第44話「ドラゴンブレイク⑥千の刻を生きし竜」
「役割分担は決まった。さぁ、デカイトカゲを斃そうじゃないか」
「りょうかい。こんがり焼いて、焼きトカゲにしてやる!」
前衛職魔導師たる、リリンサ。
後衛職魔導師たる、ワルトナ。
お互いが魔導師でありながらも、まったく違う戦い方を得意とする二人は、可愛らしくハイタッチを交わすと二人同時に走り出した。
リリンサは右側へ。
ワルトナは左側へ。
千刻竜を中心として円を描くように走り、一定の距離を保っている。
「コザカシイ!!翼ガツカエナクトモ、尾デ、クビリコロシテクレル!《竜の尾鋼!》」
ザワザワザワザワと、鉄網を引っ掻くような音が鳴り響く。
その耳障りな音を聞いたワルトナは、ちょっとだけ走るスピードを緩めて事態の確認を行った。
「へぇ、トカゲじゃなくてガラガラヘビだったか」
その音の正体は、千刻竜の尾の竜鱗が逆立ち、磨り金のように変貌してゆく音だった。
高い強靭性と絶縁体勢を誇る竜の鱗は、まさに、一枚一刀。
それら数千枚が折り重なり連なった尾は全長30mにもおよび、その先端がゆっくりと動き出す。
否、ゆっくりと動いている訳ではない。
離れた位置にいるワルトナには、ゆっくりと動いているように見えるだけであり、実際は、風すらも斬り裂き音速の壁すらも超え、リリンサへ迫っている。
人の反射神経を超えた一撃。
それは、直撃すれば肉が粉微塵になる程の威力を秘めている。
「おっと、ヤらせはしないよ。《十重奏魔法連南極氷床》」
走り抜けるリリンサの背後から迫っていた尾の進路に割り込むように、縦横5m四方、厚さ1mの氷壁が出現した。
それら10枚は等間隔に並び、表面は鋭く尖ったスパイクが付いている。
人間の力では破壊不可能、しかも、無理に破壊しようとすれば逆にダメージすら負う、ワルトナ謹製の防御壁だ。
さぁ、避けるか止めるか、それとも……?と、ワルトナは事態の成り行きを見守り、千刻竜は第三の選択肢を選んだ。
「フンッ!!《鍛練鱗!!》」
その咆哮が響いた瞬間、赤銅の鱗に輝きが灯った。
千刻竜が選んだ選択肢、それは、唯でさえ強靭な筋肉の塊である尾へバッファを掛け、全てをなぎ倒して進む事だ。
「おっと、そう来るか!」
尾の先端が南極氷床に触れた刹那、けたたましい破壊音と共に氷の破片と水飛沫、そして蒸気が撒き散らされた。
蓄えられた運動エネルギーが放出された事により、堅く凝結していた氷は瞬時に融解蒸発。
蒸気も尾が纏っている風で霧散した為に再生は出来ず、事実上の完全破壊となる。
そして、尾はまだ止まっていない。
速度にして一割ほど遅くなったが、それでもリリンサよりも速い。
再びその背中に尾が迫ろうとし、それをワルトナはニヤリと笑って制した。
「だが、そこまでだったねぇ。《かの英氷を解き放たん――発動、白き極冠》」
「ん!」
ワルトナの声を聞いたリリンサは、ワザと足場を踏み外し、急転直下。
その場から離脱し、千刻竜の尾だけがそこに残される。
そして、尾を取り囲むように魔法陣が揺らめき、バギィン!と音を鳴らした。
出来上がったそれは、まるで巨大なアイスキャンディー。
ワルトナは、尾を支柱とし空間をそのまま押し固め、空気中の水分を凝結させたのだ。
「おぉ!立派な尾ヒレだ!魚みたいだねぇ、まさに雑魚だねぇ」
「ホザケ!コノママ、ツブシテクレルッ!!」
先端に重しが付いたが、尾の自由を奪われた訳ではない。と、千刻竜は唸りを上げた。
筋肉に物を言わせ、力任せに叩きつけようというのだ。
翼を最大に広げ、体を空中に固定。
鋭い視線を先程から挑発してくるワルトナへと向け、千刻竜は尾を振るった。
