第51話「ワルトナちゃんの総仕上げ④」
「そうだねぇ、『拙僧は、ただ、指示された店で昼食を買い、ヤミィールが倒れた後でヨミサソリの死骸を目の前で潰して見せただけ』。そうだろう?モンゼさん」
声変わりしていない少女特有の甲高い声が響く。
それは、ワルトナがモンゼを糾弾する声であり、当事者二人を除き、その場に居た全員がごくりと唾を飲み込む。
……若干一名、クッキーと紅茶を飲み込む音も混じっているが、些細な違いだ。
そして、鋭い剣の切っ先のようにビシィ!と指を突きつけられたモンゼは――あたりをキョロキョロと見渡したり、頭を抱えたりと非常に忙しい。
それはもう、どこからどう見ても犯人にしか見えないが、それでも、モンゼは最後の抵抗をし始めた。
「しょ、証拠はあるのですか!?昼食に毒を混ぜるなど、そんなこと出来ようもありません!!」
「いや、食材はモンゼが管理してるんだからできるだろ」
真正面にいるソクトから脇腹を一突きされ、モンゼはのたうち回る。
もっとも、突き刺されたのは言葉で出来た短剣であり、身体的には無傷だ。
そのかわり、信頼関係に大きな亀裂が走っている。
「食材は……た、確かにそうですが!ヤミサソイの、そう、ヤミサソイの死骸など、どうやって手に入れればいいのですか!?」
「あんたが務めていた教会には、そんな感じの標本がいっぱいあるじゃない」
今度は背後から鈍器で殴られ、モンゼはのたうち回る。
もっとも、叩きつけられたのは言葉での殴打、身体的には無傷――ではすまない。
今回ナキは言葉と共に拳も叩きつけている。
モンゼは二重の痛みに地面を転げまわった。
「見て」
「あ、見ろよリーフ、この危険動物図鑑のページ、破られてるぜ」
「うそ、これって、ヨミサソリのページがある場所よね……」
そして、ブルートが差し出した危険動物図鑑を見たシルストークとエメリーフは驚愕の声を上げた。
子供たちの純粋なジト目がモンゼを突き刺し、容赦なく心を痛めつけてゆく。
「……そういえば、倒れたわたしを教会の治療院に担ぎこんで下さったのも、モンゼさんでした……。そのあと、寝ている私の代わりにお医者様からお話を聞いてくれたのも……」
さらに、ヤミィールも参戦し、周囲一帯が険呑とし始めた。
今にも剣を抜き放ちそうな鋭い雰囲気を当てつけられているモンゼは――
「拙僧はぁ!せせっ拙僧は……!」
「モンゼさん、懺悔するなら罪が軽くなるよー。じゃなきゃ死罪かなー」
「私がやりました!神よぉぉぉぉぉぉぉ!!」
真っ白い髪の悪魔っ子に囁かれ、自白。
涙を流しながら、天に祈りを捧げている。
「そんな……モンゼ、なぜだ……」
「ねぇ、とりあえずボコっとく?」
「ヤミィール姉ちゃんの仇だ!やるぞ!」
「うん!タコ殴りね!」
「手袋が赤くなるまでやろう。そうしよう」
「……今やらねば禍根が残ります……。徹底的にいたしましょう……」
「ワルトナ?よく分かんないけど、殴ればいいの?」
「あー、キミまで参戦すると天に召されそうだから却下で」
複雑な表情でモンゼを見つめるソクトと、コイツが犯人か。という冷めた目で見る5人。
そして、ナキの号令によって、殴る蹴るの暴行が繰り広げられた。
モンゼの身体に纏っていた防御魔法の効果は既に切れている。
ともすれば、身体を鍛えているモンゼであっても、堅い魔導杖や剣の鞘で殴られれば相応に痛いのだ。
やがて、ブチ転がされた連鎖猪と遜色ない程に痛めつけられたモンゼの前に、ワルトナが割って入った。
「さて、お仕置きはこれくらいにしようか」と、物語の収拾を図る。
「モンゼさん、何でこんな事をしたんだい?」
