戦いから数週間後……
奏の能力を奪い、記憶を失わせた男性と真琴が戦って数週間が経過した。その間、真琴の通う高校は学校祭の準備で大忙しだった。男性と戦った頃は毎日会っていた真琴、未来、奏だったが、学校祭の準備ということもあり、時間が経つと会う機会が次第に減っていった。そしていつしか、学校祭の日を迎えてしまったのだった。
当日、真琴はサボることなく学校へ登校してきた。準備の序盤でサボっていた――厳密に言えば真琴は能力者を探すという使命があったのだが――ツケが回り、クラスメートからくどくどと言われていたのだ。しかし、真琴はある条件を提案することで許された。それが……。
「……よし、入るか」
真琴は校門前にいる。服装は高校指定の制服である。しかし、黒のスラックスに白のYシャツではなく、紺のスカートとセーラー服となっている。真琴が女装に目覚めたわけではない。今、真琴は女の子に転換していたのだ。戦い以降、まともに女の子に転換していなかった真琴は少し緊張している。果たして、自分が女の子のような振る舞いができるのだろうか。
生つばをごくりと飲み込んで、真琴は校門から前へと歩み始めた。その瞬間、横から走ってくる人影があった。煙を上げて向かってくる人物に真琴は気づかない。
「真琴ちゃーん!!」
その人物は真琴に体当たりしてがっちりと抱きつき、頬ずりを始めた。真琴は呆れ、ため息をついた。
「未来……お前か」
「ちょっと冷たくない? 数週間会えなかったんだよぅ?」
「俺はちっとも寂しくなかったぞ」
「分かった。未来ちゃん分かっちゃいました。どうせ奏ちゃんとイチャイチャしてたんでしょ! キャーキャーやらしー!」
「お前は人を何だと思ってんだ!」
奏の顔を思い出し、顔を赤らめてとっさに首を振る真琴。あれから会う機会は何度もあった。しかし、妙な恥ずかしさが込み上げ、何故か出会うことは少なかった。奏からも連絡がなく、真琴は心の底で奏もそれを望んでいるだろうと思っていた。男性不信に近い彼女とは、まだ距離を置いた方がいいと思っていたのだった。
未だにベタベタとしている未来を引き離し、真琴はカバンを持ち直して歩き出した。
「悪いが、今日はお前に構っている暇はない。俺を待ってる人がいるからな」
「それって誰さ? 私以外に女体化している真琴ちゃんを待つ人間がいるとは思えないけど」
「俺のクラスメートだ」
真琴は自分のクラスへと足を運んだ。未来も興味を持ったのか、一緒について行っている。それを少しうざったいと思った真琴だったが、もしかしたらフォローしてくれるかもしれないとの淡い期待もあったため邪険には扱わなかった。
意を決して扉を開けた真琴。教室の中は真琴を待ちわびたクラスメートで大勢だった。クラスメートは真琴の姿を見ると息を飲んで見つめ始めた。注目が集まったことを確認した真琴は恐る恐る口を開いた。
「あの……おにーちゃんからここに来るよう言われたんですけど……」
「ぷ……ぐ、ぐぐぅ……」
真琴の『女性すぎる』セリフを聞いて、未来は思わず吹き出しそうになった。しかし、それと同時に萌えを感じ、手を鼻に当てて準備を整えた。出血する準備を。
真琴は内心で笑った未来を恨んだが、今はそんなことをしている暇はない。何とかして、女の子らしい口調を維持しなければならないのだ。
クラスメートは快く迎え入れ、真琴は教室の中へ入っていった。
ここで、未来は疑問が浮かんだ。何故真琴は女の子になって学校へ来ているのだろう。私を喜ばすため? うん、そうに違いないよ!
真琴は笑顔でクラスメートに愛想を振り撒いていることから、クラスメートとの関係は悪くないようだ。
「サボり魔の兄貴に変わって頑張ってくれよ」
「あ……はい! 頑張ります!」
よし、何とか今は大丈夫だ。真琴が許された理由。それは学校祭の日に自分の妹――もとい、自分が女の子に転換した姿――が来て、売り子をするというものだった。
真琴はクラスメートに兄は今日体調不良で休みだということを伝えると、クラスメート内はため息が流れてしまった。聞こえてくる声は想定内だったとか、やっぱりかとかという落胆だった。
俺はここにいるってのまったく。序盤サボってただけでここまで言われるとは……トホホ。
真琴は心の中でがっかりしながら、売り子の仕事を始めることにした。




