何かがおかしい真琴くん
奏は夜中に一人で帰路についていた。その理由はただ一つ。彼女は剣道部という部活に入っていたからだ。いつも通りの道を使っている奏。
この道は人の行き交いもなく、大きな建物もないため女性が一人で歩いていい場所ではなかった。それでも歩いているのは奏には不思議な能力があったからだった。
奏はまたしても真琴たちと帰ることができなかった自分を悔み、ため息をついた。
「ハァ……結局また私は一人か……」
この前も同じようなことを言ったかもしれないと思った奏だったが、この嫉妬は精神で制御できる問題ではない。この間の催眠術事件で自分は何もできず、未来に任せっきりだったことが、奏の焦燥感を強めていた。
そして、前よりもこの道に対して恐怖を感じていた。この間の事件で自分の頼りなさを痛感したため、出来るだけ能力者たちと帰りたかった。だが、それは部活が許さない。
「でも、せっかくお母さんが応援してくれた部活を辞めるわけにもいかないし……しょうがないかな」
奏は中に竹刀がある細長いリュックを持ち直して家へと続く道を歩く。この前の一件以来、奏は夜道を歩く時は特に周りを気にするようになった。
怪しい人物がいれば警戒心を強めてすぐに能力を使用できる状態にする。
「誰か一人でも一緒に帰ってくれたらな……。って、一人だと独り言が多くなっちゃうね」
苦笑してから、奏は一応念の為に周りを見渡した。どうやら、奏の周りには人はいなく、彼女の恥ずかしい独り言は聞かれなかったようだ。
「だ、誰もいなくて良かった。特に未来なんかに聞かれたら絶対にバカにされてた……」
奏はホッと胸を撫で下ろして安心した。それからもずっと家に向かって歩いていた奏だったが、ふと立ち止まった。
「……誰?」
奥に人影が見える。その影は動かずその場に佇んでいる。夜中であるからその影が誰であるかは分からない。しかし、用心に越したことはない。奏は緊張感を強めて強い足取りに変えていった。
影は奏が近づいても動じなく、とうとう奏と数歩にまで迫った。その時点で、奏はその人影が誰か見分けがついた。
「え……ま、真琴くん……?」
「やあ奏。数時間だね。俺と会えない日々は寂しかったかい?」
確かにその影は真琴だった。奏が見間違うはずがない。だが、奏は疑問に思った。何故、彼がこんな場所に、こんな時間にここにいるのか。
真琴の表情は穏やかで、操られているというわけでもなさそうだった。奏は更に頭にハテナを浮かべた。
「どうしたの真琴くん。私に何か用事あった?」
「……ああ。今まですまなかった」
「すまなかったって何が――」
その瞬間、奏は真琴に抱きしめられていた。
「……え?」
「付き合おう」
「え……えええええ!?」
顔を真っ赤にさせて何が何だか分からなくなってきている奏。真琴から離れようとするが、真琴の抱きつきはとても強かった。それでも奏は無理矢理に真琴から離れて深呼吸を繰り返していた。
「な……何を言ってるの真琴くん!? き、気持ちは嬉しいんだけど早すぎない!? なんか色々すっ飛ばしてる気がするよ!」
もしかすると――。
「どうしたんだい? 奏」
奏はハッとして真琴の表情を観察する。彼の表情は涼しげで、操られている印象は皆無だ。ただ、何かがおかしい。妙な気持ち悪さが、告白されてもあまり嬉しくない感情を引き出していた。
奏に拒絶されてもめげない真琴はまた奏に近づいてくる。奏は一定の距離を保つために後ろへと下がる。その結果、二人の距離は縮むことも伸びることもなかった。
その体勢のまま、真琴は涼しげな顔を崩さずに奏に語りかけてくる。
「俺は決めたんだよ。君しか、俺の辛さを癒してくれるパートナーはいないんだ」
「何か変だよ真琴くん! セリフが一々ゾワッとくる!」
「俺はいつも通りさ。君の知ってる真琴が……ここにいるんだよ」
「いやいやいやいや!」
いつから真琴くんのキャラは変わったの!?
奏は頭をフル回転して考えるが、まったく分からない。
目の前にいるのは真琴? 本当に真琴くん? もしかして、真琴くんの皮を被った別人だったりする!?
そう思った奏は足を止めて剣を召喚させた。皮の能力者を打ち破った時と同じ、皮のみを切断することができる剣だった。
奏は両手に持って、真琴の脳天目掛けて勢い良く振った。
真琴は避けずに剣を脳天で受け止めた。それでも、彼は涼しい表情を止めない。それはまさに優男だった。
奏は目が点になって思考を停止させた。
剣が真琴から離れていき、真琴の額の真ん中には剣がぶつかった痕が赤くくっきりと残っていた。
「痛いじゃないか。少しは手加減してくれると……俺は嬉しいかな」
「……どうしてこうなったの」
奏は真琴の輝く笑顔を見ながら、ショックで気を失ってしまった。地面に倒れる瞬間に真琴が彼女を抱きしめて支えた。
「おっと。ハハッ、困ったお嬢さんだ。俺が送ってやらないとな」
そう言って、真琴は奏を家へとお持ち帰り――もとい、送っていった。