「拙僧は、拙僧はただ……。いえ、申し訳ありませんでした。正直な所、拙僧は自分が間違っていると気が付いておりました」
「話してくれるかい?」
「えぇ、償いはするべきでしょう。拙僧の話を聞いた後、お好きなように裁いてください」
そうして、モンゼの独白が始まった。
周囲を取り囲んでいる人物達の目には、まだ怒りが灯ったままだ。
それでも、モンゼは仲間だという思いが、静かに話を聞く理性を取り戻させた。
「拙僧は教会に在籍する聖職者であり、ソクト達との冒険者もこなすという二足のわらじを履いておりました」
「あぁ、そうだ。そんな事は知っているぞ、モンゼ」
「拙僧としてみれば、どちらかに優劣など付けようがありませんでした。神を信仰し、生活の為に冒険者をする。満たされた生活でした」
「満たされていた?ならばなぜ……」
「知ってしまったのですよ。シスターヤミィールの正体を」
「……なに?」
「シスターヤミィールは……、この街を実効支配し、富むべき住民を無意味に貧困に陥れていました!聞けば、この森の奥には凄まじい程の財が眠っているとか!?それがあれば、子供達が餓える事も、親に殴られる事も無くなると聞きました。教会を訪れた指導聖母・聖典様の導きは、皆が平等に幸せになる為のものだと、お教えに成られたのです!」
……出て来たねぇ、指導聖母の名が。
ワルトナはモンゼの言った『指導聖母・聖典』の名を心に留めながら、さらに話を促した。
「本当は……指導聖母・聖典様はシスターヤミィールを断罪に処すように仰られましたのです。同じ神に仕える者として、悪に染まった者は看過できないと」
「断罪……殺すと言ったのか?そいつは」
「えぇ。ですが……教会長様はそこまでする必要ないだろうと仰られました。少し脅してやれば、聡明な彼女は過ちに気付いて懺悔の道を選ぶだろうとされ、私は指示に従いました」
「それが毒入りの昼食だったってわけか?」
「はい。その毒も、一時的に意識が飛ぶようなものだと聞かされておりました。ヨミサソリの毒を数万倍に薄めたもので、一時的に筋肉が弛緩して動けなくなるが、後遺症は無いと……」
「だが、実際は違った。そうだな?」
「はい。数週間の時間が過ぎ、どんどん病状が悪くなるシスターヤミィールを見て、拙僧もおかしいと気が付きました。当然、教会長に異議を申し立てたのですが……結果はご存じの通り。拙僧は破門されましたよ」
それからモンゼは、ポツリポツリと思い出を語っていった。
新進気鋭な新米冒険者ソクトにパーティーに誘って貰って嬉しかった事。
そのソクトがライバルだと言ってきかないヤミィールという魔導師が、他の冒険者と武功を上げて、ちょっと焦った事。
田舎者で素直じゃないが、魔法の技術が凄いナキがパーティーに入ってくれて、内心ではとても嬉しかった事。
隣町に真頭熊が出現した時、決心覚悟で戦いに挑んで勝利し、皆と喜びを分かち合った事。
そんな他愛もない思い出話をモンゼは語ってゆき、周囲の人物はそれを静かに聞いていた。
「拙僧は、ただ、この街の為になると思って……、貧困にあえぐ子供達を救えると思って……ですが、全て間違っておりました。それに気が付いたのは、ヤミィールが孤児院を開いた時の事です」
「モンゼ……」
「病状が進行し、冒険者を続けられなくなった彼女は、家庭内で虐められていた子供達を引き取りました。持っていた私財を惜しげもなく使って立てた建屋は質素で、噂通りの強欲な人がカモフラージュをする為にしている事だとは到底思えず……」
