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20 その手を取らない理由

 夜が明けた。

 そろそろダンジョンへ向かわねばなるまい。


 目を覚ました青年はパンを適当にちぎって皿に盛る。

 朝食はいつも簡単にしか取らない。


「ご飯だよ、食べる?」

「はい! 頂きます!」


 少女は嬉しそうにパンを頬張った。

 大して美味しい物でもないが、もぐもぐと笑顔で食べている。


 彼女を見ていると、ただのパンでもおいしそうに思えるから不思議だ。


「ザリヅェさんは目を覚ましましたか?」

「いや……」


 夜が明けてもザリヅェは目を覚まさない。


 治癒魔法で回復したとはいえ、あれだけの傷を負ったのだから全快するまでには時間がかかるだろう。

 もう少し休ませた方がいいかもしれない。


「ちょっと心配ですねー」

「大丈夫だと思うよ。

 呼吸も脈も落ち着いてるし」


 傷は塞がっているので、青年はこのまま放っておいても大丈夫だと判断。

 彼が目を覚ました時に喉の渇きが癒せるよう、底の深い皿に水を注いで置いておく。


「やっぱり優しいんですね」

「うん……そうかもしれないね」

「友達も沢山いるんじゃないですか?」

「いや……そうでもないよ」

「本当ですか?」


 少女は意外そうにしている。


 青年には友人と呼べるような関係の人がいない。

 不眠症や鎌鼬はダンジョンの中でよく顔を合わせるが、友達と言うほど仲良くもない。


 仕事をしている時はいつも一人だし、仕事をしていない時もひとり。


 自分の中に眠る勇者の力が誰かを傷つけてしまうのではと思い、できるだけ人と距離を置いているのだ。


「じゃぁ、私が初めての友達になってあげます!」


 そう言って右手を差し出す少女。


 これからダンジョンへ向かうと言うのに、この明るさはなんだ。

 少しも怖がっていないじゃないか。


 彼女の手を取る気にはなれなかった。


 たとえ強力な魔法を扱える彼女でも、自分の身を守れるだけの戦闘技能が備わっているとは思えない。

 ここでなれ合ったら関係がなぁなぁになって、危険な目に合わせてしまうかもしれない。

 ただでさえ緊張感が足りないというのに……。


「いや、遠慮しておくよ」


 青年は顔を反らして言う。


「え? そっ……そうですか。残念です……」


 しょんぼりと眉を垂らす少女。

 少しだけ胸が痛んだ。


「さぁ、行こうか。

 みんな待ってるよ」

「え? あっ、はい」


 少女と共に小屋を出る。


 ザリヅェを殺そうとしたのが誰なのか分からない。

 背後から襲われたようだから、彼も姿を見ていないと思う。


 できればその正体を確かめたいところだが……時間が足りない。


 ギルバードの遺体の回収は最優先事項。

 他のことなど後回しでもいい。


 ダンジョンの深層で何が起こったのか。

 誰がザリヅェを殺そうとしたのか。

 全て明らかにするのは遺体を回収した、その後だ。


「おせぇよ、どこで何してた!」


 ダンジョンの前に集合する一同。

 遅れて来た青年と少女の姿を見つけ、ギルド長が声を荒げる。


「すみません……必要なものを取りに行ってまして」

「へぇ、女連れで、か」


 目を細めてじっと青年を見つめるギルド長。

 思わず顔を反らしてしまった。


「いやその……これは……」

「まぁいい。仕方ねぇよ。

 生きて帰れる保証なんてねぇもんな。

 最後に思いっきり楽しみたい気持ちも分かる。

 仕方ねぇ!」

「だから……違うって……」


 なんとか否定しようとする青年だが、聞き入れてもらえないと分かり、言い訳をするのをやめた。

 不眠症と鎌鼬もニヤニヤしながら青年を見ている。


 やれやれだな。

 頭を抱える青年は、隣にいる少女をちらりと見やる。


「これから大冒険ですね!

 なにが待ち受けてるのかなぁ。

 考えるだけでワクワクします!」


 場違いなテンションの上がり具合に、青年は頭が痛くなった。

 不安しかない。


 よく晴れた青天。

 絶好の仕事日和。


 さぁ……気を取り直して、頑張って働こう。

 そして必ず生きて帰って来よう。

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