かけがえなき記憶
真琴は奏の足もとと剣を交互に観察しながら、攻撃を回避していく。一瞬の隙をみせた途端、真琴の体は二つに分かれてしまうだろう。
「奏……記憶は本当に辛いだけだったか?」
真琴は優しく語りかけていくが、剣を振るのに夢中になっている奏には届かない。奏の表情は激情としており、目に溜まる涙を振り払いながら真琴を睨みつけていた。心を無心に保っていなければ、奏は己の心に押しつぶされて崩壊してしまう。それが奏の感情を荒上げる要因にもなっていた。
このままだと奏の説得もままならないと判断した真琴は女の子に変身して近くの枝を拾った。
枝はいつもの通り鉄パイプへと様変わりし、奏に対抗する武器が出来上がった。
真琴は恐ろしい顔で襲い掛かる奏を防御するために鉄パイプを彼女の前にかざした。
「そんなものおおお!!」
奏は一瞬だけ立ち止まってすぐに剣を振り下ろした。鉄パイプは簡単に切断することができ、真琴の戦う武器は即座に喪失してしまった。
「これは、力を使わないとダメか……」
出来ることなら、未来と戦うまで使用を控えたかった真琴だったが、奏を落ち着かせるためにも仕方ない。
真琴は奏が振りかざしてくる剣に手を向けて、心で『転換』させるよう念じた。すると、剣はただの木刀へと様変わりし、奏の戦力を削ることに成功した。
「くっ、小癪な真似を!」
「落ち着くんだ奏。いい加減目を覚ませ!」
奏が木刀を再び剣に変化させようとした瞬間、真琴は自分の拳を奏の腹部に叩きつけた。奏は木刀を落としながら奥へと吹き飛び、そして地面に体を打ち付けてしまった。
体の衝撃と腹部の痛みから激しく咳き込んで立ち上がろうとしている奏に、真琴は更なる追い打ちをかける。
真琴は蹴りを入れ、奏は避ける間もなく右肩に蹴りを受けてしまう。
「きゃあああ!」
そして再び地面に寝っ転がってしまった奏はようやく動くことを止めた。
あおむけになって息をしているだけの奏は、真琴を見上げると大きなため息をついた。
「やっぱり……ダメだね。私、弱い女の子だった……」
「奏は強いさ。俺たちを犠牲にしてまでもこの世界を守ろうとしたんだからな」
「でも、私は真琴くんに負けた。……いいよ、能力を抜き出しても」
「……いや、俺はみんなで未来を救いに行く。だからお前にも協力してもらいたいんだ」
「協力?」
奏が己をバカにするように笑いだす。奏もその方法を必死に考えたが、答えは出ない。むしろ、不安感が募るばかりで無意味だったのだ。
「どうやったって未来には敵わないじゃない。もう、終わりなんだよ私たちは……」
「奏、さっきの質問、覚えてるか?」
「……ごめん。聞いてなかった」
「記憶は本当に辛いだけだったか?」
落ち着いている奏はその言葉を聞いて、今日までのことを思い返す。今は辛いが、前まではみんなと協力していろんな障害を乗り越えてきた記憶が確かに存在している。
辛いだけじゃないということが奏の表情から分かった真琴は、彼女の答えも聞かぬまま話を続けた。
「その楽しい記憶を守るためにも……俺たちは未来と戦わないといけないんじゃないのか? 未来を救わなきゃならないんじゃないか?」
真琴の言葉を聞いている内に奏の冷たい心も温かく溶けていく。それに伴って、奏の瞳から涙がこぼれ出てくるのだった。奏も真琴と同じ気持ちだった。それが、少しだけずれてしまったがために、奏は真琴に戦いを挑んだ。
奏は震える声で、真琴に自分の意思を伝えた。
「……私だって未来を救いたいよ。だけど、どうすればいいの? 方法なんて……ないよ」
「それはこれから考える。全員集めて考えるさ」
真琴は若干苦笑いをしながら、奏に向けて手を差し伸べる。奏は涙を拭いながら、真琴から差しのべられた手を掴んだ。
すぐに奏を引っ張り上げて地面に立たせた真琴は、奏をそっと抱きしめた。
「大丈夫だって。俺たちが集まれば何かいい考えだって浮かぶさ」
「集まらなかったらどうするのよ……?」
「それは……その時考えるってのはダメか?」
「ダメに決まってるでしょ……! バカ……!!」
泣きじゃくる奏の背中を優しく撫でて彼女の精神を落ち着かせる真琴。彼女の前ではそんな強がりを見せていた真琴だったが、彼の精神も奏と同じように窮地に立たされていた。
一瞬だけ過った、奏と同じ結論。それを実行する前に奏が襲いかかってきたから真琴は自分を律することができた。
しかし、真琴は内心焦っている。その焦りが、真琴の心を徐々に蝕んでいく。
真琴は必死に落ち着きを念じると同時に、奏の心を落ち着かせようとしていた。




