望まざる呪い
奏はふうっと一息ついて、それから未来に向かって深いお辞儀をした。
未来は何故彼女がそんな行為をするのか疑問だったが、それはすぐに解決することになる。
「ごめん。記憶を失ってたとは言え、友達を傷つけるなんて……」
「あ……ああ! なーんだ、そんなことか!」
「そんなことって、あのねぇ……」
「気にしない気にしない! 不可抗力ってことで許したげるよ!」
「……こんな時の未来の前向きさは見習いたいわね」
顔を上げて未来に感謝する奏だったが、すぐにその表情は暗いものとなった。
奏は真琴を見て、彼……いや彼女の180度回転した性格を悲しく思ったからだった。奏は真琴の方に向かい、その悲しげな表情をみせる。
いきなり態度が変わった奏に対して、真琴は未だに怯えている。胸の辺りで両手を握りしめ、肩を小さく丸めた。
「真琴くん……あなたも早く記憶を取り戻そうよ」
「え……な、何を言っているんですか?」
先ほど攻撃したのが悪かったのだろう。真琴はそそくさと明日香の後ろに隠れながら奏の様子を伺っている。
出来れば、この勢いで真琴の記憶も取り戻したいと未来は思っていた。しかし、そうならない理由が、真琴にだけ存在している。未来は真琴が催眠に掛かった経緯を三人に話すことにした。
「真琴ちゃんは難しいと思う。……本物の明日香ちゃんを殺したのが自分だと思い込んでて、その罪に苛まれているの」
「そんな……。あす姉はまこ兄のせいだなんて、全然そんなこと思ってないよ。むしろ、これからのまこ兄を応援してたのに……」
「だけど、真琴ちゃんは自分の性を拒絶した。そして、性格もまったく別のものになることで明日香ちゃんとの衝突を回避する。そうなれば、恋も生まれないし、ケンカしないことで明日香ちゃんの死を回避することもできる」
「それが、私たちがTSF能力を持った時でいう……コンプレックスだったんだ」
「心の奥底に隠してたから恋なんてのも出来てたんだろうけど、悠太君の心が入っている明日香ちゃんの登場でそれが一気に噴出した」
奏は明日香の登場前と後の真琴の雰囲気を思い出した。確かに、前は積極的に自分からアタックしていたのに、明日香が死んだと分かってから距離を置くようになった。そんな気がしていた。
諌見は明日香の後に仲間入りをしたからか、今の話をいまいち理解していなかったが、真琴が辛いことになっているのだけは理解できた。
「つまり、本物の明日香先輩が残した……呪いってこと?」
「それも、望まざる呪い……ってことだね」
未来が言った『望まざる呪い』を胸に秘めながら、奏は真琴の方を見る。目が合わさり、真琴はすぐに目を逸らしてしまう。
真琴くん……本当にそれでいいの? 今まで私たちに言ってたことは、ただの棚上の説教だったの? 私のこと好きだって言ってくれたのは……嘘だったの?
奏の心が締め付けられていく。この現状がいいなら、奏は真琴の意思を尊重したい気持ちも出てくる。しかし、そうなるには遅すぎた。奏の真琴に対する感情がそれを許さない。
奏の俯いた表情に見るに耐えなかった未来は彼女を元気づけるように肩を叩いた。
「奏ちゃん。まだ何も手段がないってわけじゃないよ。きっと何か方法はあるって」
「……うん。そうだね」
「神野未来! いい夢は見れたかな?」
その時、遠くから未来を呼ぶ声が聞こえた。自分たちとは離れている場所からの声。未来はその声の主が何者なのか理解していた。だから、姿が見えなくとも未来はその人物の名前を口にした。
「……和島」
「え!? どこにいるのみら姉!」
和島はポケットに手を突っ込みながら未来たちの方向へ歩いてきていた。不敵な笑みを浮かべて、まるで敵がいないとでもいうような絶対的な自信。それが和島の体から溢れでている。
姿を視認できた未来は勝ち誇ったように大声で叫んだ。
「真琴ちゃん以外は私が目を覚まさせたわ! あなたの催眠術もその程度なのかしら?」
「フフフ……。何故俺が神野未来、お前の動きを逐次監視しなかったと思う?」
「あなたが単なるバカだから。っていうのは?」
「残念だがハズレだ。答えは、そんなことをしなくても、催眠の掛け直しが容易いからだよ。何故、皮という貴重な能力を持った仲間を使って時間稼ぎをしたと思う?」
「時間稼ぎ……? あれが時間稼ぎだっていうの!?」
たかが時間稼ぎに、自分は精神を見出されていた。奏はその事実に怒りを隠せない。
親の死体を利用し弄んだ。奏はすぐにでも和島に飛びかかりそうだったが、それは諌見に止められた。
「今や、オレの能力はこの市一帯を覆う。つまりだ、ここに居る限り、お前たちの動きは全てオレが掌握したも同然なんだよ」
そこまでの能力を使えるのに、何故自らトドメを刺さないのだろう。そう思った未来は和島を睨みつけながら疑問をぶつけた。
「……待って。その前に聞きたいことがある。TSFの勝者を決めるため、こんなことをしていると思うんだけど……何故あなたは自ら奏ちゃんたちを倒さないの?」
「……フッ、可愛い女の子が目の前で傷つくのは可哀想じゃないか。自分の手は汚したくないのさ。人を殴る感触というのはいつでも嫌なものだからね」
「だが」と前置きをし、和島は能力を発動させた。縄の端で結ばれている三つの鉄球の狙いは未来だった。
「神野未来。お前だけは別だ。お前はオレの計画をとことん狂わせる。お前だけはオレのポリシーを捨ててまで殺す」
未来を守るように彼女の前に立つのは奏と明日香。痛みは引いてきているが、諌見はまだ足の怪我が治らず、その場で動けないでいる。
「みんな……」
「未来は私たちを救ってくれた。だから、今は私たちが未来を守る」
「頑張ろうね、かな姉!」
奏は勢いづいている明日香に向かって、小さく頷いた。




