無謀な唯一の策
ネコネ族の人達は一旦、空いていた宿屋に待機して貰うことにして、俺達はギルド総合会館に戻っていた。
それぞれのギルドマスター、傭兵団バルバトス現団長ロルフ、そして教会の神父セイン、市民代表が数人。
ネコネ族代表ということでババ様にも参加して貰っている。
ニースだと頼りないし、何より、難しい話は嫌い、ということで不参加だ。
結城さんは頑張って参加することにしたらしい。
領主のロールハイムは当然いないし、市長もいない。
港町リーンガムには統治者が不在になっている。
暫定的に各業種のトップが集まりこれからを話し合うことになっていた。
長机を中心に、全員が席についている。
「クサカベ殿は上座へ」
「……わかりました」
ハミルさんに言われ、俺が議長席に着いた。
最も事情を知っている俺が先導するのは当然だろう。
ただ、街の権力者を無視していいのかとは思った。
見るに、情報ギルドのマスターであるハミルさんは相当に権力があり顔も広い。
俺は異世界人で外部の人間だ。
不満が出るのは間違いないが、今は気にしてはいられない。
やれやれこれからどうなるか、本当に想像もできない。
「まず、被害状況を含めた、現状の把握から。ハミルさんお願いします」
「はい。現、滞在人数はネコネ族など亜人を含めて、985人です。
内訳は、老人が300人程、亜人が250人程、十二歳以下の子供が100人程、十三歳から五十歳までが残りです。
内、戦える人数は先ほどの戦闘を見て、150名程ですな。
クサカベ殿のおかげで死傷者はゼロです。
一部、外壁に損傷ありますがすぐに修繕が可能でしょう。
……敵兵の遺体は、丁重に荼毘に付されました」
俺も作業には参加した。エインツェル村での経験が活きたが、あまり好ましくはない。
今後も遺体を扱うことに慣れはしないだろう。
「……ありがとうございます。物資の状況は?」
「すべてを把握はできておりませんが、食料は半年は持つかと。
ただ、港町で農耕が出来ませんから、今後の食料の調達は、都市産のみとなると海産物が主流になります。
外部からの輸入は現段階では難しいでしょうな。
それと家屋だけは余っておりますから、住む場所には困りませんな」
「物資は念のため分散して保存しましょう。
ハミルさん、食料の管理に人員を割いていますか?」
「ええ、クサカベ殿の仰る通りにすでに動いています。
エシュト皇国の魔兵とやらが本当に存在しているのか、確認するためにも調査達を派遣済みです。
熟練の者達ですので十日程で戻るかと」
「わかりました、ありがとうございます。しばらくは問題ないでしょう。
オーガス勇国軍も撤退した手前、すぐにまた襲ってくることもないでしょうし、エシュト皇国の動きは偵察部隊に任せるとして。
問題はこれからどうするか、ですね」
俺の言葉を皮切りに剣呑な雰囲気になる。
「俺達にある大まかな選択肢は二つ。残るか逃げるか。
残ればオーガスからもエシュトからも狙われるでしょう。
エシュト皇国は俺達を手ごまにするだけで救わない。
オーガスは俺達を捕縛するつもりはないし、即座に殺すつもりです。
オーガス以外の他国に逃げてもそれは変わらないでしょうが、一縷の望みを託して逃亡するという手もある。
ですがそれも現在の各国が混乱している状態では困難でしょう。
ただ、どうするかは自由意思に任せたいんです。
現段階で、皆さんはどうしたいか、この場にいない人達はどうしたいか聞いていますか?」
俺は全員に視線を配った。
しかし、誰しもが俯き、首を横に振った。
わからないのだ。
指針がない。
情報もない。
どうすればいいのかわかる人間はいない。
「クサカベ殿には何かお考えがおありなご様子。一先ず、話してみては?」
ハミルさんが鋭い眼光を俺に向ける。
睨んでいるわけではない、数々の修羅場をくぐった人間だからこそ、俺の心理を読み取ったのだろう。
俺の真意を探るような感じだ。
いや、俺を見極めようとしている、か。
一応、先の一件で認めてはくれているようだが、訝しがってもいる。
彼は俺のことを知らないし、俺も彼のことを知らないからだ。
ただものではないということはわかるけどな。
俺は大きく息を吸い込んで心を落ち着かせた。
大丈夫、きっと上手くいく。
俺は数拍置いて。
考えを述べた。
「独立しましょう」
一瞬の間の後、ハミルさんが窺うように言う。