「あぁ、そうだろうな。ヤミィールはあの建屋を手に入れる為に不動産屋と随分と交渉をしている。外見など度外視。子供達が健やかに育てばそれでいいと言っていたんだ」
「過ちに気が付いた拙僧でしたが、もうどうする事も出来ませんでした。既に教会からは破門され出入り禁止処分。真実を打ちあける事は……拙僧には出来ませんでした」
「……ヤミィールが死ねば、全ては過ぎた事。そう思ったのか?」
「違うッ!……拙僧の、拙僧の心が弱かったのですよ。連鎖猪の角を手に入れ、ヤミィールに活路が開かれた時、拙僧は打ち明けるつもりでいました。今となっては信じて貰えないと思いますが……」
モンゼの独白には、嘘や算段など一切含まれていない。
思った事を、思ったがままに。
こういう素直な一面があるからこそ、モンゼの人生の歯車は狂わされてしまったのだ。
「いいや、信じるさ。だってキミはいつも、私達と一緒に連鎖猪を探してくれたじゃないか。初めて角を手に入れた時にも、一緒に涙を流して喜んでくれた。そうだろう?」
「ソクト……。」
「モンゼ、キミは騙されただけだ。その指導聖母・聖典とやらにな」
それだけ言うと、ソクトはうなだれて座り込んでいるモンゼに手を差し出した。
始めはその手を取る事を躊躇していたモンゼも、何度目かの催促に屈し、恐る恐るその手を握る。
「立てよモンゼ、まずはヤミィールに謝罪するのが道理だろう?」
「えぇ、そうですね……。シスターヤミィール、この度は……誠に申し訳ありませんでした」
ソクトに引っ張り上げられたモンゼは、しっかりと腰を折ってヤミィールに頭を下げた。
それを真正面から受けたヤミィールも「……いえ、わたくしにも落ち度があったのは事実です……」と言葉を返す。
「……私もこの街が好き過ぎるあまり、盲目的になっていたのです。確かに、ハザードアラートの森を利用しないのは利益を独占していると言われても仕方がありません。モンゼさんの謝罪を受け入れます……」
「おぉ……慈愛あふれる聖者よぉぉ」
朗らかに笑顔を返すヤミィールと、涙を流しながら頭を下げ続けるモンゼ。
そんな中、悪辣に笑う少女が一人、ヒタヒタと二人に近寄ってゆく。
「で、シスターヤミィール、モンゼさんをどうするつもりだい?」
「……司法裁判に掛けますが……?」
「……え。」
「あれあれぇ?許すんじゃなかったの?」
「……それは私個人の裁量権の話ですよ。ヤミィールという女性を殺害しようとしたという罪は許しますが、不安定機構に属する暗劇部員を暗殺し、エルダーリヴァーを滅亡させようとした計画の実行者としての罪は残っています」
「え、え、神よ?」
「それじゃ、結局は死罪だよねぇ」
「……そうなるでしょうね。仕方がないことです。この街を守るためですので……」
「あぁ、神よぉ……」
急転直下の結末。
懺悔を行い許されたと思ったモンゼは頭を垂れている……が、取り乱したり騒いだりしない。
モンゼは良識のある聖職者だった男だ。
自分が犯した罪の大きさも、言い逃れできない状況なのも分かっている。
それに、これ以上は……手を差し出してくれた友を裏切りたくないと、静かに運命を受け入れたのだ。
だが……。
「いやいや、勝手に決めて貰っちゃ困るねぇ。モンゼと、ついでにソクトの人生は僕が買い上げているんだからさ」
そう言いながら、ワルトナは空間から紙を二枚取り出した。
それは、しっかりとした紙質の二枚の契約書。
唐突に身に覚えのない事を言われたモンゼとソクトは、二人して視線を交差させる。
「……それは……?」
「雇用契約書さ。この僕、『ワルトナ・バレンシアに、一生涯を以て忠誠を尽くす』というね」




