目覚めろ! 真琴くん!
「アグゥ!!」
明日香は重力の抵抗によって鞭から手を離せなかったため、鞭と一緒に地面に叩きつけられてしまった。脳が揺れる感覚に酔いながら、喉元からこみ上げてくる胃液を必死に堪える。
八戸都は明日香の鞭を奪い取り、後ろへと投げ飛ばしてしまった。
「まずはあなたから始末してあげます」
「僕は……僕は!」
「――っ!」
「真琴先輩!」
その瞬間、真琴の眼差しが光った。即座に茂みから出て行って、明日香の元へと走る。
八戸都はすでに剣を空高く上げて、振り下ろそうとしていた。
「これで終わりですね」
八戸都は勝ち誇った笑みを浮かべて、剣を振り下ろした。諌見は目を背けてしまう。
だが、いつまで経っても諌見の耳に剣が肉を斬る音がなかった。慎重に頭を動かして明日香を見た諌見は思わず叫んでしまった。
「ま……真琴先輩!!」
「まこ兄……」
明日香の目の前に、フィールドを張って剣を無効化させた真琴がしゃがんでいた。真琴は八戸都を睨みつけている。そして、自分を自笑するかのように独り言を呟いた。
「俺はなに今までバカなことをやってたんだ」
「元に戻ったの?」
「ああ。ごめんな明日香。辛かっただろ?」
「ううん。もう大丈夫」
「真琴先輩、おかしくなった原因は……」
「能力の反動だろうな。未来を生き返らせるために発動した能力の副作用で俺の性格を転換させてしまった。そんなところだろう」
昨日とは変わった雰囲気に八戸都は少しだけ警戒心を強めた。単なる平和ボケとは違う。この男は一体何者なんだ?
八戸都が奪った知識から真琴の能力を考え、そして納得した。
「なるほど。転換の能力者だったんですね」
「そいつも未来の知識を使ってんだろ? 返してもらうぞ。未来と奏を!」
「ほー? どうやって私を倒すんですかね?」
真琴は絶対変換領域を発動させたまま明日香を抱きかかえ、八戸都から距離を取る。明日香を立たせて、今までの頑張りの労いにと彼女の頭を撫でた。久々の行為に、明日香の目も思わず細くなる。
しかし、その安息の時間はすぐに終わりを告げた。真琴は早々に手を離して作戦を明日香に伝えた。
「いいか明日香。お前が八戸都を倒すんだ」
「え? まこ兄が倒してくれるんじゃないの?」
「俺じゃああいつを倒せない。能力を転換させて無効化にはできるけど、決定打がないんだ。諌見に倒してもらおうとしても、いつ隙ができるか分からない」
「分かった。僕頑張るよまこ兄!!」
「よし、その粋だ。俺と一緒に走ってくれ。八戸都の近くまでは俺の能力で無効化させる」
「うん!」
真琴と明日香が一緒に八戸都へと向かっていく。八戸都はもちろん二人を始末したいが、未来から奪った知識が邪魔をする。その知識が、対抗策はないと囁いている。
「そ、そんなはずがないわ! 何か、何かあるはず!!」
「所詮人から奪った知識なんだろ!? 経験も何も無しに側だけ見繕ったからこうなるんだ!!」
「く……クソッ!!」
八戸都は逃げようと真琴たちに背中を向ける。だがその瞬間、八戸都の目の前に剣が現れた。自由自在に動いている剣が八戸都の逃げ道を塞ぐ。
「ま、まさか――いない!?」
八戸都は先ほどから草陰に隠れていた諌見の方を向いたが、諌見はすでに姿を消していた。姿が捉えられないのなら能力も無意味になってしまう。
ヤケクソになった八戸都は持っていた剣を真琴たちに向かって投げ飛ばす。剣は真琴の領域に侵入した瞬間、木刀となって地面に落ちるだけだった。
「明日香! そのまま走れ!」
「うん!」
真琴は立ち止まって、領域の範囲を明日香へと向ける。明日香は新たな鞭を出したが、鞭はすぐに鉄の鎖へと変化する。その鉄の鎖を、明日香は八戸都へと巻きつけた。
「いつの間にそんな鎖を!」
「まこ兄のおかげだよ。さあ、これで終わりだ!!」
明日香は八戸都が巻き付かれた鎖を精一杯引いて、回転させる。すると、八戸都は宙に浮き始めて鎖と一緒に回り始めた。
その場でぐるぐると回転する明日香は、目が回りながら投げ飛ばす場所を見定める。
「あの壁……うん、そうしよう」
「や……やめ――」
「さっきのお返し! いっけえぇぇぇ!!」
八戸都が壁と同じ軸に重なった時、諌見は手を離した。勢い良く八戸都が投げ飛ばされ、壁に激突する。壁は八戸都状の形のくぼみを生み出し、八戸都は壁に嵌まりながら気絶をしている。
「勝ったの……?」
勝利者を称えるように、八戸都の体から光が漏れて明日香の元へと向かってくる。
敵だと思った明日香は光に対して身構えたが、真琴が彼女を安心させるように言葉を紡いだ。
「大丈夫だ。それはきっと八戸都の持ってた能力の光。それを取って、もう八戸都に能力を使わせないようにするんだ」
「そっか……分かったよまこ兄」
真琴の言葉で明日香は光に歩み寄る。新たなご主人様を見つけた光は明日香の中に吸い込まれていった。




