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その世界の未来、絶望と希望


 視界は闇に覆われている。

 光はなく、生命の息吹も感じない。

 意思があるのかもわからず、ただ目の前を見下ろす。

 俺は、死んだのか?

 声が出ない。

 ならばやはり死んだのだ。

 数百の命も潰えたらしい。

 それはわかっていた。

 覚悟もしていた。

 だから後悔はない。

 ただ、あの後、莉依ちゃん達はどうなったのか気になった。

 と、視界が広がった。

 鳥瞰。

 見えたのは軍隊から逃げるドラゴンの姿。

 俺は、その更に上空から見下ろしている。

 これは一体。


『ちっ、あいつの分までこっちに回ってきやがった!』

『あ、あぁ……と、虎次、さん』

『おい、しっかりしろ! くそっ、聞いちゃいねぇ。そんなにあいつが大事だったのかよ』


 莉依ちゃんは俺の名前を何度も呟いていた。

 瞳に光はない。

 彼女には生気が微塵も感じられなかった。

 俺が、死んだからか。

 それほど悲しませてしまったのか。

 ドラゴンはリーンガムに入る。

 防壁の上に着陸すると、沼田が降り事情を説明していた。

 全員から敵意を向けられるが、莉依ちゃんの姿を見て、朱夏達は一時的に沼田と共同戦線を築くことに決める。

 沼田は市街戦では戦いにくい。

 そのため市外を担当し、外へと飛んで行った。

 だが。


『防壁に上ってくるよ! 門は!?』

『も、もうだめだ! 壊れる!』

『あっちは大砲もあるんだ、耐えられるはずがない!』


 朱夏の叫びに応えた傭兵や民兵は絶望に肩を落とした。

 すでに防壁上にはオーガス軍が昇ってきている。

 全軍が、街に侵入するのも時間の問題。

 莉依ちゃんはまだ我に戻っていない。

 逃げろ、逃げるんだ。

 もう無理だ。みんなで逃げるんだ。

 やれることはやった。だからもう。

 俺の声は届くはずもない。


『諦めちゃダメだ! 生き残るには戦うしか、あぐぅっ!』


 そんな中、朱夏の肩に矢が突き刺さる。


『辺見君! きゃ!』


 倒れ込む朱夏に走り寄る結城さんだったが、彼女も魔術の餌食になる。

 すでに街中には矢と魔術が降り注ぎ、兵の凶刃が民衆を襲っていた。

 死体の山。


『だ、だめだ、虎次君の分まで、戦うんだ……!』


 朱夏は怒りの形相で立ち上がり、兵達を殺していた。

 朱夏も俺の死で我を失っている。

 冷静な時のあいつならば、もっと早い段階で退却していたはずだ。

 俺の、せいなのか。


『莉依ちゃん、立って! 結城さん……結城、さん?』


 朱夏の視線の向かう先では、結城さんが倒れていた。

 微動だにせず。

 血を流し。

 瞳孔は開き。

 死んでいる。


『う、うそだ……ゆ』


 朱夏は結城さんに近寄ろうとした。

 しかし、朱夏の頭部に矢が突き刺さる。

 そのまま横に倒れ。

 朱夏は動かなくなった。

 やめろ。

 やめろ!

 なんだこれ。

 なぜ、みんな残ってるんだ。

 逃げろ。

 逃げてくれ!

 逃げてくれよ!!