「独立と言うと?」
「リーンガムをエシュト皇国から独立させ、一国とする。都市国家を建国するんです」
「なんと……」
さすがにハミルさんでさえ驚愕に目を見開く。
他の面々は明らかに動揺し、喧噪が広がって行った。
その中で、莉依ちゃんだけが真っ直ぐを俺を見ている。
見当がついていたというよりは、信頼しているという感情が伝わってきた。
「それは無謀なのでは?」
「地域独立国家とは、過去に例がない」
「一度国家から独立してしまえば、孤立無援になる。状況はむしろ悪化するのでは?」
「そ、それなら現状維持で戦った方がまだいいだろ」
「もしも独立しても物資はどうする? 食料は? 輸入はできないし、土地は狭い。
どうやって作物を確保するんだ? いや、それよりもだ、エシュトから報復されるに決まっている」
「何を考えているんだ、異世界人」
「お、おいやめろよ。街を守ってくれた人だぞ」
「で、でもよ、無茶苦茶だ!」
参加者達の不満が漏れ始める。
彼らは戦いに参加しなかった人達だ。
守られ、現状があるのに、それでも口だけは出す人種。
大半は年寄だった。
老人でも戦いに参加してくれた人はいたが極少数だったことを思いだす。
歳をとればとるほど考えを変えるのは難しい。
それを否定する気はない。
考えを変えないことで好転することもある。
しかし、今はその考えは悪手だと思う。
俺の考えが正しいかどうかではなく、変化を恐れず最善手を模索するという意味で。
「皆様、静粛に!」
ハミルさんの一声で一気に喧噪が鳴り止んだ。
参加者の半数以上が俺の意見に異を唱えている。
だが、他に道はないと俺は思っていた。
「クサカベ殿、続きを」
「はい。まず現状維持をせず、独立する理由は二つ。
一つは、エシュト皇国の領地となっている場合、自国の方針に逆らえば内乱扱いされるということ。
それではただの内輪もめだと外部からは見られる。
つまり外部からの援助はまず望めない。
自国内だけでなく、他国からもです。
そうなった場合、現状維持どころか徐々に物資もなくなり人も少なくなり疲弊してしまいます。ただのストライキなわけですから。
そして最大の問題は、人が集まらないことです。
単純に観光や行商、交易という面だけでなく、転居者がいないということです。
俺はこの街をグリュシュナとは異なった体制を敷きたいと思っているんです」
「その、体制とは?」
「神託に従わないということ」
喧噪が先ほど以上に激しくなる。
この世界では、一国の統治者でさえ聖神の言葉に従う。
神託は絶対。
それはつまり聖神教だ。
彼等の数は多く、その考えは根付き、その結果が現在だ。
聖神に翻弄され、戦争を起こしている。
もちろん根底には別の理由もあるだろう。
各国では別々の聖神を崇めているのだから。
別の神は認めないという風に考えてもおかしくないし、利益目的もあるかもしれない。
そんな状況を覆すには根本的な考えを変えなければならない。
つまり、今の世界に不満を抱いている人間。
神託に従うことを良しとしない人間。
彼らが集まる国を作るということだ。
それをこの街でしたい。
今残っている人達は、死を目前としている。
全員が全員ではないが逼迫した中で生きようとしているはずだ。
彼等ならば理解できるかもしれない。
この世界は狂っているということに。
「起こりつつある戦争は神託によるものです。
神託がなくなれば戦争がなくなるというわけではないですが、現状の歪な世界ではなくなる。
その第一歩として、聖神達の手から離れ自立した国が必要です」
「おいおい、それはいくらなんでも、今の状況とは別の問題じゃないか!」
「そうだ! 聖神様を無下になんてできるか!」
「儂達は昔から聖神様を敬って生きて来たんだ、異世界人が勝手を言うんじゃない!」
老人の参加者が口々に俺を非難する。
もちろん、若者の中にも彼らに呼応依している者もいる。
マスターは全員黙して見ている、それは俺の仲間達も一緒だった。
莉依ちゃんだけは俺から目を離さない。
話の続きを視線で促している。
「だったら、聖神の言う通り無為に死ねばいい。自国のために。
俺はそれを止めない。この街に残った人達に強制をするつもりはないんだから」
「だ、だったら現状維持で」
「それで何が変わるんです? その先は? 何が起こるか考えましたか?
