表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/183

幕間 剣崎円花と勇者一行

 

「――はっ、はっ、はっ!」


 肺が苦しい。

 ここまで走りづめだったから。

 深更、森の中、ボクの息遣いだけが響いている。

 国境を何とか超えたのはいいけれど、このままだと捕まるかもしれない。

 あいつらはボクを見逃しはしないだろう。


「あっ!」


 何かに蹴躓き、地面に倒れ込んだ。

 運動神経が鈍いボクでは受け身がとれなかった。

 腕をクッションにしたけど、肘をすりむいてしまう。

 痛い。

 なんでこんな目に合わないといけないんだ。

 弱気になりそうになる。

 目頭が熱くなって、泣きそうになった

 しっかりしろ剣崎円花けんざきまどか

 ボクは頬を叩き、立ち上がる。


 逃げないと。

 捕まったらどうなるか。

 もしかしたら牢屋に入れられて飼い殺しにされるかもしれない。

 ボクの力は戦いに向いていない。

 ボクを効率的に使うなら、自由にさせる必要はないんだ。

 走る。

 もう身体中がボロボロだ。

 無駄に高いローブも宝の持ち腐れだ。

 道を見失った。

 方向はどっちだろう。


「しょ、照合」


 言葉と共に、手元に現れた『アカシャの記憶書』が、自然に頁をパラパラと捲る。

 『南南西方向に存在』

 浮かび上がった文字を読み取った瞬間、記憶書から光の筋が浮かぶ。


「あ、あっちか」


 ボクは光の方向に向けて、再び走り始める。

 急がないと。

 どうにか見つけて知らせないと。

 危険を。

 助けて貰わないと。

 ボク一人じゃどうしようもない。

 ザザッと草木を分ける音が聞こえる。

 咄嗟に茂みに隠れた。


 動物?

 奴らかも知れない。

 慎重に移動しないと。

 見つかったら逃げる手段はない。

 しかし、ボクはその場から動けなくなった。

 何も観測していない。

 なのに、身体が動かなかった。

 動いてはいけない。

 けれどそれは何の合理性もない、ただの直感だ。

 どうする?

 アカシャに聞く?

 でも、今は音を出さない方がいい気がする。

 心臓がうるさい。

 汗が全身に滲んだ。

 喉が一気に乾く。

 ボクは固唾を飲んで見守った。


「いたか?」

「いいえ、いないわねぇ」


 思わず肩が震えそうになった。

 なぜなら声がすぐ横で聞こえたからだ。

 気配らしきものはなかった。

 あの『淫乱魔術師』の隠密魔術に違いない。

 けれど追尾の類の魔術はないはずだ。

 大丈夫。

 動かなければ見つからない。

 突如として、火が灯る。

 周囲が照らされ、視界が広がってしまう。

 しかしボクの場所からでは相手の姿は見えない。

 ということは相手も見えないということ。

 落ち着くんだ。

 茂みの隙間からこっそり覗くと奴らの姿が見えた。


「ったくよ、面倒だな」


 高品質の鎧を纏った『オーガスの勇者、長府和也ちょうふかずや』だ。

 最初の頃と違って、今では戦士の風格がある。


「そうですねぇ、あらあら、困ったわねぇ。

 これじゃまた勇王ゆうおう様に怒られちゃうわぁ」


 同じく転移者の小倉凛奈こくらりんな

 胸の大きさ以外の特徴と言えば、おっとりとしているところ。

 しかし、性格は冷淡で情けがない。

 それに彼女の能力は厄介だ。見つかったらまず逃げられない。


「まあまあ、どうせすぐに捕まるわよ。あの子、大した力はないんだから」


 江古田沙理えこださりの声が聞こえた。

 胸の大きさは小倉凛奈には劣るがスタイルはいい。

 小倉同様に、簡単な鎧と、やや豪奢な欧州風の衣服を着ている。


「そもそもあなたが逃がすからでしょう?」


 そして勇者ハーレム隊の筆頭、淫乱魔術師ことカタリナ。

 魔術師の癖に野暮ったいローブを着ていない。

 高い服を着ており、魔術師よりは踊り子みたいだ。

 彼女は、江古田に剣呑な言葉を投げかけた。


「何、私が悪いっていうの?」

「聞こえませんでした? そう言ってるんですよ?」

「あ、あなた、死にたいみたいね」

「どうぞ? その代わり、こんがり焼いて差し上げます。

 無駄な脂肪だらけですから、オーク辺りが美味しく頂くでしょうね」


 いつもの喧嘩が始まった。

 馬鹿らしい。

 あの中に、一瞬でも自分がいたと思うと、寒気がしてしょうがない。

 今は、清々している。

 ハーレム要員から脱出したかったという理由もあるけど、大きな問題はそこじゃない。


「おい、二人とも! いい加減にしろよ。任務中だろうが」

「……ごめんなさい」

「……すみません」


 またいつも通りに長府が仲介した。

 言動こそ真面目だが、内実は違う。

 任務中なのに宿屋でパコパコしてるじゃないですか。

 勇者ならぬ性者でしょ。

 毎日毎日、事あるごとに、なくても交わって。

 知ってるんですよ、ボクは。

 というかわざと聞かせるように声出させたりしてたよね?

 思い出した。

 吐きそう。


「とにかく、近くの街に行くぞ。宿をとらないと」


 そしてまた酒池肉林なんですね、わかります。

 テンプレハーレム勇者様は死んでください、お願いします。

 4Pとか難易度高いですね。

 一体どうやってどうやるんでしょうね。

 知りたくもないけれど。

 どんだけ絶倫なのさ。

 やるなら草むらで動物のごとき振る舞いでしてください。

 女共は全員、黄色い声を上げて長府に纏わりついていた。

 どうせなら一生、肉欲に溺れていればいいのに。

 唾棄すべき光景を脳内から消去していると、勇者達が去って行った。

 あんな最低な人種共でも一応はオーガス勇王から認められた勇者。

 金を持ち逃げした金山を追いかける最中、ボクは沼田君と辺見君と一緒だった。

 けれど途中で逸れて、ボクは長府達と合流したんだ。

 そして迫るエシュト皇国の兵士から逃れた。

 何とか国境を超え、オーガスに入ると捕縛されたんだ。

 牢屋に入れられたりはせず、思ったよりは好待遇だった。

 異世界人だからという理由で迎えられて、お飾りな勇者となると思われていたみたい。

 しかし実際、長府達は実力を見せつけ、公私共に勇者と認定された。

 そこまではまだよかった……。

 物思いに耽るのは、今はやめておこう。


 とにかく、奴らから離れないと。

 ボクは音を鳴らさないように、その場から去った。

 早く。

 結城八重さんを見つけないと。

 異世界人の中で、唯一彼女だけがまともで頼りになりそうに見えた。

 だって見ず知らずの女の子のために行動を共にしていたんだから。

 自分のことしか考えていなかったボクが、彼女を頼るなんて虫が良いとは思う。

 けれど他に頼る人はいない。

 他の連中はダメだ。

 信用できない。

 ボクは慎重に森を進んだ。

 一縷の望みに縋りながら。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
同時連載中。下のタイトルをクリックで作品ページに飛べます。
『マジック・メイカー -異世界魔法の作り方-』

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