それ知覚したワルトナは立ち止り、腕すら組んで傍観を始める。
「トカゲにはなじみが無いとは思うけどさ」
「シネッ!」
「遠心力ってのがあってねぇ。傷だらけの翼が行う姿勢制御じゃ、その重たい尻尾はとてもじゃないが」
「ナ、ナニッ、カラダガヒッパラレッ!?」
「支えられないんだよ。バイバイ」
振り回した尾に引きずられるように、千刻竜は吹っ飛んだ
水の入ったバケツを振りまわして転倒した子供のように、無残な姿勢で空を滑ってゆく。
「っと、思ったよりも飛び過ぎ。それじゃリリンの射程の外に行ってしまうね《十重奏魔法連・南極氷床》」
再び出現した、10枚の氷壁。
だがそんなもの、この尾の前では無力に等しい。
そう思ったのは、千刻竜だけだった。
「はい、強化しまーす。《十重奏魔法連・第九守護天使!》」
「グッギャァァァア!!」
千刻竜は何かが聞こえた気がしたが、そんな興味は直ぐに霧散することになった。
数十年生きてきた中で初めて感じる激しい痛みに、悶えているからだ。
叩きつけてしまった尾の先端が、氷塊と共に砕け散って行く。
一方、破壊できるはずの南極氷床は無傷だ。
ランク8の魔法で作った氷塊が、ランク5の魔法で作った氷塊に強度で負ける。
そんな事は通常ありえない。
ならばこそ、それを成し得たのには理由がある。
白き極冠は、指定した範囲を凍らせ巨大な氷塊を作り出す魔法だ。
だが、似たように氷塊を作り出す『南極氷床』との違いは何なのか?
それは、『指定した物体を巻き込むかどうか』である。
ただ氷塊を出現させるだけの南極氷床と違い、白き極冠は指定した空間を凍らせる魔法であり、その真の効果は、『閉じ込めた対象物の耐久値を氷塊と同じにする』というものだ。
つまり、一度生成してしまえば、内部に捕らわれたものを『氷を砕く』という方法で救出する事は不可能となる。
氷の中にある氷像を取り出せない様に、氷が破壊された瞬間、内容物までもが破壊されてしまうからだ。
そして、その強度をどの程度に設定するかは術者の自由だ。
最高硬度にすれば、どんな攻撃からも守る防御壁となり、最低硬度にすれば、些細な攻撃で崩壊する自爆装置となる。
今回選ばれたのは、脆弱性を求めた後者。
だからこそ強化された南極氷床を破壊する事が出来ず、千刻竜の尾は見るも無残に砕け散ったのだ。
「尻尾は千切れ、翼はボロボロ。キミは一体、何ていう生物なんだい?」
「オノレ……。オノレェェ!!」
「おのれぇ?聞いたこと無いけど……鳥の新種か何かだろうね。たぶん」
「コ、コロス!!コロシテヤル!!《鋭き纏う爪ッ!!》」
「え?リザード?あぁ、トカゲだったんだねぇ。……リリン、準備はいいかい?」
翼を失い、尾を失い、我すれも失った千刻竜は、怒りにまかせて突進を仕掛けた。
感情の赴くままに仕掛けたそれですら、普通の人間にとっては絶対致死。
推定数千トンは下らないであろう巨体が叩きつけられるというのは、それだけで脅威なのだ。
だが、この世界には魔法があり、魔法とはすなわち、神の力。
だからこそ、体重30kgにも満たない少女でも、ドラゴンを止める事が出来る。
「おっと。大人しくしておくれ。これからが見せ場なんだからね《星の衝突》」
天高くから直径10mの星が振り、千刻竜の無防備な背中へ叩き落とされた。
ゴキゴキ。と何かが軋み、千刻竜の口から嗚咽と火炎が漏れる。
体当たりからの滅殺の炎で殺し尽くそうという千刻竜の願いは潰え、残った選択肢は一つしかない。
天に祈りを捧げた千刻竜が見たもの、それは――、青い髪の小さな、悪魔。
いつの間にかリリンサは、千刻竜の鼻先に立っていた。
星丈―ルナを右手で構え、左手には見慣れぬ『黒球』が蠢いている。
