絶望のミライ、希望の未来
奏が落ち着いてから、真琴は彼女を連れて作戦会議をしていた一軒家へと戻った。
そこにはすでに明日香と諫見が集まっていた。諫見は複雑な表情をして奏と真琴を見ている。彼女は特に奏を警戒していた。奏が神の言いなりになって真琴を襲ったことは彼女にとってショッキングな出来事でもあった。
「奏先輩……」
そこから先の言葉が出ずに、諫見無意識に口をつぐんでしまう。
「諫見ちゃん……ごめん。混乱させて……」
いたたまれなくなった奏は諫見に向かって頭を下げた。
それで許されるとは奏も思ってはいない。だが、自分がしでかしてしまったケジメは必ずつけるとは思っている。
自分の中で何かを納得したのか、諫見は奏に対して警戒心を解いて憑き物が落ちたような表情を向けた。
「……まったく、奏先輩は本当にしょうもない人なんだから」
「仲直りってことでいいんだよな?」
一応ということで、真琴が二人に対して確認の言葉をつぶやく。それに反応するように、奏と諫見の二人は力強く頷いた。
対立しなかったことを確認できた真琴は人知れず心の中で安堵した。
一方、奏の暴走を知らない明日香は三人のやり取りを疑問に思っている。だから、彼女は頭を傾けてハテナを示した。
「ねえねえ、何かあったの?」
「いや、何もなかったよ。ね、諫見ちゃん」
「うん。明日香先輩は何も心配しなくても大丈夫」
「そっか。じゃあ安心だね」
満面の笑みを二人に向ける明日香。今の暗い状況で、彼女の笑顔は一種の清涼剤となった。
みんなの雰囲気が良くなってきた頃合いを見て、真琴は本題に入ることにする。
他の三人を集めて、真琴は口を開いた。
「それで……だ。問題は、どうやって未来を救い出すか」
「あの時にも言ったけど、方法なんてあるの?」
奏は不安げに真琴に話す。これが奏にとって一番怖かった。方法がないということは、ここに集まっている三人と殺し合いをしなければならないということになる。
不安が次第に増えていくというところで、諫見がそっと口を開いた。
「……説得」
「神様を説得するの? でも、それって……」
「違うよ奏先輩。未来先輩を説得するんだ」
「未来を?」
「どういうことだ?」
諫見は三人に自分の思ったことを伝え始める。
一瞬だけ見出した希望。それが道に繋がることを信じて。
「私たちの思い出……あの時は海に行ったことを言ったんだけど、一瞬だけ未来先輩の表情に戻ったんだ」
「そんなことがあったのか……」
「えへへ、そう言えば懐かしいよね。みら姉とかな姉の心が入れ替わった時。あれが僕とみんなが始めて会った時だったよね?」
その瞬間、明日香はハッとした表情をした。自分で思い出を語った結果、面白い事実が浮かんだのだ。
「……そうだ。みら姉には僕たちの能力が効くんだ!」
明日香の言葉に呼応するように、真琴が彼女のフォローに回る。
「ああ。『入れ替わり』『皮』……あいつ、TSFの能力が効いてたな。ただし、『催眠術』は効かなかったけど……」
「それって未来の体を使ってる神にも同じことが言えるかもしれないってこと?」
「神と戦う、未来を説得する。どちらでもある意味で希望はあるってことか……」
「神と戦う場合は私たちのTSF能力を最大限に使う。未来を説得する場合は思い出をみんなで語る、そういうことね」
「思い出……記憶……?」
真琴は頭に妙に引っかかるその単語を脳内で繰り返し浮かべていた。
確か、記憶に関係する何かがあったはずだ……。それは……。
真琴は無意識に奏を見た。真琴に真剣な表情でジッと見つめられている奏は少しだけ顔を赤らめて恥ずかしさを感じている。
「な、何?」
「……そうか。記憶……」
「あのー真琴先輩、何一人で納得してるんですかー?」
「奏、TSFの能力が無くなったらそれまでの記憶は無くなるんだったよな?」
その現象を体験した奏本人に真琴が確認する。奏は当然とでも言うように、肯定を示す。
自分の間違いではないと確認できた真琴は、頭に浮かんだ考察をみんなに説明し始めた。
「TSFの能力を手放した瞬間、それまでの記憶は無くなる。だけど、取り戻せば記憶は復活する。つまりだ、記憶はTSFの能力に付随されているってことかもしれない」
「ん? ふーずーい? どういうことまこ兄?」
難しい言葉を使われて、本来は小学生である明日香が理解できないという顔をしている。
彼女に分かりやすくするために、諫見が彼女に噛み砕いた説明を続けた。
「簡単に言うとね、『入れ替わり』の能力を失ったら、明日香先輩の記憶は無くなる」
「うん」
「でも、『入れ替わり』の能力を取り戻したら、明日香先輩の記憶は戻る」
「うん。そこまでは分かるよ」
「だから、明日香先輩の失った記憶は『入れ替わり』の能力と一緒になっているということ」
「じゃあじゃあ、『入れ替わり』の能力を誰かが取ったら、僕の記憶が他の人にも見えるってことなの?」
「そういうことになるね、明日香先輩」
二人の会話を聞いて、奏は『皮』を使っていた能力者の記憶が覗けるかどうかを試してみることにした。
すると、深夜に催眠術師と出会っていたことや、そこで自分の父の遺体を皮にして利用したこと。他にも未来を皮にした場面等が思い返すことができた。能力者の思想には染まらないが、参照することはできる。
始めて知った事実に、奏は思わず心の中で舌打ちをしてしまった。
最初から参照していれば、催眠術師の罠にも気づけたのに……!
