八戸都の計画
八戸都は、奏と真琴がマネージャーを元に戻していた所を監視していた。満足そうな奏の表情と、信じられないといった困惑の表情をしている真琴を見て、八戸都は思わずほくそ笑んでしまった。
「ふふっ、これは面白い展開になってきました。まさか、真琴が転生の力を反転させられるとは……ね」
計画がいよいよ始動する。
八戸都は計画に必要な重要人物の元へと向かった。八戸都が念じると、一瞬にして重要人物がいる家へとワープした。彼女は家の明かりを観察して、二階にしか明かりがないことを確認する。
運悪く、今日は親が外出してしまったため二階にしか明かりがなかったのだ。
「これは好機ですね。それでは……いい加減に目覚めてもらいましょうか」
八戸都はわざわざ玄関の前に行ってチャイムを鳴らした。彼女なりの趣向と演出だった。少しの沈黙の後、スピーカーから声が聞こえてきた。
「はい、何のようです?」
「廻 凛音さんのお宅で間違いないでしょうか?」
声の主は少し戸惑いながらも肯定の言葉を伝えた。
「そうですけど……何かです?」
「貴方様宛に荷物が届いてまして」
「あ! ちょっと待ってて下さいねです!」
カチャリと施錠が外れる音の後で、扉がゆっくりと開かれる。その扉は凛音にとっては地獄の扉が開かれたと同然だった。
八戸都はいつもの笑みをした。
「え……!? あ、あなたってまさか……」
「あらあら。私と面識があったのかしら?」
凛音の中で思い出される八戸都の悪行。超能力を使って自分たちを苦しめたあの時の出来事がぶり返してきて、凛音は思わず扉を閉める。
しかし、八戸都は足を引っ掛けて扉が閉まらないようにしてしまっていた。
「ふふっ、残念でしたね。でも、これであなたは逃げられない」
「何が目的なんです!」
「……廻 凛音。あなたは自分の前世が何か知りたくはなくて?」
「前世……です?」
「そうですよ。さあ、目覚めましょう。あなたの前世を。あなたの使命を」
八戸都がそう言うと、八戸都から光が漏れだして、凛音の中へと侵入していく。
「あ……あああっ!!」
悪寒と共に吐き気が凛音を襲う。その場でうずくまって必死に抵抗するものの、凛音の悪寒は増す一方だった。これ以上八戸都に何もされたくない。その一心で、凛音は玄関から必死に居間まで逃げていく。
だが、八戸都は涼し気な顔をして扉の鍵を内側から閉めてしまった。これで、凛音は逃げ場を無くしてしまったと言っても過言ではない。
八戸都は極めて優しい口調で語りかけてくる。
「安心しなさい。あなたは本当のあなたに気づくだけなんですよ?」
「いや……! いやぁ……!!」
居間にある家具や小物にぶつかりながら凛音は八戸都から逃げる。
ーー何故逃げる必要がある。彼女は僕のために記憶を取り戻そうとしてくれるじゃないか。
「え……? なんです、この記憶……」
体をふらつかせて台所に倒れこむ凛音。彼女はあり得ない『覚えている記憶』に困惑し始める。
そして、自分を塗り替えていく見知らぬ記憶。凛音はその記憶を消失させようと頭を地面に打ち付けるが、次々に記憶が溢れていく。
知らない土地で怪物と戦い、魔法を使う。いつの間にか仲間もでき、プリンセスを守るために、そして世界の平和を守るために魔王を倒す。
その後は幸せに暮らしていく。
よくあるRPGの物語が数秒で凛音の記憶に刻み込まれる。
最後の自分の意志が消える前に抵抗できたのは、彼女が流した涙だけだった。
「静かになりましたね」
先ほどとは違ってうずくまって黙っている凛音を見て、八戸都は能力の明け渡しに成功したことを確信した。
そして、凛音が起き上がる。彼女の顔つきは幼そうな外見からは想像もつかない大人びた表情へと変わっていた。
自分の体を見回し、ため息をついた凛音に八戸都は深いお辞儀をした。
「待っていました。勇者様」
「……これが今の僕の姿なのか。こんな貧相な体とは」
凛音は少しだけ膨らんでいる胸と下半身を触って自分が女の子だという実感を確かめる。
「申し訳ありません。ですが、それが転生なのです。昔は人々を食していた怪物も今のあなたの体と同じ存在になって生き長らえております」
「何……? それは本当か。だとしたら、事態は穏やかではなさそうだな」
「ええ。ですが、全ての元凶はすでに私が突き止めております。神野未来。その名を持つ人物が魔王の転生体なのです」
「魔王まで転生しているというのか!」
凛音は悔しそうに唇を噛み締めた。
「魔王を倒し、せっかく世界の永遠の平和を勝ち取ったというのに……!!」
「ですから、勇者様のお力を借りたいのです。そのための下僕も用意してございます」
そう言いながら、八戸都は指を弾いた。すると、いつの間にか女生徒が二人、八戸都の隣同士に並んでいた。
凛音は二人の姿を見比べて、まゆをひそめた。
「こいつらは今の僕の体と同じ存在のようだが僕には分かる。こいつらは怪物だ」
「その通りでございます。それが『転生』の力」
「なるほど、これなら僕の仲間も簡単に探せそうだな」
「そして、『転生』の力は貴方様が手を触れさせれば、転生前の姿に戻すこともできます。例外はありますが……」
「分かった。僕が魔王を倒し、この世界にも平和を取り戻してみせる」
「ええ。ですが、実際に接触するまでは記憶を誤魔化したほうがよろしいかと」
「……ゴホン。うん、分かったです。こういう感じでいいです?」
口調は元に戻っていたが、体を操っているのは凛音ではない。凛音の転生前の存在なのだ。
計画は順調に進んでいる。八戸都は心の底で上手く進みすぎている自分に賞賛し、爆笑をしていた。




