転生の力
凛音が高校に足を運んだ時、すでに授業が始まってしまっていた。
「すいませんです……遅刻してしまったです」
「珍しいこともあるんだな、まあいい。座りなさい」
先生に言われて、凛音は自分の席へと座る。凛音は体の元々の記憶を使って何とか演じて見せていた。
「凛音ちゃん、こんな遅くなってまで、諫見ちゃんと何を話したの?」
「ああ……うん。別に大したことじゃないんです」
「……具体的に教えて? 私、気になるよ」
……親友はまだ記憶が戻っていないのか。もしかして、僕だけしかこの世界を救える者はいないのか……?
奏に対してどうやって言い訳を作ろうと考え倦ねていたが、しつこく聞いていた奏が先生に注意されて、奏はバツが悪そうに黒板に目を向けた。
相棒の記憶はまだいい。それよりも、未来だ。魔王を殺さなければこの世界に平和が戻ることはない。ならば、早速呼び出せば……。
元々の体の持ち主の記憶から、授業が終わったら休み時間というものがあることを知った凛音は、一時間目の授業が終わるとそそくさと教室を出て行った。
奏は凛音に諫見のことを聞こうとしたのだが、自分のことなどお構いなしに廊下に出た凛音のせいで何も聞けずじまいだった。
「どうして凛音ちゃん……。私、何かしたの……?」
朝から態度がおかしかった凛音。奏は最初、朝のテンションで元気がないものだと思っていた。しかし、それは間違いだと気づく。
「凛音ちゃんの口から聞かなきゃ。私が悪いことしたら一生懸命謝ればいいんだよね?」
奏は胸の辺りをギュッと手で握りしめて、凛音を追うことを決めた。
未来の居場所は記憶が知っていた。凛音は迷いなく未来の教室へと行き、未来の姿を探した。
未来は自分の机で次の授業の整理を行っているところだった。普段の彼女とは違い、すまし顔で清楚な印象を受けた凛音は彼女に対して冷笑していた。
ぬうっと歩き出し、未来の元に向かう。彼女を見下ろしながら、凛音はいつもの表情でにこやかな笑顔を見せた。
「未来さん、ちょっといいかなです?」
「私に用事? 奏ちゃんには相談できないことなのかな?」
「……そうです。助けて欲しいのです」
「うん。分かった。ちょっと待っててね」
教科書を机の上に乗せて、未来は席を立つ。凛音は予め八戸都から言い渡されていた決戦の場へと未来を連れて行ったのだった。
学校内でも人通りが少ない裏側へと連れ込んだ凛音。今のところ、未来は凛音に対して不安感を抱いていない。
立ち止まった凛音はいきなり未来を睨みつけ、罵倒した。
「魔王……お前もこの世界に生まれついたとはな」
「り、凛音ちゃん? 何を言っているのか全然分かんないんだけど……」
もしかして、真琴ちゃんと奏ちゃんが言ってたことってこれのこと? 何か様子が中二病みたいなんだけど……。
未来もさすがに苦笑いをしてこの状況を何とか乗り越えようとしているが、凛音はその態度を崩すことはなかった。
「お前がこの世界を支配しているんだろう。違うのか!?」
「支配って……そんな、たいそれたこと私には出来ないよ。私はただ、真琴ちゃんたちと楽しく暮らせればそれでいいかなって思う」
「世迷い言だな、魔王」
自分だけ記憶があるのは卑怯だ。そう思った凛音はフェアプレーのために、未来に自分の能力を使用することを決めた。手をかざして、未来に狙いを付ける。
「手をかざして何を……」
「目覚めてもらうぞ、魔王!! そして、勇者の僕と勝負してもらう。この世界の平和を掛けた勝負を!」
「勇者とか魔王とかなんだかファンタジーな話……ってまさか!」
この瞬間、未来の中で凛音の能力が決まった。しかし、反応する前に凛音の手から出た光を浴びてしまったのだった。
