第24話「理不尽なるボスラッシュ!①」
「あぁ、素晴らしい朝だ!……うん、いい朝なんだが、この大穴の群れはなんだ、ナキ」
「別に何でもないわ。ちょっと氷結杭を練習してただけよ」
「数えるのが面倒な程の穴が空いてるが、一人でか?」
「ワルトナやエメリ、ブルトと一緒よ。あれだけ品質の良い魔導書があるなら、読むだけでも発動できるしね」
「初心者みたいなミスをすると思えないが、あえて聞くぞ。魔力は残ってるんだろうな?」
「当たり前じゃない。氷結杭なら5発は撃てるわ」
「ならいい。よし!出発だ!」
理不尽すぎる野営訓練を乗り越えたナキは、……いや、ソクトとモンゼ以外の全ての人員が、ギラついた目の万全な状態で臨戦態勢を取っている。
ワルトナからざっくりとした状況を既に説明されており、今日は決死の戦いになると滾らせているのだ。
だがしかし、その説明はワルトナによって調整された情報だった。
『連鎖猪と同じか、ちょっと強いくらいの害獣が結界を破ってこっちに来ている』
『覚えた魔法の練習をするには、丁度いい相手さ』
『その害獣は、一匹でも倒せれば数百万エドロは下らない。数匹倒せば、持っている装備を一新できるよ』
『なお、現在は穴は塞がっていて、獲物の追加は無い。早い者勝ちだ』
『それに、僕とリリンがいれば死ぬ可能性は限りなく低い。怖い思いはするかもしれないけどね』
と、2割の危険と8割の利益が混じった情報は、大いに冒険者達を滾らせている。
一獲千金の代償に、今まで歩んできた人生の価値観を失うとも知らずに。
『ん。ワルトナ、最初は何から行く?』
『そうだねぇ、僕の結界の外にいる危険生物は今の所5種類。『連鎖猪』『破滅鹿』『黙示録鹿』『非正規犬』『真頭熊』だ』
歩き出した一行の中腹にて、心を繋げて会話をするリリンサとワルトナ。
これから行う、理不尽な程に危険な動物駆除をどう楽しもうかと相談しているのだ。
リリンサは、英雄という触れ込みに期待させられた憂さ晴らしの為、ワルトナはこのエルダーリヴァー支部を手に入れる為に既に準備を終えている。
その手段とは、実質的な支部の顔役『ソクト』と、裏の支配者だと予想される『ヤミィル』に圧倒的な実力差を叩きつけ、精神的に支配する事だ。
その為の前座として、集めておいた危険生物と育てた新人たちを戦わせ、ソクトとモンゼを驚愕させる。
そして、驚き過ぎて失神する程に追い詰めた後、リリンサとワルトナは正体を表し、絶望をプレゼント。
最終的に、結界に詰まっているドラゴンを追い返し、100本の連鎖猪の角でヤミィルを救って、実効支配権を得るのが目標だ。
『そうだねぇ、やっぱり最初は連鎖猪から。シルストークだけでやれるかい?』
『場合によってはサポートに入る。けど、シルストークは既に侵攻なる四葉を使いこなしている。瞬界加速にも慣れた。問題ない』
『おっけー。最寄りの連鎖猪は……7匹だね。結界に穴開けて中に入れるよー』
『りょーかい』
そうして、ソクトとモンゼはまったく知らずに、ナキ達は不十分な理解のまま、地獄のボスラッシュが始まった。
まずは連鎖猪。
その群れは、優先と道を闊歩して現れた。
「お、おい!!アレを見てくれ!!連鎖猪が、な、7匹だとッ!!」
「し、しかもレベルが高い……全匹、レベル50000越えですかッ!?」
隊列の先頭を進んできたソクトとモンゼは、その姿を視認した瞬間に後ずさり、リリンサやワルトナがいる場所まで後退してきた。
一目で自分達の手に負えないと判断したのだろう。
なにせ、その巨体はどれもソクトの身長よりも高く、横幅も広い。
前に突き出されている角ですら、ソクトの腕よりも太いのだ。
そそくさとリリンサとワルトナの陰に移動し、小声で作戦会議をソクトは始めた。
「すまん、正直に言うが……アレはヤバい。明らかに私の手には負えない。そこでだ、リリンサ君。私とモンゼが一匹ずつ抑えている間に、残りを斬ってきて欲しい。昨日5匹を瞬殺したキミならできると判断した」
「ん。分かった。ただし、もう一人参加させる」