 莉依ちゃんは朱夏と結城さんの死体を眺めて、涙を流した。

 動かない。

 彼女を支えるものが何もなかったように見えた。


『な、なにしてんだ!』


 野太い声が聞こえる。それはディッツだった。

 ディッツは莉依ちゃんを抱えて防壁から降りる。

 兵達を巨斧でなぎ倒し、傷つきながらも莉依ちゃんを庇った。

 街中には敵兵と民兵が戦っている。

 だが練度が違う。

 一方的にやられつつあった。


『くっそ、これじゃどうにもなんねぇ!』


 ディッツが悪態を吐きつつ、辿り着いたのは彼の自宅だった。


『はあはあ、く、くそ……みんな、死んじまう。

 リアラ! リアラ!』


 ディッツは息を整えつつ、クローゼットに近づいて開けた。


『お、お兄ちゃん』


 ディッツは抱きついて来た妹をひっしと受け止める。


『二人とも、この街から逃げるぞ』

『で、でも』

『事情が変わった。戦うと決めたのなら、捕虜になれる僅かな可能性はねぇ。

 もう逃げるしか生き残る道はねぇんだ。おまえには辛い思いをさせると思うけどよ』

『ううん、大丈夫。私は大丈夫だよ』

『……すまねぇ』

『ニースさん、は?』


 莉依ちゃんがぼそっと呟く。

 僅かに意識を取り戻したのか。


『……ニースも剣崎もアーガイルもロルフもハミルのおっさんも、みんな死んだ。

 もう、この街に残っている人間はほとんどいねぇ』

『そう、ですか』


 莉依ちゃんはその言葉を最後に、更に意思を失ったように見えた。

 ディッツは顔を顰め、荷物を抱えた。

 莉依ちゃんとリアラちゃんも抱え、家を出ようとする。


『ここにもいたぞ!』

『くそが!』


 兵士達が数人家に踏み込んできた。

 ディッツは抵抗する。

 だが狭い室内では斧で対抗するのは無理があった。

 何人かを殺し、ディッツの腹部に剣が突き刺さる。


『ぐ、ぶっ』

『お兄ちゃん! えほっ、こほっ!』


 倒れるディッツ。

 リアラちゃんも発作を起こし動けない。


『た、頼む、妹、だけは助け、て』

『この街にいる人間は元より全員殺す命令だ。残念だったな』


 ああ、そうか。

 やはりオーガス勇国軍はリーンガムの人達を全員殺すつもりだったのだ。

 無条件で降伏しても意味はなかった。

 彼等にとって捕虜は邪魔でしかなかったのだ。

 戦いを選んだのは正しかった。

 でも、その方法は間違っていたのだ。

 もっと他に方法があったはずなのに。

 でも俺には、俺達にはその案が浮かばなかった。

 絶望に打ちひしがれるディッツはリアラちゃんを庇う。

 そして兄妹は槍と剣に貫かれた。

 動かなくなった肉の塊を前に、オーガス軍は大して気にした風もなく、莉依ちゃんを見た。

 莉依ちゃんは二つの死体を見下ろす。

 そして、両の手を震わせ、銃を手にとった。

 速射し、一人を残して殺す。

 一瞬の出来事で、兵は驚きたじろいだ。


『な、なにが』

『あなた達がみんな殺した。みんな……だったら。私もあなた達を殺す。

 私が死ぬまで殺しつくす。殺してやる。よくも虎次さんを。彼を……よくも!』


 莉依ちゃんは銃弾で兵を瞬間的に殺し、家を出た。

 外には兵達が群がり、仲間の姿はない。

 逃げてくれ。

 頼む、君だけでも。

 願いは届かない。

 莉依ちゃんは咆哮しながら街中を駆け抜け、兵達を殺した。

 自身の防御力を上げ、時としてリフレクションで攻撃をいなす。


『あああああああああああああ!』


 泣きながら叫ぶ莉依ちゃん。

 俺はその姿を見て、強い悲しみに襲われる。

 あんな姿を見るのは初めてだった。

 莉依ちゃんの猛攻に兵達は対応を迫られる。

 数十の死体の上、幼き少女は悠然とたたずむ。

 彼女にはいつもの優しさはない。

 子供らしさも、純粋さもない。

 あるのは、殺意の衝動だけだった。

 しかしそんな攻防も百近くの死体を生み出した時、終わりを告げる。

 カチカチと引き金を引いても銃弾が飛ばなくなった。

 莉依ちゃんは銃、ヴェルカー&ハントを捨て、近場に落ちていた長剣を拾う。


『許さない、許さない……!』


 泣きながらなおも兵達を殺そうとする。

 莉依ちゃんは駆けた。

 慣れない動きながらも天性の運動神経で剣を繰り出す。

 何人かを殺し、身体を傷つけながらも、それでも止まらない。

 痛々しく、目を逸らしたくなる。

 だが、それは俺には許されない。

 やがて。


『あ』


 莉依ちゃんの胸部に剣が刺さった。

 同時に、槍や矢が莉依ちゃんに一斉に突き刺さる。

 まるで化け物に対する情けのない攻撃だった。

 嘘だ。

 こんな結末。

 嘘だ!

 莉依ちゃんが、みんなが死んでしまった。

 莉依ちゃんは地面に倒れ、空を見上げて、口腔から血を溢れさせる。

 けれど、彼女の表情はなぜか晴れやかだった。


『こ、れで、虎次さん……のところに、行け、る……』


 その一言を残し、命を散らせた。

 瞳には光がない。

 死んだのだ。

 優しく、笑顔を絶やさず、時として子供のように不機嫌になる女の子。

 強く、大人顔負けの冷静さを持ちながらも、甘えたがりの部分もある。

 そんな女の子が、戦争に巻き込まれて死んだ。

 俺が始めた。

 俺を切っ掛けとした。

 俺が、皆と共に逃げていれば、こんなことにはならなかった。

 俺が、分不相応の願いを持たなければ。

 みんなを助けたいなんて思わなければ。

 仲間達だけを連れて街を出ればよかったのだ。

 そうすれば誰もしななかった。

 残る人達は死んだだろうが、莉依ちゃん達は死ななかったのだ。

 残酷で冷徹だ。

 けれどそうすれば全員が死ぬことはなかった。


 俺の、せいだ。

 リーンガムに残った人達は全員死んだ。

 沼田はいつの間にか姿を消していた。

 こんな状況だ、逃げて当然だろう。

 むしろギリギリまで戦ってくれたことに驚きを隠せない。

 だが結局は敗戦だ。

 勝てるはずもなかった。

 耐えられるはずもなかったのだ。

 援軍が来るまで耐えれば、そんな可能性に賭けたが無駄だった。

 援軍は来ないのだ。

 敵軍が言っていた。

 それが虚言かどうかはわからないが、状況が言っている。

 それな事実なのだと。

 俺は漫然と街中を見下ろす。

 誰もいない。

 死体しかいない。

 強い虚脱感に襲われ、俺は自我を失う。

 俺は死んでいるのだ。

 悔やんでももう遅い。

 後悔をしないために戦いに赴いたのに、俺は後悔してしまっている。

 意味はなかった。

 俺の死に、なんの意味もなかったのだ。


 何が死神だ。

 死なない存在だ。

 俺こそがみんなに死をもたらしているんじゃないか。

 俺こそが不幸の元凶なんじゃないか。

 莉依ちゃん……莉依ちゃん……。

 叫びたいのに声が出ない。

 そのもどかしさが怒りを生みだし、やがて運命に対する憤りに変わる。

 聖神。

 奴らのせいで、俺達はこんな場所に連れて来られた。

 最初は観光のように軽く考えていた。

 だが、そんな生易しい物じゃなかった。

 聖神さえいなければ。

 奴らさえいなければ。

 俺は強い怒りを抱いた。

 死んだからなんだ。

 身体はなくとも意思はある。

 だったらこの思いだけは忘れない。

 絶対、許さない。

 俺の思考が憎悪に塗り潰された時。


「やあ」


 目の前にリーシュが現れた。


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