転生体の襲撃
奏が未来を追いまわし、それを見て真琴が苦笑いをしていた時、彼は風を切る音を耳にした。
「何だ?」
この場に相応しくない音の在り処を探すため、真琴は周りを見渡す。崖や浜、海の向こうなど様々なところを見たが音の原因になるものは発見できなかった。それもそのはず、音の正体――セイレーン――は上空にいたのだから。
セイレーンは真琴の頭上で羽ばたいていた。獲物を見定めたセイレーンは上空を滑空し、真琴の脳天目指して突き進んでいく。
「キィー」
「――なっ!」
セイレーンの叫び声を聞いた真琴は空を見上げ、異形の存在を確認する。目が血走り、明らかに敵意を持って突進してきたセイレーンを、真琴はすぐに横に倒れこんで回避した。
セイレーンは砂場に直撃し、その影響で砂埃が舞い上がる。
いきなりのアクシデントに対応できなかった未来は、砂を吸い込んでしまったのか酷く咳をしていた。
「ケホッ……何があったの?」
「分からない。何かが俺の上から襲い掛かって来て……」
真琴は穴の開いた砂場を注意深く観察する。
すると、穴から砂が舞い上がって、中からセイレーンが飛び出してきたのだ。
未来はお化け屋敷にでもいるかのような錯覚に捉われた。もしかして自分は夢を見ているのだろうか。
そんなはずはないと否定しつつも、目の前の異形な存在を受けいられずにいる。
「え!? 何この化け物!」
「新たなTSFの能力なのか……?」
「未来、下がって」
奏が未来を後ろに下がらせて、変身を開始する。すると、奏の姿は男性のものへと変わり、水着は奏の一瞬の判断により学生服へと変化した。
近くにあった流れ着いた枝を拾い上げて真剣を作り出す。
それを構えてセイレーンを睨みつけた奏だったが、何故かセイレーンの顔に見覚えがあることに気が付いた。
「……? あなた、どこかで見た?」
「奏ちゃん、あの化け物と知り合いなの?」
「私だってあんなの知らないよ。だけど、顔に見覚えがあるの」
「諌見たちは凛音と一緒に逃がした。他には誰もいないし、俺たちで存分に戦えるぞ」
いつの間にかいなくなっていた真琴が再び現れる。奏は横目で真琴を見て、ゆっくりと頷いた。
「行くよ、化け物……」
奏は剣を力強く握りしめ、セイレーンに向かって走っていく。セイレーンの方はすでに空中へと飛翔しているため、向かってくる来るはずのない奏を嘲笑っていた。それを冷ややかな目で見つめながら、真琴は奏の足元に手をかざし始めた。
「そのまま行け、奏!」
「真琴ちゃん、その技は!」
「未来、俺はもうヘンにならない。絶対に」
真琴は奏が地面を踏みしめたタイミングで能力を発動させた。彼女の足元と地面の反発を転換させたのだ。
奏は膝をかがめることなく跳躍し、空高く舞い上がる。その距離は九階建てビルに達するセイレーンの位置まで軽く届いた。
「キィ!?」
「せええええい!」
奏はセイレーンの片翼に剣を振り下ろし、翼を切断させた。
セイレーンはバランスを失って体を回転させながら海へと落ちていく。
奏はそのまま地面へと落ち、真琴によって受け止められた。
「ありがと、真琴くん」
「礼には及ばないさ」
奏を地面に立ち上がらせて、三人はセイレーンが落ちた海をジッと見ていた。
未来が自分の発言を確認するように言葉を紡ぐ。
「倒したのかな?」
「ああ……多分な」
奏は二人の会話に参加せず、深い考え事をしている。顎に手を当てながら、唸り声を上げて自分の脳内の引き出しを片っ端から開けていく。中には鍵が紛失したものもあって棚を引き出すことができないものもあったが、幸いにも開けられる引き出しの中に、奏の欲していた記憶は存在した。
「――そうだ。あの顔、野球部のマネージャーだ」
「……? 誰だっけ、その人」
真琴は完全に忘れていた人物。未来はしっかりと覚えていたようで真琴にイタズラっ子のような笑みをした。
「忘れたの? 真琴ちゃんが奏ちゃんのコスプレをするきっかけになった人だよ。んでもって、男の子の奏ちゃんに惚れてるの」
「……あ」
真琴の中で嫌な記憶が込み上げてきた。女装――と言うには語弊があるかもしれないが――をして高校へと向かい、奏の代わりにテストを受ける。男の子としての尊厳がある真琴にとってはこの上ない屈辱だったあの事件。
「偶然じゃないの奏ちゃん?」
「……だと、いいけど」
何か心の中で引っかかるようで、奏は難しい顔を崩さない。
「また、平和が壊れちゃうのかな……」
「させない。俺が、いや、俺たちが」
奏の不安げな台詞に対して、真琴は自分を鼓舞するかのように新たな決意を言葉にした。




