古典的! 耳栓作戦
明日香のヘルプを聞きつけて、真琴と奏は昨日の海へと来ていた。真琴は奏に顔を向けて目で訴える。奏はそれで察することが出来たようで、砂浜をゆっくりと歩き始めた。海と砂の間でひっそりと鳴り響くさざなみが情景を彩っていく。
奏は男性の姿に変身し、砂浜に投棄されている木の枝を拾って剣に変化させた。
「さあ……来るなら来なさい」
奏は海の向こうを監視してセイレーンが来るのを待つ。すると、数分もしないうちにセイレーンは姿を現した。
上半身だけ海から覗かせたセイレーンは奏の方を向いてニヤリと怪しい笑みを見せた。
「あれが野球部のマネージャーなんだ。絶対に助けなくちゃ……」
セイレーンが口を開き、歌を口ずさみ始めた。海岸一帯に広がるセイレーンの歌は聴いた物を惑わせ、そして魅力に取り憑かれてしまう。
それは奏や真琴も例外ではなかった。しかし、奏と真琴はセイレーンの歌に反応せずに敵に向かって走っていく。
それにはさすがのセイレーンも不満そうに奏たちを睨みつけた。
何故真琴たちはセイレーンの歌声を聞いても反応がないのか。その理由はいたって簡単なものだった。
「よし、耳栓のおかげで何も聞こえない……いけるぞ!」
真琴がそう言っても、奏は反応することができない。その代わり、セイレーンの歌声の虜になることもない。
リスクもそれなりにある作戦だったが、対セイレーンには効果的だった。
奏は意を決して海の中へと飛び込む。その瞬間に一度変身を解除し、奏は自分の下半身を魚の尾ひれに変身させた。奏の姿はさながら人魚のような風貌になっている。尾ひれを巧みに使いこなし、奏はセイレーンに近づいていく。車が道路を走っているほど早く敵に近づいた奏はセイレーンに向かって剣を振り下ろした。
「ゴボゴボ!」
奏的には「これで!」と言ったつもりだったが、奏の口からは空気が漏れるだけで意味のある言葉にはならなかった。
もちろん、セイレーンは剣を回避する。
ーーくっ、そう簡単にやられてくれないってことか。
奏は横に避けて逃げ始めたセイレーンを追う。海の中を自由自在に動き回る奏とセイレーン。彼女たちの追いかけっこの最中、奏は海のそこでクリスタルに閉じ込められている諫見と明日香を目撃した。
二人とも何かをされた痕跡はなく、クリスタルの中で気もち良さそうに眠っている。
ーー助けてあげるから、待っててね。二人とも。
奏は諫見たちを一瞥してからすぐにセイレーンを睨みつける。
セイレーンは逃げられないと悟ったのか、逃げるのを止めて奏に立ち向かってきた。自身の鋭い爪を駆使して奏に襲いかかる。
しかし、奏はセイレーンの爪を剣でいなしながら、峰打ちだがセイレーンに剣を叩きつけた。
斬ったら移動を繰り返すことで奏は忙しなく動き、セイレーンの意識をかき乱す。
「ゴボ!!」
奏はセイレーンを海上へ打ち上げるために剣をバットのように扱ってセイレーンを空へと叩き上げた。
「……よし、来たな!」
激しい水しぶきと共に現れたのはセイレーンだった。真琴は砂浜へ吹き飛ばされたセイレーンに向かって跳躍し、自分の右手をセイレーンにかざす。
「セイレーン。君の前世を……今世に転換させる!」
真琴の右手が光りだし、その光はセイレーンへと向かい、体を包み込んでいく。
すると、セイレーンの姿は次第に消え去っていき、代わりに人の姿が現れるようになる。その姿こそ、昨日から行方不明になっていた野球部のマネージャーの姿だった。
気を失って自由落下しているマネージャーを真琴はお嬢様抱っこで抱きかかえて地面に着地する。
童顔の彼女が先ほどまでセイレーンという化物になっていた。怪物を目撃しているにもかかわらず、真琴はいまいち信用できないでいる。
それよりも、本当にマネージャーがセイレーンになっていた。その事実に真琴は驚愕した。また、新たな敵が現れた。真琴は大きなため息をついた。
「また俺達は戦わなきゃならないってことか……」
また未来や奏が傷ついてしまうのだろうか。真琴の中の不安は大きくなっていくが、考える前に海から出てきた奏に注目した。
「ぷはぁ! 真琴くん! 二人は無事みたい!!」
「そうか! それは良かった……!!」
奏は海底から救い出した諫見と明日香を抱きかかえて海に漂っている。未だに幸せそうに気絶をしている二人を見て、奏は安堵に似たため息をついたのだった。




