狙われた真琴と奏への説得
「ハァ。明日香ちゃん、今日も部活かー……」
真琴は一人で道を歩いていた。いつもは明日香と並んで歩くこの道も、一人だと広く感じられる。トボトボ歩いているせいで、真琴は未だに家に辿り着くことがない。それが、不幸の始まりだったのかもしれない。
真琴は明日香と帰れない寂しさでションボリとした顔を見せていた。その表情にこの前までの凛々しい姿は見受けられない。内面まで書き換えられてしまった真琴は、今や一人の女の子として生活していた。
「明日は遊びに誘ってみようかな……? でも、明日香ちゃんに迷惑かからないかな……? 止めといた方がいいかな……?」
自信もすっかり無くなっており、全ては明日香の予定を重視し、自分のことは顧みずに明日香第一で行動してしまっている。自分の意思は、何一つ消え去っていた。
それも自分が明日香を殺してしまった原因を作ってしまった事の贖罪なのだろうか。いや、真琴の『逃げ』なのかもしれない。どちらにしても、今の真琴に自分で考えて行動する気概はない。真琴はため息をつき、誘うのを止めることにした。
「ねえ……あなた、真琴君って言うのかな?」
「え?」
後ろから真琴に声をかけてきた人物、それは奏だった。今の記憶では初対面となる二人が出会ってしまった。
真琴は後ろを振り返って奏を見つめる。利発そうな表情をしている奏に、自分とは全く別のタイプだと真琴は思った。陰が自分だとしたら、彼女は陽だと。
奏は目を細めて笑顔を向けた。怪しさのない明るい笑顔だった。
「私の質問に答えてくれない? あなたは真琴? それとも別人?」
「あの、確かに私は真琴って言いますけど……」
「そっか……。そうなんだ……!」
いきなり、奏は剣を空中から召喚させて手に持った。両手で持ち、その剣先は真琴を狙い定めている。
不可思議な現象に出会った真琴は目を丸くしているが、刃物を向けられてすぐに萎縮した。
「な、何なんですか?」
「今は誰もいない。未来さんもいない。なら、真琴君を殺せる! さあ、さっさと私に能力を渡しなさい!!」
奏は剣を真琴に向かって突き刺した。恐怖に支配されていた真琴だったが、死にたくないその一心が真琴の体を動かした。
剣は真琴から外れて後ろの壁へと激突した。石垣を破壊した剣は、破壊した石垣によって動きを静止させられる。奏の力でも引きぬくことができなくなった。
だが、そんなものは意味が無い。奏はすぐに手放して別の剣を召喚させた。
「ひっ! 剣がまた!」
「たかが剣が一つ使い物にならなくなっても、私には関係のないこと。諦めなさい。あなたの死は決まっている」
「た、助けて明日香ちゃん……!!」
「ここにいない人間に叫んだって無駄よ。……じゃあね、真琴君!!」
奏は真琴の頭上高く剣を振り下ろす。真琴は屈んで頭を手で抑えて小さく縮こまった。
「――させない!」
その時、真琴の体に鞭が巻きつけられ、真琴はその鞭に引き寄せられるように空高く舞い上がった。
「え……キャアアア!!」
鞭が何者かの手によって引かれると、真琴も一緒になって引き寄せられる。鞭の行く先には明日香がいた。明日香は落ちてきた真琴の体をしっかりと抱きしめて、受け止めた。
「間に合ったようだね。真琴」
「あ……明日香ちゃん……!」
「まこ兄……って言ってもダメなんだもんね」
「え……?」
明日香は真琴を立たせて後ろに下がらせると、奏に目線を送った。
奏は雰囲気の変わった明日香に疑問を抱きながらもそれを口にせず、悔しげな表情を見せた。
「あともう少しだったのに。残念だったわ」
「かな姉……。僕じゃ説得にならない。だから、ここはかな姉がよく知ってる存在に任せるよ! みら姉!!」
