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リーシュの目的


 軽妙な所作でリーシュは虚空から現れ、俺の目の前に降り立った。


「ようやく見つけたよ。こんなところに引っかかってたんだ。それにしても酷い顔だね」


 顔?

 俺には顔があるのか?

 感覚がない。

 四肢もあるようには見えない。

 リーシュがパチンと指を鳴らした。

 次の瞬間、全ての感覚が蘇る。

 俺は四肢を鎖に繋ぎ止められている。

 太く頑丈で、引きちぎるのは不可能だ。

 強固に結ばれてもいないのに、鎖を外すことはできない。

 腕を引いてもシャリシャリと音が鳴るばかりだった。

 まるで張りつけられているようだった。

 拷問された日々を思い出してしまう。


「これは……」


 声が出た。

 目の前のリーシュに問いかけるも、薄く笑うだけだった。

 ゴオッと後方から風音が聞こえる。

 俺は肩口に振り返る。

 扉があった。

 視界に入りきらないが間違いない。

 ゴテゴテとした装飾に彩られた巨門がそびえ立っている。


「あれは冥界と繋がっている扉さ。

 君は今、魂の状態。そして死の輪廻に捕らえられている。

 契約の鎖で何とかあの世に行かずに済んでいるけどね」


 リーシュは俺の左手を指差した。

 そこには契約の証が浮かんでいる。


「死の因果から逸脱していた君を『彼らが』ようやく捕らえたのさ」

「……誰が」

「死、そのもの。概念といっていい。君をずっと欲していたモノ達の声が聞こえるだろう?」


 地の底から込み上がる呻き声。

 死者の声音そのものだった。

 重低音と共に扉が開く。

 突如として強力な吸引に俺の身体は後方へ流れそうになる。

 鎖がなんとか俺の身体を支えた。

 あそこに入ってしまったら、俺は死ぬのか。

 まあ、いい。

 どうせ生きていても、もう誰もいないのだ。

 莉依ちゃんも仲間達も、出会った人達もみんな死んでしまったのだから。

 俺は諦観のままに、力を抜く。

 そうすると鎖も脆くなり、徐々に外れていった。


「いいのかい? このまま死んでしまって」

「……もう、生きても意味はないんだ」

「君の仲間達が死んでしまったから?」

「ああ、そうだよ」

「君は、それほどまでに彼女達を大切に思っていたのかい?」

「ああ」

「なぜ?」 


 なぜ?

