呼びかける声
その日の夜、未来は真琴に頼み込んで様々な場所へと連れて行ってもらった。河川敷を始め、商店街の町並み、廃工場の淋しげな景色、ビルが立ち並ぶ摩天楼の夜景。そのどれもが未来の心を刺激していた。
上機嫌になりながら帰宅した未来を見た母は、彼女の様子からいい気分転換になったのだろうと思った。ここ数日の元気のない未来を見て心配になっていた彼女だが、未来の笑顔を見てその心配は吹き飛んでしまった。
「あ、お母さん。今日のご飯いらないや」
「あの友達と食べてきたの?」
「うん、そうなんだ。ごめんね、連絡するの忘れてて……」
「いいのよ。それより、明日は学校に行けそう?」
「うん、バッチリだよ!」
「そう! 良かった……!」
そんな会話を楽しみながら、未来は自分の部屋へと向かう。階段を上がるのにもウキウキしており、一段飛ばしで駆け上がっていく未来。彼女は部屋の前のドアノブに手をかけて、中へと入った。
電気をつけて、部屋を明るくした途端、未来はベッドに仰向けに倒れこんでしまった。いくら心が元気でも、久々に動かした体は疲れきっていた。しかし、真琴と一緒にいた時は体の疲労など感じなかった。それが、自分の部屋に来た途端、体が悲鳴を上げ始めたのだ。
「うへぇ……結構疲れたんだねえ……」
天井を見上げながら、未来は真琴と回った場所を思い返していた。素敵な思い出になった。未来はそう思って顔をニヤつかせた。
「……そうだ。せっかく撮ったんだし、見返してみようかな」
ポケットからスマホを取り出して、今日撮影した写真を表示させる。スマホのバッテリーはすでに20%を切っていたが、未来は寝っ転がりながら充電器をスマホに刺した。
充電のために熱くなるスマホを握りしめながら、未来は写真を嬉しそうに眺めていた。
どのくらい時間が経っただろうか。写真を眺めていた未来はいつの間にかネットを何の目的もなく眺めるのに変わっていた。
「……お、もうこんな時間か」
ふとスマホに表示されている時間を見ると、午後十時を過ぎていた。このまま夜更かししては明日の学校に支障がある。それに、お風呂にも入らなければ。
未来はそう思って重たい体を無理矢理動かしてベッドから離れた。
「うー……づがれだー……お風呂まで行くにも一苦労だよ……。でも、楽しかったな。今度はみんなと一緒に行ってみたいかも……」
――そんなに楽しかったの?
未来は無意識に首を横に向けた。それほど自然に何者かが語りかけてきたのだ。当然、この部屋には未来しかいない。誰かいるとしたらベッドの下に潜む者か、監視カメラを配置してて初めて気づく、クローゼットの中に隠れている者くらいだろう。
そんな都市伝説を思い出して未来は背筋が寒くなり、恐る恐るベッドの下を覗き込んだ。あり得ないと思いながらも、未来はスマホを懐中電灯代わりにしてくまなく探した。
「……いない。と、当然だよね」
次に、未来はクローゼットの前に来ていた。先ほどの疲れは全て吹っ飛び、未来は思い切ってクローゼットを全開にした。
「いない……良かった……」
良かったのだろうか。だとしたら、今聞こえてきた声の主は一体誰なのか?
――こっちこっち。
また聞こえてきた。未来は自分の部屋を見回すが彼女以外いるはずがない。
すると、突然頭痛が未来を襲った。
「アグッ――!!」
小さな爆弾が脳内で爆発した結果、頭蓋骨がひび割れて弾け飛びそうなくらい痛みだした頭を、未来は両手で頭を抱えて必死に堪える。
「また……この頭痛が……!!」
痛みに耐えかねた未来は再びベッドに倒れ込んでしまった。ただ、早くこの痛みが収まってほしい。それしか考えることができず、未来はベッドにうずくまって口を震わせながら呼吸をする。すでに未来の頬には涙が伝っていた。
「ア……カハッ……」
――そろそろ返してもらえないかな?
「な、何を……返せって……言うのよ……!!」
――私の体。
「私の体は……私の物よ……!! あなた、一体誰なの……!?」
――私? 私は……
未来の頭から痛みが引いていく。肩で呼吸をしながら、涙を腕で拭う未来。彼女は不登校になる時期と同時にこの原因不明の頭痛に悩まされていた。正確に言えば、頭痛によって未来は不登校になっていたのだった。
親に話せば確実に心配してしまうだろう。未来は時間が経つことで頭痛が治ると楽観的にいた。だが、今まで治った試しはない。
「あの日からだ……凛音ちゃんを乗っ取ってた前世から変な光を浴びてから……」
あの時、未来は異常な気持ち悪さを訴えたが、光が消えるとその気持ち悪さは消えていった。異変が起こったのは真琴たちと別れて自宅へと帰り、自分の部屋でくつろいでいた時のことだった。
最初は親に話そうか迷っていた時期もあった。だが、親に心配は掛けさせたくない。親としては娘の異常は伝えてほしいものだが、未来は親を憂いてしまったがためのすれ違った行動だった。
未来は一瞬だけ明日の学校に行くべきか迷ってしまった。だが、彼女には行かなければならない理由がある。
「ジッとしてても治らないなら……行っても変わらないってことよね。だったら……行ってやろうじゃない」
この頭痛が、もしかしたら八戸都の言っていた準備なのかもしれない。それなら、こっちから出向いてやって八戸都をやっつけるしかない。
未来は虚空を睨みつけて、八戸都に宣戦布告をした。
「かかってきなさいよ……私は戦ってやる。絶対に……負けないんだから」