戦線離脱をしたように見せかけたリリンサは、共有している視野を覗き、死角を縫うように移動。
最後はワルトナの転移魔法で帰還し、千刻竜の目の前で死刑宣告を付きつけた。
「別にお前に恨みはない。だが、この世界は弱肉強食。私を食べようとしたのだから、逆に食い物にされるだけのこと!」
「いや、リリン?カッコつけてないで早くトドメを差して欲しいんだけど。《星の衝突!》」
「グガァ!!」
ビシィ!っと効果音が付きそうなほど強く指を付きつけたリリンサは、ワルトナに突っ込まれ「むぅ」と声を漏らした。
リリンサにとって、先程の口上は譲れないものなのだ。
「むぅ、雷人王の掌を使う時はカッコつけないとダメ!!英雄ホーライはいつもそうしてるから!!」
「いやいや、ふつーに使えばカッコいいよ。……もういっちょ《星の衝突!》」
「グオォ!」
リリンサの愛読書、ホーライ伝説。
今から使われようとしている魔法は、その主人公ホーライが得意とし、物語の終盤で使われる切り札。
一度放たれれば歴史の分岐点となるとさえ言われる、大規模殲滅魔法だ。
「よし、ブチ転がす!《……汝願うは、無限の勝利であろう。さりとて、その願いが聞き届けられることなど有りはしないのだ。我が魔陣にて抱かれ墜ちるが良い ―雷陣形成―》」
イマイチ格好が付かなかった空気が、突如として張り詰めた。
リリンサが持つ黒球から、とてつもないエネルギーが発せられたからだ。
ランク9の魔法は、秘められた威力が強すぎるが為に長い詠唱を必要とする。
品質の良い魔導書でさえ、100ページを超える長大なもの。
そこから己にあった言葉を紡ぎ作る詠唱は、リリンサを以てしても、発動までに5分の時間が必要だった。
だからこそ、リリンサは空を翔けながら詠唱を始めていた。
一見して先程と変わらぬ動きは千刻竜に攻めを意識させたが、実際は攻撃のしようが無い、ただの囮だったのだ。
策謀は終わりを告げ、決着はついた。
リリンサは手の中から黒球が空高く打ち出し、空を汚染させた。
数十m飛び上がった黒球は飛沫となって撒き散らされ、黒い点が空に輝く。
それはまるで色が反転した星空のようであり、大小様々な飛沫が光り、そして、ゆっくりと回転運動を開始する。
点から線へ、
線から面へと進化してゆくそれは、いつしか幾重にも重なり合う幾何学模様となって、天空に描かれていく。
本来ならば一匹の生物などに使われる筈もない、人類の行える最大級の魔法を産み出すために。
「《雷陣の下に集いし諸兄の者共よ。貴殿らの矮小な叫びと慟哭では、何も勝ち取ることなど出来やしないのだ。我が初の閃光にて穿たれ、終の雷鳴と共に消えるが良い》」
天を埋め尽くすほどに巨大な、漆黒の魔法陣。
その姿は、リリンサが詠唱の最終節を唱えた事により、白金の魔法陣へと変貌を遂げた。
渦巻き始めた光の奔流は、幾重にも重なる刺繍のように鮮やかに空を彩る。
その荘厳な光景に満足したリリンサは、無邪気に笑い――真っ直ぐに伸ばしていた手を千刻竜に向けて、振るった。
「《雷人王の掌、発動》」」
刹那、千刻竜の赤銅の胴が白く染められた。
白金の魔法陣より迸る数百条の白雷がその身を貫き、発光させているのだ。
重なり合う魔法陣を往来しながら、その白雷はいつまでも続く。
高い絶縁性を誇る鱗が割れても、
焦げた肉から白煙が上がろうとも、
6対12枚の羽根が炎上しようとも、途切れることがない。
数分の時を経て最後の雷鳴が轟き、千刻竜は落ちた。
大山脈の麓へと叩きつけられ岩山に身を沈めた千刻竜は、もう二度と動く事は無い。
「ん!ブチ転がした!!」
「転がしたねぇ、一件落着だねぇ」




