怪物の調査
高校の図書室。存在感があるにも関わらず、学校の中で一番利用されないであろうその場所で、本を広げている二人の姿があった。
机には百科本が積み重ねられている。ホコリを被っていたその百科本も、今だけはホコリが払われて人の手に渡っている。
「これでもないか……」
百科本を閉じて、ため息をついたのは真琴だった。彼はクトゥルフ神話に関する本をこの図書室で読み込んでいた。しかし、彼が求める情報はなく、無駄骨だったことになる。
本を閉じた時、中に詰まっていたホコリが外へと飛び出したことで少しだけ後悔しながら、真琴はその本を横へと詰んで新たな本を取り出す。
真琴たちが戦った怪物。真琴には、それがどこかの神話の怪物に見えてならなかった。最初は念の為に動物図鑑を見た真琴だったが、当たり前の如く真琴が昨日見た怪物はいない。
そこで、真琴は神話関係の文献を調べることにしたのだ。
「あ……あったよ真琴ちゃん!」
「本当か未来!」
真琴と一緒に調べていた未来は手を上げて飛び跳ねている。真琴は苦笑しながら未来の元へと近づく。そして、未来が開いている本の中身を眺めた。
「ああ。確かにコイツだな」
「でしょ? えーっと、名前は『セイレーン』」
「セイレーンか……」
「何々? せいれーんは魅惑的な歌声で船乗りを誘惑する……だって」
「らしいな。それと気になったことなんだが、写真が二つあるな」
真琴は資料の写真を二つ指差した。両方共セイレーンの姿を写したものだったが、決定的に違うものがあった。一つはセイレーンの鳥のような姿をしていて、もう一つの方は魚のような姿をしていたのだった。
「あ、本当だ。時代を経てデザインも変わったのかな?」
「俺たちが倒したセイレーンは鳥の方のデザインだった」
「それは私も確認してるよ」
「そして、セイレーンは海の中に落ちていった」
「……あ、もしかして」
未来は目を見開いて真琴の方を見る。真琴は何も言わず頷いた。
「まだ生きてるかもしれないってことだ」
「どうしよう真琴ちゃん。放っておけないよね?」
「海の監視は諌見と明日香に任せてある。連絡が来次第俺たちも向かうって作戦だ」
その時、図書室のドアが開かれ、新たな読書家がやって来た。その少女は真っ直ぐに真琴と未来の元に向かっていく。未来は彼女の顔を見て笑顔になった。
「奏ちゃん!」
未来の声掛けに奏は笑顔で対応し、すぐに真琴と向き合った。奏の顔は真剣そのものだった。その表情だけで真琴は大体の事情を察することができる。
「奏、どうだった?」
「やっぱりマネージャー、昨日から家に帰ってないみたい」
「え? ということは……」
「どんな理由か知らないけど、マネージャーが昨日の怪物の可能性が高いってことね」
人間だった存在が怪物に変わる。図書室にいる誰もがTSFの能力の仕業だと確信している。しかし、その能力が何であるかまでは掴むことができなかった。たった一人を除いては、だが。未来は能力を独り言のようにポツリと言った。
「……転生」
「転生? 聞き慣れない言葉だけど」
奏は未来の言葉に首を捻って考え始めている。普段、そういうオカルトチックな話には興味のない奏には転生という単語が新鮮に感じられた。
一方の真琴はその言葉に聞き覚えがあるようで深く唸っていた。
「転生……確か、別の世界で生まれ変わるとか、同じ世界でも記憶を持ち越して生まれてくるとか、そういう類だよな? ネットの小説とかで読んだことある。まあ、今はもうスマホがないから読めないんだけどな……」
「いい加減、買ったら? 真琴くん」
「お金がいるからなあ……ああ。どうすればいいのか……」
苦笑いして呆れている奏に対して、真琴は複雑そうな顔をして腕組を始めた。
その間に決意を固めた未来は恐る恐る自分の考えを口にし始めた。
「もしかして、転生の能力者がどこかにいて、マネージャーを前世の姿に転生させたのかも」
「じゃあ、あのセイレーンは本当にマネージャーだっていうのか?」
「多分……」
「生きているってことは都合がいいわ。まだ助けられるかもしれない」
だけど、その時は……。
真琴はすでに自分の能力を使うことでセイレーンを元のマネージャーの姿に戻す方法を思いついていた。しかし、それは昨日の奏をアシストしたような能力の使い方とは違う。死んだ未来を生き返らせる程の力が必要だと真琴は考えていた。
……だが、俺はもう自分に負けないと誓った。絶対に自分を持ってみせる。
未来は真琴の考えていることが分かっているのか、思わず彼の袖を引っ張ってしまっていた。
いきなりの未来の行動に面食らいながらも、真琴は努めて笑顔になって未来に話しかけた。
「ど、どうしたんだよいきなり」
「また、あの能力を使うの?」
「未来……」
「嫌だよ真琴ちゃん。私、あんな真琴ちゃんは二度と見たくない」
「でも、現状じゃあ真琴くんの能力じゃないとマネージャーが救えないと思う」
未来を納得させるために奏も会話に加わるが、未来はうつむいて暗い表情をしているだけだった。
「それは分かってるよ。だけど……」
「安心しろ未来。俺はもう能力に囚われたりしない」
確証は何もない。しかし、真琴の中で強固な意志となっている。それが反作用を乗り越える力だと真琴は思っていた。