思わず腕を動かして目を覆った未来だったが、すぐに吐き気と気だるさが彼女を襲った。未来はすぐにうずくまった。
「アグゥ!! な、なにこれ……気持ち悪……」
「早く目覚めろ魔王。僕と戦え!」
しかし、未来の脳内で別世界の記憶が思い出されることはなかった。純粋な気持ち悪さだけが未来の体の中をかき回し、心を乱していく。
胸からこみ上げてくる何かを出すわけにはいかないと、未来は手で口を抑えて必死に我慢する。いつしか涙も流れていた。
「クソっ、プロテクトを掛けているのか。忌々しい奴め!」
「うっ……う……」
「……仕方ない。今、ここで殺すしかない」
「……うぅ!?」
凛音を見上げて目で訴える未来だが、凛音の表情は感情を捨てたような冷たい目をしていた。
凛音の手のひらから炎が生み出される。赤々と燃え上がっている炎は、未来の処刑を心待ちにしていた。
「これで、世界が救われる!」
凛音は手を薙ぎ払って、未来に炎を投げつけた。未来は思わず目を瞑って死を覚悟したが、彼女を救う存在が現れた。その存在は未来の目の前に立って炎を受け止めたのだった。
未来はその存在の名前を口にする。いつしか吐き気は治っていた。
「……か、奏ちゃん」
「ごめん未来。まさか、凛音ちゃんが未来を殺そうとするなんて思わなかったから遅れた」
「親友……何故邪魔をする」
「凛音ちゃん。どうしたの? 私、何かあなたに悪いことした? だったら言ってよ! 謝るから!」
「奏ちゃん、今の凛音ちゃんは前世の記憶に支配されてる」
「前世? どういうこと?」
「TSFの能力。その名も転生。あなたが野球部のマネージャーを前世の姿に転生させたのね」
「……フッ、邪魔をされたか」
凛音はやれやれとでも言うように肩をすくめてため息をついた。
未来の話を信じている奏は、先ほどまでの悲哀な表情を潜めさせて睨みつけている。
「前世で命を全うした存在が、どうして現代に現れているのかしら? 未練があるの? だったら、その未練も叶う前に私が消滅させてあげる!」
奏は空間に剣を生成させて手に持って構えた。
「親友……お前が守ろうとしているのは魔王なんだぞ。どうして理解できない」
「例え前世が敵同士でもね、今の私たちには全然関係のないことなのよ」
「……諫見と同じことを言うんだな、親友も」
「その様子だと、諫見ちゃんにも何かしたようね」
「ああ。だが、今は関係のないことだろう」
凛音が指を弾くと、突如として女の子が二人凛音の前に現れた。未来はその女の子たちに必死に呼びかける。
「え!? 私のクラスメートがどうしてこんなところに! お願い、目を覚まして!」
「……使わせてもらうぞ、この能力を!」
凛音は女の子二人に手をかざす。すると、女の子たちはそれぞれ光を浴びてまったく別の存在へと変化を遂げた。
一人は蛇の下半身に人間の上半身という異形の存在――ラミア――。もう一人は馬の体を持ち、上半身が人間になっている怪物――ケンタウロス――。
各々、異世界の空気を吸い込んで猛々しい雄叫びをする。
「マネージャーに続いてその子たちも……許せない」
「親友、君の相手はこの二体だ。精々楽しく足掻いてくれ」
凛音のご高説の後、奏は失笑した。
「あなたバカ? 誰が一人で来たって言ったのかな?」
「何?」
茂みから現れたのは、真琴と明日香だった。二人はすぐさま奏と未来の元に行き、戦闘態勢に構えた。
「一部始終は見せてもらった。凛音、やっぱりお前はTSFに支配されてたんだな」
「みら姉、大丈夫? 怪我してない?」
未来に寄り添う明日香。吐き気も無くなった未来は健気に介護する明日香に笑顔を振りまいた。
「大丈夫だよ明日香ちゃん。ありがとう」