誰も生き残れない。ただ死ぬだけだ。エシュト皇国の犠牲になるだけだ」
「全員落ち着きましょう。まずは、クサカベ殿の話を最後まで聞きましょう。
すべてを聞いた後で考えればいいのです。
彼には意見を言う権利がある。彼がいなければ私達は生きていないのですからな」
ハミルさんの通る声に、参加者達は口をつぐんだ。
俺は嘆息し、話を続ける。
「独立する理由、神託に従わない理由はさっき話した通り。
内乱で止めないことで、他国、つまりエシュト皇国も含めた五国からの転居者を増やし、帰化させることで国を発展させ、力を蓄えます。
そうすることで都市一つで他国と戦う力を得ることが目的です。
ですがそれには時間もかかる。その間、エシュトとオーガスの侵攻を防ぐのは難しい」
「ふむ……他力本願で大変心苦しいのですが、クサカベ殿の強さは周知のこと。
どれくらいの規模ならば戦えますか?」
俺は元々、今回のオーガス進攻作戦だけをどうにかするために鍛えた。
つまり対五千兵戦に対抗する力を得たということ。
リーシュとの修行でかなり強くなったという自負はある。
俺は先の戦いと自分の力量を秤にかける。
「一万程度ならばなんとか。ただし、防衛戦となると話は別です」
恐らくはもう少し戦えるだろうが、安定して戦えるのはそれくらいだろう。
「今回は単純な命令のようでしたから。
多分、リーンガムの状況を理解していたから、甘く見ていたんだと思います。
もっと司令官が優秀だったら虎次さん一人では厳しいと思います。
どうしても兵数は必要になるでしょうから」
莉依ちゃんが補足してくれた。
彼女の言う通りで、今回上手くいったのはオーガスが舐めてかかってくれたから。
きちんとした作戦を立てられたら無理だった。
俺は一人しかいない。
だから分隊を作られるだけで厳しくなるのだ。
今回は俺が途中で強くなり、敵が一個大隊のまま侵攻してくれたから何とかなっただけだ。
「一万……大したもの、というよりは神がかっておりますが」
ハミルさんは言い淀む。
言いたいことはわかる。
それでも厳しいということだ。
五千の侵攻作戦が失敗すれば次は数万を投入するだろう。
一先ずの、占領作戦ではなく、本隊を派遣し、本格的にエシュト侵攻作戦を遂行するかもしれない。
その場合、仮に独立して、一国として建国済みでも、オーガスには意味がない。
エシュト皇国だろうが、別の国だろうが、進行途中に存在しているのだから。
それに作戦もきっちりと立てるはず。
ならば、次の侵攻に耐えられるとは思えない。
「話を戻します。次のオーガスの侵攻作戦には耐えられない。その上、エシュト皇国軍もこちらに進軍しているか、しようとしているでしょう。
そうなると打つ手は一つです。他国と同盟を結ぶしかありません」
またしてもざわめく。
まったく毎度毎度、一々驚かず冷静に話を聞けないものか。
先程、ハミルさんが苦言を呈したからか今度は批判はなかった。
俺は少し大きめの声量で扉に向かって言った。
「入ってくれ」
言うと、ドアから入って来た人物に、全員の視線が集まる。
そこに立っていたのは沼田力だった。