遅れてやってきた未来。そして未来に背負われている諌見。猫は諌見の手で抱えていた。
「分かった明日香ちゃん!」
明日香は鞭を構えて、諌見の手にある猫に狙いを定めて、鞭を振るった。鞭は猫の胴体に刺さり、それを確認すると、明日香は自分の胸に鞭を刺した。
その光景に奏は驚いた。それもそのはず、自分を攻撃するものだと思っていた明日香は自分にその武器を突き刺したのだ。
「何をしているの!? 気でも狂ったというの!?」
「狂ってない……よ。これが……僕なりの……説得方法……だから」
猫と明日香の心が入れ替わる。心が無くなった影響で一瞬だけ体がよろめいた明日香はすぐに猫の心が入って態勢を立て直す。明日香は先ほどとはまた別の雰囲気を醸し出して奏を見つめた。
自分を見つめる明日香に、奏は奇妙な信頼感があることに気がついた。明日香は敵のはず。なのに、自分を見つめる瞳は何故か暖かい。その意味を、奏は次の言葉で知ることになる。
「……ご主人さま。話はみんなから聞いたにゃ。ご主人さまは操られているんだにゃ?」
「どういうこと明日香? ふざけているの?」
「ふざけてなんかいないにゃ! ご主人さまは覚えてないのかにゃ? 私を助けてくれた時のことを……」
「助けた時のこと……?」
確かに自分の家には飼い猫がいる。愛着が湧き、自分の部屋に隔離して親や兄達に触らせないようにしている。
確か、それは自分が購入して……。
そこで、奏は自分の記憶に穴があることを知った。奏の記憶の中に猫を購入したという記憶がないのだ。
「ご主人さまはいつも話してくれてたじゃにゃいか! 私の命の恩人である真琴さんが大好きで堪らないということを! もしかしてそれも忘れてしまったのかにゃ!?」
好きな人……? 私は男の子を好きになって……ううん違う。私は『真琴くん』が大好きなんだって――って何この記憶!?
自分の中に流れ始めた記憶に奏は戸惑う。その記憶では真琴の名前を持つ人物は男の子で、自分とラブラブになっている姿を想像しているのだ。
猫の説得が効いている。未来は畳み掛けるように諌見にも奏を説得するように言った。もちろん、未来自身も説得に加わるつもりだ。
「奏先輩。私が憑依しようとした時は持ち前の意思の強さで一度は跳ね返したじゃないか。今の奏先輩はあの時と違うの!?」
「そうだよ奏ちゃん! また記憶がないなら、借りてたお金を徴収するよ! この前の倍……ざっと四万円を返してもらうから!」
「……借してた? 私が、あなたに?」
……ふざけるな。また竹刀で叩かれたいの!? って何よこの感情。まるで未来さんと仲良し――って何で未来『さん』なんて敬称つけてんのよ私は。
「まだダメか。じゃあコレならどうだ。……このぺちゃぱい女! 無抵抗の部員を叩きのめした鬼! 悪魔!! 世界の破壊者!! 幽霊が怖い臆病者!」
「あの、未来先輩。それってただの悪口……」
未来の口の悪さにさすがの諌見も説得を止めて奏のフォローに回ってしまう。
奏はふつふつと湧き上がるこの感情に正直になることにした。つまり、記憶の覚醒だった。拳を震わせながら、奏は未来を睨みつけた。
「……未来。アンタねぇ……私が操られてるからって好き放題に言うなぁー!!」
「ひぇ! 奏ちゃんが怒った!!」
未来は飛び上がって奏の怒りに驚く。すでに奏は真剣を竹刀へと変化させて未来に向かって飛びかかってきていた。
バシッと未来の頭を叩く音の後に続けて、奏のため息が聞こえてきた。それは奏の安堵ともとれるため息だった。
「……まったく、未来は本当に想像のつかない方法で説得するのね」
「奏ちゃん。記憶、戻った?」
「うん。ありがとうね、未来」