 なぜ、だろうか。

 たった八ヶ月程度の付き合いしかない。

 ディッツや剣崎さんに至っては一ヶ月もない。

 それでも助けたいと思った。

 莉依ちゃんや結城さん、朱夏やニースだけでなく。

 みんなを助けたかったのだ。

 けれど、俺はわかっていなかった。

 助けたいと思っても、俺の小さな手では救える数には限界がある。

 俺は弱かった。

 驕っていたわけじゃない。

 けれど、甘く見ていた。

 俺の命程度を捧げて、助けられるはずもなかった。

 命は重い。

 その命をいくつも奪った。

 その俺が、大事な存在を守ろうとするというのは無理があったのだろう。

 どうすればよかったんだろうか。

 ……もう、やめよう。

 考えても、意味はないのだから。


「君はなぜ彼女達を大切に思っていたんだい?」


 無言を通していたら、リーシュは再び問いかけて来た。


「……わからない。わからないけど、大事に思っていたんだ。理由なんて知らない。

 誰かを大切に思うのに理由なんていらないだろ」

「……君は自分の命が失われる危険性に気づいていた。苦痛を与えられる覚悟もあった。

 それでも君は抗い、一人で戦った。もしも次に同じような機会があったら同じことをするかい?」


 否定しようとして思いとどまる。

 恐らく、また俺は同じことを繰り返すだろう。

 みんなを救う手だてがあるならば無視はできない。


「する、と思う」


 愚かにも俺は希望に縋るだろう。

 みんなを救うためなら命なんて惜しくない。

 痛みなんて大したことじゃない。

 苦しみなんて慣れたものだ。

 救いの代償ならば、俺のすべてを捧げよう。


「君は、自分を軽んじている……そう思っていたよ。けれど違う。

 君は、自分が大事なんだ。だから自分の思いを一番に考えている」


 その通りだ。

 俺はわがままなんだ。

 だから、欲しい物を譲れない。

 みんなを失いたくない。 

 そんな大層な願いを抱いている。


「最後の質問に答えて欲しい。君は、オレを信じてくれるかい?」

「するさ」


 ほぼ即答だった。

 俺自身もリーシュも驚き、目を丸くしてしまう。

 そして、リーシュは指を再び鳴らした。

 同時に扉は閉じ、死者達の呻き声は聞こえなくなる。

 鎖も自動的に離れて行き、俺は自由になった。

 左手の甲が熱い。

 浮かび上がる契約の証に俺は目を奪われた。


「オレとの契約によって君はこの世に縛られている。

 だから何があってもオレの許可なく『死ななかった』んだ。

 ただし今回だけだけどね」

「……どういうことだ? リーシュ、おまえは一体何が目的なんだ。

 邪神ってのはなんだ? おまえは何者なんだ?」

「落ち着いて、全部話すよ。今なら、今の君ならすべて受け入れてくれるはずだから」


 リーシュが指を鳴らすと情景が一瞬にして変わった。

 青空の下、三階建ての塔がそびえ立つ。

 地面は石畳、途中から土に変わり、そこかしこに樹木が伸びている。

 動物達がじゃれ合っているが、地面は途中で終わっている。

 思わず近づくと、浮いている。

 この地を島として、空中に浮いているようだった。


「ここは……?」

「オレの城だよ。最初に言ったでしょ、半年経過したら迎えに行くって。

 君、忘れてたでしょ?」

「……あ、最近、色々あり過ぎたから」


 リーシュは嘆息し俺を手招きした。


「こっち」


 リーシュは塔の中に入って行った。

 どうやらこれが城らしいが、俺には塔にしか見えない。

 中は思ったより生活感が強い。

 一階には暖炉や台所がある。

 二階は寝室だろうか。吹き抜けになっているので部屋が見えた。三階は……見えない。


「まあ、座りなよ」

「あ、ああ」


 椅子をすすめられ、俺は座った。

 と、ティーカップが自動的に目の前に並べられる。

 ケトルがぷかぷかと浮かび、ティーカップに紅茶を注ぐと、棚に戻って行った。

 なんだかファンシーだ。


「どうぞ、おいしいよ」

「い、頂くよ」


 カップを傾けると、喉に仄かな甘さが浸みる。

 そう言えば、ずっと気を張っていたからか落ち着いたのは久しぶりな気がする。

 けれど心に空いた大きな穴は埋められない。

 どうしても気力が浮かばなかった。


「何から話そうか……うーん、まずはオレがどういう存在か、そこから話そうかな。

 邪神っていうのは自称なんだ。正確には元聖神。

 オレは現聖神達と同じ、六聖神の一人だったんだ」

「そうか」

「あら、あんまり驚かないね?」

