ。そういう文句で発売されたものなの」
「そうですか……」
小さなころから流行りに疎かった真琴は、そんな商品が発売されていることに気付かなかった。奏が嬉しそうに商品を見つめていることから、大ヒット商品だったのだろう。せっかくの話題ができたと思ったのにそれについて話すことができない真琴はもどかしさを感じた。だが、何とかして話題を振り絞る。
「でも、凄いですねその科学者。みんなから称賛されてたんでしょうね……」
「んー、正確にはちょっと違うかな。この飲み物を作ったのは高校生の時だったらしいけど、その当時はその科学者の存在にみんなが恐怖して何も言えなかったみたい。文句を言った人間は、次の日まるで別人のようになって帰ってきたという逸話もあるみたいだし……」
「なんですかそれ。大丈夫なんですかそんな人の作ったものを飲んで」
「いや……さすがにこの飲み物は公けに販売してるし、多分変な事はしてないよ」
まあ、実際に発売されてて不具合があったら総叩きになるだろうから問題ないんだろう。真琴は陳列されている商品を手に取って眺めてみた。250ミリペットボトルという小さな器になみなみと注がれている液体。傾けてみると、どろっとしている液体がペットボトルの中を駆け巡っている。
真琴がぼんやりしていると、奏はすでに二本購入していた。満足顔で部室を出る奏と困惑している真琴。
奏は真琴の不審そうな表情に疑問を持ちながらも、真琴に向かって購入したうちの一本を差し出した。
「はい。真琴くん」
「え? いいんですか?」
「うん。この前、記憶を取り戻してくれた時のお礼。……と言っても、こんなのじゃまだまだ返せないけど」
「あ、すいません……」
奏から受け取った飲み物。真琴は中身の色をを見ると赤だった。とりあえずボトルのキャップを開けて飲む意思を見せる。だが、先ほどの話がどうにもトラウマで飲む気にはなれなかった。
そんな真琴を奏はクスクスと笑い始める。
「大丈夫だよーちゃんとした飲み物だからさ」
「……分かりました。俺も男の子。度胸で何とかしてみます!」
一度深呼吸して、真琴はペットボトルに口をつけて液体を流し込んだ。
少し怖かったが、味を確かめるとその恐怖心はすぐに和らいだ。何の変哲もないイチゴのフレーバーが口内に広がっている。おいしい。意外と飲める味だったことに驚きを隠せなかった。




