出会ってしまった二人
翌日、真琴は未来と共にもう一度、昨日未来が描いた女の子の予想図を使って調査を開始することにした。今回のターゲットを剣道部員に絞ることで、奏が例の男性でない証拠を掴みたいという思いも、真琴は強かった。
奏に会う気まんまんの未来だが、真琴としてはあまり会わせたくないと思っている。未来の行動が予測できず、最悪の事態を引き起こしたくないからだ。しかし、未来からヒントを貰った手前、拒否することはできなかった。
放課後に集まり、真琴は未来を引き連れて学校内の剣道部員を探すことにした。未来の美しさは学校でも評判のようで、未来と一緒に歩いている真琴に対しての恨み辛みが聞こえることもしばしばあった。だが、真琴はそんな人々に対して哀れんでしまう。本当の彼女を知れば、そんなことも言いたくなくなるだろうに……。
真琴の思いは何のその、未来はいつも通り猫をかぶって真琴と接している。
「真琴君。私、剣道部員何人か知ってるよ」
「本当か? だったらまずはそこへ行こうぜ」
未来の知り合いが所属しているという教室へ向かい、そしてウワサの幽霊部員のことを聞く。
未来の知り合いの剣道部員はその話題について難しい顔つきを示した。
「未来さん、それを知ってどうするんですか?」
「うん。こっちの真琴君が興味あるっていうからね。私は別にどうでもいいんだけど」
嘘つけ。
したり顔で嘘をつく未来に呆れながらも、話を聞くために真琴は口を開いた。
「ウワサではマナーの悪い部員を退治してるっていうけど、もうちょい詳しく聞きたいんだ。例えば、事件の始まりとか」
剣道部員はため息をつきながら、辺りを見回した。それから、注意深く言葉を紡ぎ始めた。
「最初に事件が起こったのはちょうど一年前でしたね。ある女子生徒の部員に対して差別した部員が病院送りになったんです。その女子生徒の名前は伏せていただきますが……」
女子生徒。その単語だけで真琴は心臓の鼓動が早くなっていくのを感じた。もし、それが奏だったら……。いや、奏以外にも女の子の部員はいるじゃないか。それだけで決め付けるのは早計だ。
必死に、真琴は奏が犯人の可能性を否定する。
「ねえ、最初に事件が起こった時の幽霊部員の服装ってどんなだったか分かるかな?」
未来が質問したことに少し驚いた剣道部員だったが、未来に話しかけられたのが嬉しいという感情が先に出て、快く回答した。
「えーっと、確か剣道の服装だったと思いますよ。白の道着と紺の袴のいたって普通の……。あ、でも、その事件の後からは男子の制服を着ていますね」
スマホを取り出した未来は剣道部員が言ったことをメモし始める。フリック操作を自分のものにしている未来のメモへの入力は数秒で終わった。
とりあえず、今の話で奏の疑いが確実になるものはなかった。そう思って、真琴は安堵した。
未来は剣道部員にお礼を言って、真琴を連れて教室の外へ出た。それから、次々に剣道部員に対して聞き込みを続けたが、有効な証言は出なかった。
「真琴君。奏さんに会いに行こう」
「え? でも俺、男の姿で会ったこと……」
いや、会ったことはある。真琴は前日の朝の出来事を思い返した。あの時の奏は、女の子の時とは違う厳しい態度が真琴の心を傷めつけていた。未来に一言断りを入れて、真琴は女の子の姿へと変身する。
未来は一瞬だけ欲望に負けそうになったが、歩いている途中で出会う人々をしっかりと目視して、今までの頑張りを無駄にしないようにする。
真琴は焦燥を、未来は煩悩を抱えて、二人は武道場へと辿り着いた。
居るかどうか不安な真琴は小さく武道場の扉に拳を叩きつけて、コンコンと鳴らす。すると、扉はいつも通りに開かれて、中からは奏が顔を出した。
真琴が訪ねてきてくれたことに対して笑顔を見せる奏だったが、それはすぐに消え去った。後ろにいた未来を警戒したのだ。奏は清純そうな笑顔をしている未来をジト目で眺めている。
「あの、警戒しないで。俺の友達だから」
「真琴く……ちゃんから話は聞いているんだ。よろしくね、奏さん」
さすがの未来も空気を読んだのか、真琴に対しての呼び方を変えて奏に挨拶を交わす。
真琴との付き合いもあるため無下にして帰す訳にもいかず、奏はしぶしぶ未来を武道場へと招き入れた。
未来も始めて見たのだろうか、周りを見て武道場の雰囲気に感動している。その傍らで、奏は真琴に話しかけていた。
「真琴ちゃん。あの人……誰?」
「未来っていうんだ。大人しくて清純ないい人だよ」
……表の顔はな。奏に対して裏の顔を話しても色々とこじれてしまいそうなので、敢えて真琴は表の顔だけで印象を話すことにした。
真琴の説明で未来という人物を理解できたのか、奏は少しだけ警戒心を解いて顔の緊張をほぐした。
「それで、今日は何のために来たのかな? 真琴ちゃん」
表情を緩ませた奏を未来は見逃さなかった。スマホを取り出して、昨日真琴から送られた画像を未来に見せる。未来は面食らった表情を取りつつも、その顔は驚きに満ちていた。
「用は私があるの。この男性、知ってるよね?」
「……知らないわ。そんな人」
「そう? この男性は自分の身勝手な正義で、多くの男子部員を犠牲にしているってもっぱらのウワサなんだけど」
「身勝手じゃない」
短い言葉だったが、それを言った奏の口調は強く、真剣だった。
よし、もう一声だ。その反応で何らかの関係があることを確信した未来は更なる質問を奏に放つ。
「なんでそう思うのかな? 理由があるんだよね? 例えば、自分が被害者だったとか」
「止めろよ未来」
未来によって徐々に追い詰められていく奏を、真琴は間に割って入ることで守る。真琴自身、混乱していた。未来は男性の正体を探るために行動してくれていて、自分も男性の正体を知りたい。にも関わらず、何故自分が未来の邪魔をしているのか。
だが、奏は真琴を押しのけて未来と対峙する。そして理由を話し始めた。
「いいの真琴ちゃん。理由なら話してあげるわ未来さん。それは、その男性が剣道の精神を大切にしているから。精神がなってない人を殺さずに痛めつけて、退治したからって誰か困るの? ましてや男女差別をするような人間なんて……剣道をやるべきじゃない。止めるべきよ」
「それ自体が男女差別になってると思うんだけどね……。ま、あなたの言いたいことは分かったわ」
未来はスマホを自分のポケットに入れると奏に背を向けた。それから後ろで手を組むと武道場の様子を見るために歩き出した。
顔をうつむかせて塞ぎこんでしまった奏に申し訳ないと思った真琴は、彼女を励ますために色々と言葉を送った。
「ごめん奏さん。こんなことになるなんて思ってもみなかったから……。未来も君を責めてるわけじゃないんだ」
「……さない」
「え?」
「あ、ああ。何でもないよ、うん」
一瞬、奏とは思えない程の低い声がしたかと思うと、奏は即座に顔を上げて力のない笑みを見せた。
必死のフォローを考える真琴は、ある意味で余計な事を言ってしまった。
「未来は君がその幽霊部員何じゃないかって思ってるんだ。でも、俺はそう思わない。奏さんが俺を襲った人間と同じだとは思いたくない」
「……ごめんなさい。……私を心配してくれて」