「聖神の伝承はあるのに、邪神の記述はどこにもなかったからな。ネコネ族にも聞いたし。

 明らかにおかしいだろ。聖神の対となる存在が認知されていないなんて。

 それに神や天使が落ちて対極の存在になるってのは定番だからな」

「まあ、そういうこと。

 オレは元聖神でね、昔は今の聖神達と同じように人間に神託を与えていた。

 けど、君も理解しつつあると思うけど、神託なんてのは聖神のエゴなんだ。

 子に殺し合いをさせる親がどこにいる? 聖神はそれを良しとしているんだ。

 表面上は人間のためといいながら、奴らはただ楽しんでいるのさ。

 試練を乗り越える人間の姿を見て、ほら、自分達の考えは間違っていなかったと言いたいだけなのさ」


 この狂った世界の根本には聖神の存在がある。

 彼等の神託があるからこそ、狂信者達は盲信し、戦争さえ起こす。


「現在、各国に同時に神託が下っている。

 『戦争を起こし、他国を占領し統一国となることで、聖神の寵愛を授けられるだろう』とね」

「親の愛を求めて、子を殺し合わせる、ということか」

「そういうこと。利益戦争よりも宗教戦争の方が厄介だ。

 なんせ信念を妥協できるはずがないからね。終わりがない」


 リーシュは紅茶を一口含んだ。


「オレはそういう考えが納得出来なくてね。反旗を翻して追放された。

 殺されそうになったけど、自分の神域を作って、この場所のことね、でなんとか生き長らえているってわけ。

 聖神達に存在がバレないようにしているんだ。

 地上にいると見つかりやすいから、中々難しくてね」

「……だから俺がエシュト皇国に捕らえられている時、あまり手伝えないって」

「うん。さすがに見つかったら逃げられない。危険だからね。

 そして聖神もオレも『グリュシュナの人間には接することができない』んだ。

 これは最初に自分達で決めた規範で、違反すれば聖神でも厳罰に処される。

 オレもその制限からは逃れられない。この世界に定めたルールだからね。

 ただ、異世界人は別だ。だからこうして君にも君の仲間にも接することができる」


 聖神達はこの世界の人間には接することができない。

 邪神であるリーシュも同様ということか。


「じゃあ、おまえは聖神と戦うためにここにいるのか?」

「半分正解。オレだけじゃ戦えない。だから君と契約した。

 オレは『可能性を知っていた』からね。君が今、この時、死ぬだろうことを」

「どういうこと、だ?」

「オレの能力は『時空を操ること』なんだ。この世界をオレは知っている」


 リーシュが以前、瞬間的に移動した理由は能力によるものだったと。

 だけど知っているとはどういうことだ。


「オレはね、世界を何度も繰り返しているんだ。時間を超えられるのは俺だけだから。

 そして……この世界、グリュシュナは聖神達のせいで何度も滅んでいる。

 その度に、オレはやり直している。もう数万回は繰り返しているよ。

 信じられないかもしれないけどね」

「いや、信じるよ。信じられる」


 苦笑するリーシュに、俺は憐憫を抱く。

 リーシュはずっと孤独と戦っているのだ。

 それは俺と同じ、世界から逸脱した存在だということ。

 少しだけ、気持ちはわかる。


「だけど、繰り返しているのなら、これからどうなるかおまえにはわかっているのか?」

「さあ、わからない」

「わからない? 時間を繰り返しているのに?」

「この世界は異質なんだ。なんせ今の段階で『君は生きているから』ね。

 君が死ぬだろうことは知っていたけど、生きている未来を見たことはまだない。

 他の世界では君はほとんどいなかった。いても能力がなかったりすぐ死んだりしていた。

 けれど、君だけは毎回違うんだ。大きな差異があった。

 だからオレは君に賭けた。君という異質さに期待したんだ。

 いつか、オレの想像もしない力を得る可能性を信じた。

 そしてそれは実を結びつつある。この世界で、この時まで君が生きていたのは初めてだから」

「……俺に何をさせるつもりだったんだ」


 リーシュはカップをソーサーに置いた。


「聖神を殺す手伝いをして欲しい」


 リーシュは淡々と述べる。

 その言葉は予想していたものだった。

 話の流れからして、リーシュが考えていることは理解していた。

 だが。


「俺は、もう死んで」

「やれやれ、オレの能力を忘れたのかい? 時空を操れるんだ」

「でも、それはリーシュ自身にしか作用しないんだろ」

「そうだよ。今まではね。けれど何万回の繰り返しの中、オレが何もしないと思う?

