恐怖? 部分入れ替わりの能力
奏は先ほど立てた作戦のことなど忘れて、我先にと敵に向かっていった。作戦が台無しになってしまっているのだが、これが本末転倒というものだろうか。奏がまだ高校生であるが故の過ちなのだろうか。
とにかく、奏は剣を振りかざして走っている。その必死さに、八戸都は思わず彼女に向かってほくそ笑んだ。八戸都は自分の腕と奏の腕に右と左手をかざす。
「あ……! 奏ちゃん気を付けて! 八戸都が能力を使ってる!」
「うおおおお! ……? です!」
奏は一瞬だけ足と腕に違和感を覚えたが、その感覚はすぐに忘れ去った。奏が振り下ろした剣が八戸都に襲い掛かる。……が、八戸都は即座に後ろへ飛びのき、攻撃を回避した。
「う、嘘です!?」
闘い慣れしていると言えるような軽い身のこなしに、奏も驚いている。奏の見方だと、八戸都は運動するようなタイプではないのだ。華奢な体に可憐な姿。どう考えても、いくら食べても太らないような女の子だと思っていた。
「ふふふ。奏さん、あなたもヘンじゃなくて?」
「く……腕に力が……です」
そして、奏自身も変な感覚に捉われた。腕の振り方がいつもより遅いように思えたのだ。しかも、力が弱くなったのか地面に剣がついた時、奏の腕が痺れてしまった。そして、妙に重く感じる剣。明らかに奏の腕は弱体化していた。
八戸都は奏の目の前に接近し、それから足を上げて彼女の腹部に向けて蹴りを入れた。
普段の奏ならば確実に避けられただろう蹴りも、何故か足が上手く動かせずに深く入ってしまった。
「ぁ……が……」
「これが私の能力です。あなたの手足の運動神経を入替させてもらいましたよ」
奏は地面を擦りながら全身を打ちつけてしまう。
恐ろしい能力だわ。対象に手をかざすだけで能力が使用できるなんて……。
未来は八戸都の恐ろしさに思わず身を震えさせた。だが、恐怖するだけでは彼女に勝てない。何とかして突破口を見つけなくては。
そう思った未来に、一筋の光明が見えた。真琴の存在だ。彼の絶対変換領域なら何とかなるかもしれない。
もし、八戸都の能力がベクトルで表されるなら、真琴の変換領域で反転できるため、彼女の能力は無意味と化すはず。
「真琴ちゃん。お願い! 元に戻って!! あなただけが頼りなの!」
「頼ってくれるとは嬉しいなあ。さあ、何でもお願いを言ってごらん。俺がかなえてあげよう」
「それはね――……あ、あれ? 何だったっけ?」
「ふーん。こういう事を考えていたんですか。確かに、その方法だと私の能力を無効化できるかもしれないですね」
八戸都は、自分の頭と未来の頭に手をかざしてうんうんと頷いていた。その行為だけで、奏は自分がされたことを未来にもさせてしまったことを確信した。
「八戸都! 未来の何を入れ替えたんです!?」
「彼女の知識ですよ。どうやら放大な量の知識だったんですね。とても有効に活用できそうですよ」
「そんな! みら姉! 僕の能力が何だか覚えてる?」
「明日香ちゃんの能力? ……ア、アハハ。ごめん。忘れちゃった。おっかしいなー、私だったら完璧に覚えてるはずなんだけど……」
未来は腕を組んで必死に考えている。しかし、入れ替えられてしまった知識は全て八戸都の脳内に収まっているので、思い出すはずもなかった。
八戸都は奏をさらに弱体化させるために、凛音と奏に手をかざした。
奏は何かが吸い取られる感覚があったが、それがなんであるか分からない。しかし、奏の中で何かが変わった自覚はあった。
「奏さん、あなたの戦いの動力源となりそうな感情も入替させてあげました」
「感情……? 一体何のことです」
「時に奏さん。あちらにいる男性のことを何と思ってますか?」
「男性です……?」
奏は八戸都が指差した真琴をジッと見つめた。彼が何をしたというのだろう。単なる友人という感想しか奏は出てこなかった。それ以上の感情は持ち合わせていないとでも言うように、奏は言葉を吐き捨てた。
「真琴くんがどうしたんです!」
「いえ、別にいいんです。私があの人を好きになっても困らないということですよね?」
「それが何だってんです! 私には関係のないことです!」
「それは困るわ! 私が大好きなんだから!!」
八戸都の思惑通り、奏の感情は凛音に移っていた。凛音は何故かこみあげてくる感情に顔を赤らめながら、真琴にぴったりとくっついていた。
真琴は何をするわけでもなく、ただただ笑っている。
未来は奏の様子のおかしさに、今更ながら不審の眼を向けている。それもそのはず、彼女の知識は八戸都に奪われてしまっているのだから。
「おかしくない奏ちゃん? なんであんな口調になってるの? あと、真琴ちゃんのことはどうでもよくなったの?」
「みら姉、あれが八戸都って人の能力なんだよ」
「へー、そうなんだ。ごめんね明日香ちゃん。私、本当にそういう知識が抜け落ちてて……」
奏が弱くなり、未来は知識が消失してしまった。残っている戦える者は明日香しかいなかった。
……僕が頑張るしかない! 見ててみんな!
明日香は未来から離れて、奏の前に立って四人を守るように、八戸都に立ちはだかったのだった。




