崩壊した世界
奏は突然、全身の痛みに襲われた。それは意識が覚醒して痛みを認識したことと同じ。奏は嫌でも目を開けるしかなかった。
「……ここ、どこ?」
独りでに呟いた奏は周りを見渡す。自分は荒廃した未来へ来てしまったのだろうか。そう思ってしまうほど、奏の瞳が映す世界は荒れ果てていた。ふと自分の体の状態を見る。あちこち切り刻まれたセーラー服はそのままで、痛々しい傷もまだ癒えていない。自分に何があったのだろうか。
「そうだ。未来を乗っ取った神が……」
攻撃をしたにもかかわらず、神は自分の剣を無力化させて奏を瀕死に追いやった。
まだ体中の傷が疼き歩ける状態ではなかったが、それでも奏は己の忍耐を振り絞って立ち上がった。
立ち上がった後もよろめいた奏だったが、倒れこまないよう必死にバランスを取る。歩く時の振動と服が擦れることによって発生する痛みに耐えながら、奏は辺りを歩き始めた。
昨日まで見ていた景色が全て荒れている。多くの会社員で賑わっていたビルも半分が壊れて窓ガラスが全て割れている。
完璧な舗装だった道路は、凸凹に成り果ててとても自動車が通れる道ではない。公園の木は全て枯れ果て、遊具の全ては破壊されていた。
「酷い……どうしてこんなことに……」
……まさか、神が?
奏の中で一つの結論に至ろうとした時、後ろから明日香が声を掛けた。
「かな姉……起きたんだね」
「え、明日香?」
後ろを振り返って明日香を見た奏は驚愕した。彼女のセーラー服も破けており、素肌が露出しているのだ。髪の毛はボサボサになっていてもう何日もシャワーを浴びてないような風貌を醸し出している。泥がついている顔はとても疲れきっているように奏は思えた。
奏は急いで明日香に駆け寄り、彼女についている泥を手で拭った。
「どうしたのよ、こんな姿になって……」
「みら姉が……街を破壊してるの。私といさみーで一生懸命戦ってたんだけど、やっぱりダメだった……」
「……真琴くんは?」
「まこ兄はもう起きてみら姉を説得させる方法を考えてるよ。でも……このままじゃあ……」
「……よく頑張ったね」
涙を貯め始めた明日香に奏はそっと頭を撫でて今までの苦労を労う。それでも泣きそうになっている明日香を抱きしめて、暖かな温もりを感じさせて優しく頭を撫でる。
「かな姉……みら姉がね、早く一番を決めないと世界を破壊するって言ってた。僕たち、戦わなきゃならないの?」
奏はその質問に答えることはできなかった。ただ複雑な表情を浮かべて明日香をなだめることしかできない。
神様には勝てないのだろうか……。
明日香を落ち着かせ終わった奏は痛む体を耐えて一人で荒廃した世界を歩き出した。
片足を引きずりつつの散歩だったが、それは彼女をさらに絶望させるだけだった。
木々が折れ曲がっている姿、自動車がいとも簡単に潰れている様、賑わっていた商店街のシャッターが閉められて、ところどころ崩壊している光景。
奏は自分自身に怒り、唇を噛みしめる。
「私たちの……ううん、私の決断が遅かったから街がこんなことに……あっ」
感情の高ぶりで足元にあった小石に気づかずにつまづいてしまった奏は、そのまま地面に倒れこんでしまった。
私にはお似合いの格好かもね。
奏は自笑しつつ、立ち上がろうとしてよつん這いになったところで動作を止めた。
立ち上がってどうするつもりなの奏? どうせ、この世界は神様によって破壊されてしまうというのに。……この世界を救える方法はある。だけど、それは今まで仲間だった人たちを傷つけること……。じゃあ、世界は消滅してもいいの? たった数人の仲間の命と数十億の命、どっちが重いか真面目な奏には分かるはずだよね?
「う……うう……」
涙を地面に落として泣き続ける奏に差し伸べる手があった。それに気づいた奏はふとその手に触れてみたくなって手を掴んだ。手を差し伸べた人物は奏を引き上げて彼女を立たせた。
その人物とは未来だった。
「奏ちゃん、目が覚めたんだね」
「み……らい? ……いいえ違うわ。今のあなたは神の『ミライ』でしょう?」
「ええ、そうよ。一人で泣いているからどうしたのかなって思って来てみたんだけど?」
「あなたには関係のないことでしょう。それとも何? 私を殺すために来たの?」
それなら話は早い。
奏は今の責任を全て捨てて楽になりたいとさえ思えてくる。
だが、未来の言葉は彼女を落ち込ませるものだった。
「違うよ。能力を持っている人……能力に魅入られている人を殺すわけにはいかないもの」
「じゃあ、何が目的?」
「神様のお悩み相談コーナーということで。奏ちゃん、今は何を悩んでいるんですかぁ?」
「……あなたのことよ。どうしたらあなたが破壊を止めてくれるのかを考えているのよ」
「それは簡単。奏ちゃん以外の能力持ちを全て倒せばいいんだよ」
「それができないから困ってるの!!」
「君は真面目ちゃんだからねえ。でもさ、世界と仲間、取るなら世界を取った方がいいんじゃないの? 別に私はこの世界がどうなろうが知ったこっちゃないんだけどねっ」
……倒すしかないというの?
疑問を自分の心にぶつける奏だったが、答えはすでに決まっていた。
自分のせいでこんなことになった。どうせ能力が無くなれば記憶は消える。だったら、私一人業を背負えばいい。ケジメは……私がつける。