過ぎたことは仕方ないと思いながらも、やり切れない感情が募っていく。若干暗い表情をしながら、奏は諫見と明日香に記憶の確認ができることを伝えた。
「諫見ちゃんの推測、間違ってないよ。私も確認できた」
「……能力に記憶が固まっている、か。なあ、みんな。もしかしたら俺は甘いのかもしれない。こんな世界になってまで、こんなことを夢見るのはおかしいとは思うのは自覚している」
「真琴くん……」
「でも、俺は未来を助けたい。あいつの脳天気過ぎる笑顔をまた見たいんだ。……間違っているのは分かる。だけど、もう一度だけ試させてくれ」
「……うん」
意外にも一番早く真琴の手を握ったのは奏だった。彼女は自分の小さく華奢な手を真琴の手と重ね合わせて、彼の体温を感じ取った。
「私の能力で……能力を入れることができる剣を作るよ。それで、その剣を使って能力を……私たちの想いを神様にぶつけて未来を助け出そう」
「成功しても、失敗しても俺たちの記憶は無くなるってことか」
「でも――」
諫見が真琴と奏が重ね合わせている手に自分の手を重ねる。全てを決意し、その表情は真剣なものになっている。
「記憶が無くなっても、私たちはまたきっと巡り会える」
三人が手を重ねているが、明日香だけはまだ手を伸ばしていない。少しだけ迷っているような顔つきをしているのを見て、真琴は彼女に優しい言葉を送った。
「無理はしなくていいぞ明日香、いや……悠太君」
「……ううん」
最後の明日香も、真琴たちと同じように手を合わせる。
「もし、記憶が無くなるなら、僕それでもいいかなって思う。だって、催眠術に掛かった時のようなあす姉になりきれるってことなんだよね?」
「悠太君……」
「僕は本当なら交通事故で死んだ。ここにいるべきなのはあす姉なんだ。だから、記憶が無くなっても大丈夫だよ」
感極まって、真琴の瞳から涙がこぼれ落ちる。その涙は止めどなく流れてくる。加減を知らないその涙は真琴の心を激しく責め立てていた。
「……みんな、本当にすまない……!! 俺のワガママに付き合ってくれて……ごめん……!!」
「真琴くん。そういう時はこう言うの。『ありがとう』ってね」
「へ……?」
「謝られるよりも感謝される方が、私は好きかな」
「それに、真琴先輩だけのワガママじゃないよ」
「うん。僕たち全員のワガママだ。みら姉を助けたいために世界を危険にしているのは、僕たち全員の責任だよ」
「俺も焦ってたんだ……! みんなの能力を奪って俺が犠牲になればいいんじゃないかって……! 奏と同じだったんだよ……!」
「真琴くんも、そうだったんだね」
泣きじゃくる真琴を、奏が抱きしめた。
奏を守り、励ましたことは数多かった。しかし、真琴にとってこの経験は始めてだった。
奏は目を閉じて、優しく真琴の頭を撫でていた。いつも自分が励まされた時と同じように、慈愛を持って。
「大丈夫だよ。私たちがついてる。私が暴走した時は真琴くんが一生懸命になって救ってくれた。真琴くんが辛い時は、私たちがこうしてあなたの心を暖めてあげるよ」
「……ああ。ありがとうな、奏。みんな……」
少しだけ、真琴にお返しができたかもしれない。そう奏は思った。




