戦いの後
「真琴くん、元に戻ったんだね」
「奏、お前こそな」
奏は元に戻った真琴の様子を見て思わず笑顔がこぼれた。そして、同時に彼に対する愛情も蘇った。真琴に対して、奏は顔を赤らめながら微笑みかけた。思いを入れ替えられたせいで好きという感情を忘れてしまった自分が恥ずかしいのだろうか。
「良かった。私、真琴くんがずっとあんな状態だったらどうしようかなって思ってた」
「ごめんな奏。俺を一生懸命戻そうとしてくれて……」
「ううん。全然苦じゃないよ。真琴くんが戻ってくれた。それだけで私は満足だから」
「そっか」
お互いにいい雰囲気になっている傍らで、未来と明日香と諌見が会話していた。未来は明日香の手を握って涙目になっている。
「うう……ごめんね明日香ちゃん! 私、あなたの能力をど忘れしちゃって……」
「いいんだよみら姉」
「まあ、未来先輩の知識のおかげで勝てたと言っても過言じゃないかもね」
「ん? どういうこと?」
「未来先輩から奪った知識で、八戸都は私たちと戦った。だけど、自分で身につけた知識じゃなかったから、新たな発想は出来なかったってことだね」
「うーん……なんか、私の知識がバカにされているような複雑な気持ち」
「え!? そんなことないよみら姉! みら姉のおかげで勝てたんだよ!」
「あ、ありがとう明日香ちゃん」
諌見の分析に少しだけふてくされた未来を、明日香が必死にフォローする。明日香は完全に未来が助けてくれたと思っているだろう。
明日香の純粋な気持ちに未来は何も言えなくなっている。彼女に失礼だと思い、未来は不満な表情を止めた。
奏と二人で未来の様子眺めていた真琴は、彼女を含む三人が楽しく会話しているところを見て未来の記憶も戻ったことを確信した。
これで、全てが元通りになった。真琴は空を仰いで大きく深呼吸をした。
「あの……奏ちゃん? 真琴って人は何をやってるです?」
「ああ、凛音ちゃんも治ったんだね」
「……え?」
聞き慣れない人物の名前を口にした奏を見て、真琴は奏と会話をしている小学生並みの身長の少女を目撃した。
「あれ? 君……諌見の友達か?」
「……私は小学生なんかじゃないです。ちゃんとした高校生ですっ!」
逆上した凛音に叩かれる真琴は、彼女のことを必死に思い出していた。
ああ、そうか。俺がヘンになってた時に会ってたな。こんな身なりでも高校生なんだった。
とりあえず謝ろうと思い、真琴は深く頭を下げる。
真琴のいきなりの行動に凛音はびっくりしている。
「悪かった。ごめん」
「わ、分かってくれるならいいです。許すです」
「でもさ、小学生みたいなところが凛音ちゃんの魅力みたいで可愛いよねー」
「か、奏ちゃん! 酷いです!」
奏に可愛いと言われてまんざらでもないが、唯一『小学生』という単語だけが凛音の心に引っかかる。しかし、奏の嬉しそうな表情を見ていたら、凛音は強く否定することもできないでいる。
これでやっと平和を取り戻せたと思い、今までの苦しい記憶を思い返しながら真琴は大きなため息をついたのだった。
放課後も過ぎて夜になった。真琴たちは八戸都の存在を失念し、壁に張り付いたままの八戸都を置き去りに先に帰ってしまった。
八戸都は未だに壁と一体になっているが、突然うめき声を上げた。
「うう……痛いですねぇ」
彼女は壁から這い出ようとしたが、自分を倒した原因にもなった壁を憎く感じた。
「……フンッ!!」
彼女が気合を入れて声を出すと、彼女の周りの壁が粉々に砕け散って破壊された。
ポロポロと壁だったものが降り注ぎながらも、八戸都はゆっくりと歩みだしている。
「一番不安だった明日香もまあまあ戦えたってところですか。でも、あんな仲良しこよしじゃあ最後のTSFは決まらない。となれば……」
八戸都の脳内に一人の人物が思い浮かぶ。その人物は凛音だった。
八戸都はもう一つの能力で、凛音の素質を見極めていたのだ。奏たちと親しそうに話していた姿を思い出し、八戸都はほくそ笑む。
「凛音を目覚めさせ、未来を消滅させる。これしか、この世界を救う方法はありませんね」
八戸都が歩き出そうとした時、彼女の目の前に二人の女子生徒が現れた。二人とも虚ろな目をして、八戸都をボーッと見つめている。その内の一人が口を開いた。
「和島様の遺言で、あなた様の補佐をするよう言い伝えられました。なんなりとご命令を」
「和島くんの財産……ってところですか。いいでしょう。あなた方は目覚めてもらいます。前世の姿に」
「はい……」
「でも、目覚めさせるのは私ではありません。私より相応しい人物がいますから。この世界に生まれし勇者が……ね」