 その契約。それはね、オレとの結びつきを強くするんだ。

 つまり、『オレの能力も多少は影響する』ようになる。と言っても、効果は薄い。

 時間移動はせいぜい数十分だし、契約してからの期間によって決まる。

 それとオレとは違って、君は魂、つまり精神体の移動しかできないよ」

「まさか、だから半年……?」

「そう、そのために半年間時間を置いた。

 そのおかげで『君の半年間をオレは操れる』んだ。

 まあ、君の時間を停めるくらいしかできないけど。

 この空間は現実とは別次元だから、時間の流れも停まっているよ。

 それに半年間で君は色々経験したはずだ。その経験がなかったら今の君はないからね。

 それと……君の時間を一度だけ巻き戻すこともできる。際限はあるけど」

「お、おい待てよ。じゃあ」

「そう。君達の仲間が死ぬ前に時間を戻すこともできる」

「ほ、ほんとか!? じゃあ、みんな」

「間違いない。安心して良いよ」


 俺は脱力し、椅子に体重を預ける。

 みんな死なない。

 死んだ未来はなくなるのか。

 俺は完全にリーシュを信じ切っていた。

 もしかしたら疑っても意味はないと思っていたのかもしれない。

 嘘でも縋りたいと思うほどに、俺は追い詰められていた。

 息をすべて吐き出すと、少しだけ気持ちが落ち着いた。


「もし、また生き返っても同じ状況を繰り返すだけじゃないか?」

「そうだね。そして、もう君の時間を戻すことはできない。

 なんせ、君との契約期間が数ヶ月ないと時間は戻せないからね。

 それでも精々が数日程度なんだ。結構不便な能力だよ。

 あ、契約期間により干渉できる時空操作は、停止期間と過去転移期間では別ね。

 だから停止期間を伸ばすことも、過去転移期間を変えたりもできないよ」

「半年間の猶予と、数日の過去転移は固定ってことか……」

「そう、この半年の内に君を鍛えるつもりだったからね。

 もし、半年後失敗したらもうオレにもどうにもならない」

「それで十分だよ。ありがとう、リーシュ」


 俺は真摯に頭を下げる。

 リーシュのおかげで最悪の結末だけは避けられるのだ。


「いいさ、オレも自分の望みをかなえるために君を利用しようとしているだけだからね」


 ニッと笑うリーシュに俺も釣られて笑う。

 安堵と期待が胸中を占めた。


「だけど、半年間で鍛えて過去に転移しても意味ないんじゃ」

「魂の鍛練は肉体に大きく作用するよ。

 それに異世界人である君は特異体質なんだ。元々、能力なんて肉体に宿るわけじゃない。

 だって人間の肉体なんて器は小さいだろ? あんな能力を与えたら弾け飛んじゃうよ。

 魂の器に能力は注がれているのさ。だから今の状態で鍛えて時空を移動しても強さは引き継げる」

「……問題ない、ってことか」

「半年の猶予はある。オレが時間を停めているからね。

 その間に、君は強くならないといけない。あの軍勢に立ち向かえるほどにはね」

「だけど、仮にそこまで強くなっても……あの後、どうすればいいんだ」


 オーガス勇国軍を退けても、結局俺達異世界人が追われている事実には変わりはない。

 リーンガムを離れてもそれは変わらない。

 それにオーガス勇国軍が援軍を呼んでまた侵攻してくる可能性もある。


「どこかの国に所属するといいよ。

 ケセルには沼田、トッテルミシュアには金山がいるけど、レイラシャは勇者がいない。

 君達なら優遇されると思う。不服だろうけど一時的に匿わせる場所は必要だからね。

 さすがに国中に追われると厳しい。

 残念だけど一旦、オーガスを追っ払ってからは、他の住人には移動して貰うかしてもらった方がいい。

 難しいだろうけど……」


 確かにリーシュの言う通りだ。

 だが、それでは長府達と変わらない。

 別の国に攻め、戦い、人を殺す。

 そしてその理由は自分の保身のため。

 戦いを挑まれるならばまだいい。

 けれど自分達から攻めることも多くなるだろう。

 それで、いいんだろうか。


「まあ、そこらへんは今考えなくてもいいさ。時間はまだあるんだからね」

「そう、だな」


 喉に骨が刺さったような感覚だった。

 どうもしっくりこない。

 だけど、答えは出そうにもなかった。


「とにかく、君には強くなって貰う。

 聖神と戦うのはまだ先になると思うから、まだ気にしなくていい。

 オレと協力はしてくれると思っていいのかな?」

「ああ、もちろん。俺も聖神達を野放しにはできないと思ってるからな。

 ただ、俺に手伝えるかわからないけど……リーシュには遠く及ばないからな」

「大丈夫。君はオレにとって必要なんだ」

「……わかった、そう言ってくれるなら全力で戦う」

「うん、頼むよ」


 俺はリーシュと握手した。

 この地に来て初めて、邪神リーシュと分かり合えた瞬間だった。


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