男性との決着
真琴は、女性が指定した公園に来ていた。一応茂みに隠れて、男性が来るのをジッと待つ。そこで様子を伺いながら、真琴は女性から貰ったバッチを取り出した。にわかには信じられないが、もしもの時は頼るしかない。
女性の呼びかけに応じて、男性は程なくして現れた。
「本当に来るなんてな……」
来なければ困ったが、来るわけがないと思っていた真琴には衝撃的だった。
男性は辺りを見回し何かを探す様子を見せて、懐からタバコを取り出して先端に火をつけた。煙が出てくるタバコを、男性は口に加えて一服を始めた。
電話をかけてきた女性を待っているんだろうか。真琴は男性の前に出るタイミングを伺う。奇襲作戦でも良かった気がしたが、真琴はそれを卑怯のような気がして拒んだ。
男性の一服が終わり、男性はタバコを地面に落として足で火を消す。それと同時に、真琴は草陰から飛び出していった。
流し目で見る男性が真琴を認識すると、関心したような眼差しを送った。
「ほお、真琴君じゃないか。ここで出会うとは、私は運のいい男だ」
「…………」
出て行ったところでどうすればいいんだ。
真琴は未だに男性を説得できるかもしれない微かな希望と数日の間だが奏のために倒さなければならない怒りが相反している。
その二つの感情によって、真琴は言葉を失っていた。
「さて、私に会いに来たということは私に能力を明け渡す気になった、という認識でいいのかな?」
「そっちこそ……奏さんの親になる気はないんですか」
「おや? 君の言う親の定義とは何かな? 飯を食わし、住む場所を提供し、学校にも行かせている。それに、自分の子どもをどう教育しようと親の勝手というものだ」
「……やっぱり、あなたとは分かり合えない」
ここで、真琴は説得するのを諦めた。もう、戦うしかない。奏を救うために、俺が戦うしかない。
真琴は心で念じて、女性の姿に転換する。セーラー服を纏い、髪は長く声色は高く。体つきは細くしなやかになり、真琴の変身は終了した。
男性は自分を睨みつけている真琴を嘲笑い、近くの地面に落ちていた棒切れを拾って見せつけた。
「その木が何であろうともあなたを倒します……いや、倒す!」
「敬語も使えなくなってしまったようだ。とんだゆとりだよ、君は」
男性はそう言って、棒切れを剣に変化させた。どこかのRPGゲームでみたような、透明な剣に真ん中に宝石がはめられた柄。勇者が持つにふさわしい剣が、今真琴が最も許せない男の手に握られていた。
「これを見給え。こんな棒切れでも素晴らしい剣に変化することができる。これが変身の能力なのだよ」
「俺の能力だって、負けちゃいない」
女性から渡されたものが本物なら、こいつだって倒せるはずなんだ。真琴は慎重に、そして冷静にバッチを使用するタイミングを見定める。
だが、男性は更なる能力の使い方を知っていた。男性の体が光に包まれ、彼の望む姿へと変身していく。その姿に、真琴は思わず目を疑った。男性の姿は、奏のそれとなっていたのだ。
ボロボロのコートも純白のセーラー服へと姿を変え、完全に奏の容姿へと変化を遂げた男性。
「これが変身の戦い方だ。戦う相手の最も攻撃しにくいと思う者に変身する……そうすれば手出しできまい」
「汚い真似を……」
「これが戦いなのだよ。綺麗な戦いは戦いではない。ただのじゃれ合いだよ」
奏の姿になっている男性は、真琴に向かって剣を振り下ろす。真琴はすぐに木の棒を拾って、鉄の棒に転換させる。そして、男性の剣を受け止めた。
金属音を打ち鳴らし、つばぜり合いを始める二人。どちらも女性の姿をしているため力が均衡なのか、つばぜり合いは両者の想定している時間よりも長く続いていた。
しかし、次第に押されていくのは真琴の方だった。部活を、しかも剣道を嗜んでいる奏の体の方が持続力があるのは明白だった。
剣が段々と顔に近づいてくる真琴を男性は笑った。
「このまま楽になればいい。後は私が能力を回収し、君は怪我をするが記憶を失う」
「奏さんを助けるって言ったんだ……そんなかっこ悪いことできるかよ……!」
距離をとって銃を構える。真琴の脳内に作戦が浮かぶが、目の前の存在がそれを許さない。奏の姿をしている男性を撃つ自信が真琴にはなかった。
真琴は自分の不甲斐なさに思わず苦笑してしまう。それを敗北の笑いだと受け取った男性は、一気に蹴りをつけるために力を込めた。
間一髪で、真琴は鉄の棒を手放して男性から距離をとる。だが、真琴はおもちゃの銃に触れることさえためらっていた。
「どうした? 攻撃しないのかな? 真琴君」
「くそ……頭では分かってるのに……!」
「攻撃できない、と? やはり効果があったなこれは。では、そろそろ終わりとしよう」
男性は再び変身の力を使い、今度は剣を銃へと変身させた。すかさず銃口を真琴に向け、引き金を引いた。
――死ぬ。真琴は直感した。だが、その瞬間、真琴の周りに透明な壁が張り巡らされた。球体を模しているその壁に弾丸が当たると、弾丸はゴム弾へと変化して、真琴の胸部に命中した。
ゴム弾でも多少の痛みがあるが死ぬよりマシというもの。
真琴は今起こった状況を整理し、これこそが真琴に眠っていた力、女性から渡されたバッチの力だということを理解した。
男性は真琴の能力に驚き、そして感嘆を上げた。
「素晴らしい能力だ。ぜひそれも私のものにしなければな」
「これは俺の能力だ。奏さんを守るための……そのための力だ」
この力があれば、男性の変身をはがすことができるかもしれない。この瞬間で決める。
真琴は意を決して、突撃していく。男性も覚悟を決めて、武器を捨てた。戦う武器があっても、真琴の能力によって無効化されてしまうと考えたからだった。
能力の範囲は真琴には分からない。どれほど接近すればいいか分からない。だが、それでも真琴は戦うために駈け出していた。
あと一歩で男性に近づけるという距離で、男性の体に変化が起こった。男性の体は奏から元の体へと戻ったのだ。服装も何もかも、全て元に戻ったことで真琴は拳に力を込める。
そして、男性の腹部に向かって思い切り拳を突き出した。拳は男性の腹部にめり込み、男性は態勢を崩してしまう。
真琴はそれに追い打ちをかけるため、回し蹴りを男性に喰らわせる。蹴りを喰らった男性は地面へと倒れていった。
「ハァ……ハァ……やった。勝った……ぞ」
男性の体から光が漏れてくる。その光は球となって男性の体を離れ、真琴の元へ近づいてきた。真琴はその光球を大事に抱え、自分の中に取り込んだ。
とりあえず、これで大丈夫だ。後はすぐにここから離れて奏に渡せば……。
「君の勝ちということか、真琴君。私をどうするつもりかね?」
「……消えてくれ。別にあんたを殺すために戦ったんじゃない。奏さんを助けるために戦ったんだ」
「その甘さ、いつか後悔することになる」
男性はそう言うと、ゆっくりと立ち上がってふらふらと真琴から逃げて行った。
真琴自身も能力を使用した代償からか、疲労感に悩まされながらも学校へ戻るために歩き出した。