「あぁ、ワルトナ君だね。もちろんだとも」
「違う。私が指名するのは、シルストーク!」
「……はぁ?」
あっけらかんと言ってのけたリリンサは、いつもの平均的な表情で頬笑んでいる。
うっすらと、黒い笑みを滲ませながら。
だが、そんな表情を読み取れないソクトは、声を荒げて止めに入った。
「ダメに決まってるだろうッ!シルはまだ実戦経験もないんだぞ!」
「実践なら昨日した。シルストーク、角を出して」
「おーけー、リリンサ。《永劫の時を超えて、我が元に現れん。サモンウエポン=連鎖猪の角》」
シルストークの呪文が終わった瞬間、ソクトの周囲に連鎖猪の角が二本突き刺さった。
その見事な角は、昨日見た連鎖猪の角よりも長く、明らかに別個体のものだというのが見て取れる。
だが、問題はそこにない。
新人冒険者のはずのシルストークが召喚魔法を使った事で、思考が停止しているのだ。
「……は、はぁ?」
「兄ちゃん。俺はもう、兄ちゃんの知ってる俺じゃないんだ。多分もう、兄ちゃんよりも強い」
「な、何を馬鹿な事を……。何かのトリックだ、手品だ、幻だ……」
「この角、昨日リリンサと一緒に散歩した時に出会った連鎖猪の角なんだ。レベルは69713だった」
「ろっっ、ろくみゃん!?あ、いや、そんな馬鹿な話があるか!レベル1500の新人が、レベル6万を倒すな……」
ここまで言いかけた時点で、ソクトはレベル目視を起動させた。
そして、一応念のためにとシルストークへ向けた瞳は、目玉が飛び出す程に見開かれる。
―レベル29890―
この時点でソクトのレベルは、31349。
連鎖猪と睨み合いをした結果、レベルが100程上がっている。
だがそれでも、3万ほどもあったレベル差が消失し、モンゼのレベルを優に超え、自分に肉薄しているとなれば正気ではいられなかった。
「バカナッ!!ソンナ事がアリエルくぅわぁ!!」
「……兄ちゃんって壊れると、声が裏変えるんだな」
「壊れたラジオみたい。叩けば治る?」
「それ以上へこむと致命的だから叩かなくていいよ。それに、連鎖猪はもう待ちくたびれたみたいだ。ほら見てごらん。ソクトさんが纏っている奴より高度なバッファを使っているよ」
大型新人3人衆がツッコミとボケと追撃を加えている間に、連鎖猪の準備は整ってしまった。
それぞれの足先から、青紫の湯気が立ち上っている。
あれこそ、連鎖猪の戦闘形態。
その状態になってしまった連鎖猪は……まさに生きる砲弾だ。
「ん、来る!シルストーク、準備!私も準備!《八重奏魔法連・第九守護天使!》」
「分かった《瞬界加速!》」
その瞬間、痛烈な打撃音がソクトの目の前で起こった。
瞬く間に距離を詰めた連鎖猪がモンゼを跳ね飛ばし、その鋭い角をソクトに向けている。
だが、ギリギリの所で届いていない。
間に割り込んだシルストークが、連鎖猪の額を真正面から剣で突き刺し、息の根を止めたからだ。
「……なん……だと……?今のは、シルが止めたのか?」
「兄ちゃんは見てて!起動せよ、《煙火の剣!》」
シルストークは剣を引き抜くと同時に、秘められた能力を解き放つ。
轟々と燃えるその剣は、誰がどう見てもランク4の魔法を超えている。
赤紫の炎など自然に見る色合いではなく、明らかに高温であり、異常。
そんな理不尽な剣を横に構え、シルストークとリリンサ視線を交差させた。
「シルストーク、やってよし」
「おう!行くぜ」
「は?えぇ?え、えええええええっ!!速ッ!?」
それは、先ほどとは逆の光景。
瞬く間に連鎖猪の目の前まで移動したシルストークが、その眼前で剣を振るっている。
だが、剣の先端は連鎖猪に届いていない。
距離にして3m程も離れているからだ。
ソクトには、何故そんな場所で剣を振ったのかが理解できなかった。
今のスピードなら確実に手傷を負わせられたはずだと思い、声を荒げようとして口を――、閉ざした。
それよりも先に、無抵抗な連鎖猪をソルストークが切り裂き、斃したからだ。
「なぜだ、なぜ……剣を見たはずの連鎖猪は抵抗しなかった……?」
