決別
和島が自ら死を選んだ後の処理で、真琴たちはまたしても病院のお世話になった。血だらけになっている真琴と未来が一番心配されたが二人とも怪我はないことから、病院の判断は和島の返り血だという結論に至った。
当の和島は自殺と断定された。真琴が貫いた心臓は、常識では考えられないため不可解な傷跡として疑問が上がったが、警察はその事実を黙認した。
傷がなかったため真琴は病院を早々に退院することができた。彼は未来たちと別れた後は家へと帰らず、ある場所へと向かっていた。
いくつも墓が立ち並んでいる霊園の中で、真琴の足取りは強く確かなものだった。前回来た時は奏と一緒だった。その時は手を合わせるだけで逃げていた自分。真琴はもう逃げない。
悠太の名が刻まれた墓の前に立った真琴は、墓を見下ろした。ここに眠っているのは悠太ではなく、明日香だ。遂に、真琴は正面から向き合う姿勢を見せる。
「明日香。お前とは、ずっと一緒だったよな。小さい時から……高校まで。俺は、お前とはずっと親友でいたかった。お前が告白した時だって、断れば親友でいられたと思ったから……好きな人がいたってのは照れなのかもしれない……」
見下ろしている姿が失礼だと思ったのか、真琴はしゃがんで墓前の名前をまっすぐと見つめた。
「俺は……お前が悠太君と入れ替わったのがずっと俺のせいだと思ってた。俺が告白を断ったばかりに、自分の命を顧みることを止めて悠太君の命を繋いだと思ってた。だけど……違うんだよな?」
『私の想いは届かなかったけど、真琴の信じる明日が幸せなら、それで満足』
明日香の姿になっている悠太から真琴が聞いた、明日香の遺言。真琴はその意味を真に理解する。
「催眠術に掛かった時、俺は過去をやり直せるのならと思って自分を捨てた。けど……過去はもう戻らないってことも知った。だから……俺は……」
これから明日香に伝える言葉は、真琴は失礼だと思っていた。ずっと、この墓地に来るまでも苦しんで考えながら、言おうかどうか悩みながら真剣に悩んでいた。だが、真琴は言葉にすることを決めた。未来に生きるために……。
「こんなこと言ったら、お前は怒るかもしれないな。明日香、俺は……過去を振り返らない。恋を見つけて成就させる」
墓前に誰もいないのに、真琴は誰かが立って聞いているような気がした。
「……ごめん明日香。やっぱり、今日までずっと考えてたけどお前とは『好き』って感情じゃないんだ。これは俺のエゴだと思う。多分、明日香は許さないだろう。俺を呪い殺すなら覚悟はできてる。すぐに殺して、お前と一緒に逝こう」
数分待っている間に自分の死を覚悟したが、何も起こらなかった。
「でも、これだけは誓う。俺は絶対にその人を幸せにする。明日香の分まで、守りぬくから……」
だから……許してくれ。お前の感情に気付かなかった……親友だと思いたかった自己中心的な俺を許してくれ。
次第に雲行きが怪しくなり、小粒な雨が降り注ぐ。これは明日香の涙なのだろうか。
そんな都合のいいことを思ってしまう真琴は、自分に対して苦笑した。
こんな墓前に来て、何になると言うのだろう。自己満足と言えばそれまでなのだ。自分の自責の念をここで吐いても、誰も何も聞いてはくれない。明日香の心は二度と帰ってこないことは真琴が一番良く知っているにも関わらず……。
――うん。私は大丈夫だから……もう、私の幻影に迷わないで。
「……え?」
自分以外の声が聞こえたような気がして、真琴は他に人がいるのかどうか、周りを見渡した。三度周りを見た真琴だったが、この時間帯では他の人は存在せず、真琴だけが佇んでいただけだった。
一瞬だけ聞こえた声。それは真琴の一番聞きたい声色で、一番聞きたい内容だった。
「きっと……許されたいと思った俺の空耳、か。そんなんで許された気になって、俺は最低かも……な」
どちらにしても、真琴はもう過去を振り返らない。未来を見つめて生きることを固く誓った。真琴は前に進む。
真琴は最後に墓前で手を合わせると、体を翻して悠太の墓から遠ざかっていく。
――幸せにね、真琴。
空耳だと断言していた真琴の耳にはもう、その声は聞こえることはなかった。




