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TS☆ふぁなてぃっく!  作者: 烏丸
第四章
121/156

海に行こう!

 雲が一つもなく、目を凝らせばその上の宇宙まで見えそうな澄んだ青空が地平線の彼方まで広がっている。

 燦々と照りつける太陽は地面と人を熱し、渇きを与える。当然、人が水を欲する温度で照りつけているということは、砂の地面はまさに野菜を投入しようとせん鍋の中と等しい。人々はその熱さに耐えるために、ビニールシートを用意して地面の熱から逃げているのだ。

 砂の地面を目で辿っていくと、透明な水との交差点がある。そこから先は全て水の支配する空間へと変わる。渇きを潤すためにその液体を呑めば、さらに渇きが加速するほど塩分の強い水だった。

 しかし、避暑をするには水に浸かるだけでも十分かもしれない。その証拠に、数人の少女がその水に体を沈み込ませながらはしゃいでいたのだ。

 彼女らは空気が中に詰まったビニールボールを打ち上げて、他の人にパスをして落とした人の負けというシンプルなルールを考えて熱さを忘れている。




 つまり、今までのことを端的に言うと、真琴たちは海岸の砂浜で遊んでいた。

 真琴は熱さにやられて日傘とビニールシートの下で座り込んで体を休めている。主に未来の願いたって、真琴は女の子の姿に転換している。つまり、彼……いや、彼女の着ている水着は女の子のものとなる。途中で真琴が嫌になって、男の子の姿に戻っても水着は元に戻らない。これは最初から女の子用の水着を装着しているからだ。未来の策略に嵌った、真琴の不甲斐なさだった。

 真琴は、眼下にある貧相な胸のふくらみを見ながら大きくため息をついた。

 健康的な体なのはいいのだが、もう少し大きくても良かったんじゃないのか?

 運のなさに真琴はただただ落ち込むことしかできない。

 そして、自分がここまで熱に弱いとは真琴自身も思いもしなかった。最初は調子に乗って遊んでいたが、すぐに足元がふらつき海に倒れこんでしまった。

 その結果、真琴はビニールシートの上で休憩を取っているということになる。


「俺ってこんなに弱かったか……?」


 本来の男の子の姿だとここまで熱に弱いとは思わなかった。転換したことによる弊害なのだろうか。

 真琴は女の子の時に一度だけコーヒーを飲んだ際に、いつもよりも苦味が増していたことを思い出していた。

 あの時も女の子という理由だったから……。つまり、今のぼせているのも……。

 かと言って、このままこの転換を解くわけにはいかない。真琴が着ている水着は本物の女の子用で、解除した瞬間に警察のお世話になることは自明の理である。


「まあ、たまにはいいか」


 その程度の苦など、今までに体験してきたシリアスより軽い。それよりも、やっと培うことのできた平和を享受する方が、真琴にとって意味のあることだった。


「そういや、最初は誰が言ったんだったっけか……」


 真琴は、何故海に行くことが決まったのかを思い返し始めた。

 それが終わるころには、自分の体力も回復し、再び太陽の元へ歩けるようになると思ったからだった。

「確か……」と真琴は思い出す。あれは未来と奏の三人で帰っていた時のことだったか。

 未来のいつも通りのテンションに奏と真琴がツッコミを入れて帰っていた変わらない時間。その中で、未来が突如ひらめいたのだった。


「そうだ。海に行こうよ! みんなでさ!」


「海……?」


 奏はまた突拍子もないことを言う未来に向けて頭を傾けて疑問を呈している。

 その表情を何かの訴えだと悟ったのか、未来はハッとなって奏の手を握って悲しそうな表情をした。


「ごめんね奏ちゃん。私、そんなことも知らずに言ってしまって……」


「え……え?」


「あのね奏ちゃん。海っていうのはね、簡単に言うと凄くしょっぱい水みたいなもので――」


「アホーッ!」


「ウギャ!」


 奏は未来の手を振り解いて彼女の頭を叩いた。

 しゃがみ込んで頭を押さえる未来に、奏は呆れつつも大声を出して彼女に怒った。


「海くらい私にも分かるわ!」


「うううああ痛あああい……。まったく、紛らわしい表情見せないでよね、奏ちゃん」


「私が言いたかったことはねぇ、どうしてこのタイミングで海に行こうって発想になったのかってこと!」


「いやあ、みんな記憶が戻ったし、真琴ちゃんも治ったし今のところハッピーエンドまっしぐらってところじゃん」


「俺たちをどっかの主人公みたいに言うなよ」


「だから、せっかくみんな辛い思いをしたんだし、楽しい思い出も作りたいなーって思って」


 テヘヘっと恥ずかしがりながら未来は頭をかいている。ふざけたことならいくらでも口にできるが、本心をみんなの目の前で言うのは誰にでも抵抗があるのかもしれない。未来もその一人だった。

 未来の真意を聞いて、奏は彼女に対して頷いた。


「……いいと思う。私も未来や真琴くんと楽しい思い出作りたい」


 真琴も彼女たちと頷づきあいたかった。しかし、未来が提案した場所が場所だけに、中々はいとは言えない。


「ちょっと待て。海だろ? そんでもって、俺一人だけ男じゃねーか。俺は仲間外れか?」


「仲間外れじゃないよ。真琴ちゃんには秘密の能力があるじゃないの。女体化っていうね」


「考えたくない。その方法は考えたくなかった……!」


「大丈夫だよ真琴くん。何とかなるよ多分」


「奏。キミ、早く海に行こうと思って適当なことを言ってないかい?」


「えー? そんなことないよー全然ー」


 側だけ取り繕って見せる奏だが、他の二人からすればバレバレに等しい。

 自分一人が拒否して寂しい雰囲気になるのも嫌だ。そう考えた真琴は仕方なく未来の意見に同意することにしたのだった。

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