「ん。それは、シルストークに目つぶしされたから」
「目つぶしだと……い、一体いつ?それはリリンサ君が、いやワルトナ君がやったのか?」
「違う。やったのはシルストーク」
「え?えぇ?いやそんな事……もしや、さっきの素振り、か?」
「そう。あれは侵攻なる四葉の能力の一つ、煙火の剣。高温の炎を纏っているけど、その真価は有害な煙にある」
「煙だと……?」
「あの煙は、使用者以外の目や口に入ると非常に強い刺激が走る。そしてそれは痛みじゃないのがポイント」
「痛く無い煙……?それになんの意味が?」
「痛くない刺激とは、視野情報や味覚情報という事で、現在の情報を上書きしてしまう。つまり一時的な視野、味覚、嗅覚の封印」
「ナ、ナンダッソノ、意味不明な強サッ!!どっかの伝説冒険者の装備だろ!」
「そして、その能力は後3つある!」
「みっつも!?」
リリンサは平均的なドヤ顔で、シルストークを指差した。
そこでは、2匹の連鎖猪が連携攻撃を繰り出すべく、前足を振りあげようとしている戦慄の光景。
鮮血が舞うであろう未来を見たソクトは、ありったけの声を込めて叫んだ。
「シルストークッッゥゥゥゥゥう?う?う?」
「切り替えよッ、《氷結の剣!》」
「あれぇえええええええええええええええッッ!?」
ソクトが見ることになった、戦慄の光景。
シルストークの持つ剣は赤紫の炎剣が青紫の氷剣に変わり、剣先が地面を浅く抉っている。
またもやその剣先は、連鎖猪に届いていない。
だが先ほどとは違い、効果は一目瞭然だった。
抉った地面が連鎖猪の足を巻き込み、凍りついている。
まるで氷の沼を踏み抜いてしまったかのように連鎖猪の前足は土と同化し、身動きが取れないのだ。
そして、2度剣が振るわれ、連鎖猪の喉から煙が噴き出した。
再び煙火の剣に戻したシルストークが喉を焼き斬り、その命を奪ったのだ。
「ナイス。炎剣で斬れば血は出ない。後片付けが非常に楽!」
「イヤイヤイヤッ!?跡片付けとかどうでも良いだろッ!」
「ん、残り4匹が連携するみたい。流石に4匹同時は厳しそうなので介入する」
「え!あ!シ……リリンサ君はもっと速いだとぉおおおおおおおおおお!?」
そして、速攻で連鎖猪までたどり着いたリリンサは、一太刀でその首を落とし、シルストークに視線を向ける。
親指を立てて、「残り3匹。がんばれ」と気さくな声を掛けながら。
「ふっ!切り替え!《風砂の剣!》」
再び切り替えた剣は土色に変化し、三度、空気を切り裂いた。
その軌道をなぞるように質量のある風が吹き抜け、連鎖猪を押し返す。
シルストークが放ったのはただの風ではない。
剣から発せられた土砂を混じらせた風であり、その威力はただの風の数倍強いのだ。
叩きつけられた砂粒にひるんだ連鎖猪は、それぞれが別の行動を取る。
後退する者、飛び出す者、硬直する者。
連鎖猪の名の由来は、完璧な連携をする事が理由だ。
それは、複数頭が同じ動きしないという事であり、緊急事態にはそれぞれが別の行動を取るという習性がある。
そして、個別行動を取った連鎖猪など、シルストークの敵ではなかった。
「切り替え!《煙火の剣!》」
シルストークは、まずは向かい合っている連鎖猪を狩り、硬直している連鎖猪に煙をぶつけて足止めし、逃げ出した連鎖猪に追い付いた。
後ろ脚の筋を切りつけ移動能力を奪い、すれ違いざまに首を一突き。
直ぐに向き直り、硬直している連鎖猪にトドメを刺した。
「どうだっ!はぁ、はぁ、……俺の動きは……!」
「ん!85点!一刀両断出来るようになれば満点!」
「へへ、次は頑張るぜ!」
そして、リリンサとシルストークはハイタッチを交わした。
そのパァン!という乾いた音は、二人が手を叩いた音だけではない。
ソクトがあまりの緊急事態に自分の頬を両手で叩き、夢なんじゃないのか?と確かめた音も混じっている。
「ナ、ナンダッテ、ドウシテこうなったァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァっっっ!?!?」




