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妹ですみません  作者: 九重 木春
ー腐女子街道編ー
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2 兄の努力

「その用事は来週じゃ駄目なの?」

「無理です」


「誰とどこに行くの、相手は男じゃないよね?」

「一人で行くんです。絶対についてこないで下さいね」


 引き止めようとした俺の手を振り払って悠子ちゃんは家を飛び出していった。バタンと閉じた扉に俺は片手をついて項垂れた。


 今日は楽しみにしていた日曜日、悠子ちゃんが気になると話していたケーキの美味しい喫茶店に一緒に行こうって誘おうと思っていたのに……。俺はリビングに移動してドスンとソファに腰を落とした。


 オカシイ。俺の計画では車の免許も取ったから、これからは悠子ちゃんを連れて色々な所に出掛けて、毎週のようにデートが出来るはずだったんだけど、悠子ちゃんは殊の外忙しそうにしている。


 今日も何処へ行ったのやら、行き先を告げずに出掛けてしまった。


 ――そのくらい、教えてくれてもいいんじゃないの?


 帰ってくるといつも大きな手提げを手に持って帰ってくるから、何処かに買い物に出掛けてるんだろうけど……。そこまで秘密にする程のことなのか甚だ疑問だ。


 やっぱり、バイトを許したのが問題だったのかもしれない。バイトの面接に受かったから来週から出勤すると悠子ちゃんからメールで事後報告があった時、俺は猛反対した。バイト先で教育指導というセクハラをされたり、帰りは痴漢に遭うかもしれない。考えただけでも恐ろしかった。けど妃さんに、


『和泉君、悠子のバイトを許してやって。高校生の内に社会経験を積んでおくのも大切なことよ、将来の為にもなるわ。和泉君は優しいお兄さんだから、悠子の可能性を握りつぶしたりはしないわよね』


 と諭されるように言われたら頷くしかなかった。


 夕方から夜まで四時間のシフトで週五日。つまり一週間で二十時間、一年で千と四十時間、悠子ちゃんと一緒にいる時間が減る計算になる。――人生の損失だ。

 今年、弟の豊が生まれてからはバイトの日数を減らしてくれたけど、それでも俺は足りないと感じた。





 出掛けてしまった悠子ちゃんを連れ戻すことは出来ない。今日はケーキ屋さんに誘うのは諦めて、夕飯を作って悠子ちゃんを待っていよう。俺はソファから立ち上がって、台所に向かった。


 冷蔵庫の中を覗いて材料をチェックした後、食器棚の引き出しから悠子ちゃん作の料理ノートを取り出した。


 最近、俺は料理を練習していて、その様子を見ていた悠子ちゃんが昔に書いた料理ノートを貸してくれたのだ。そこには材料の分量や作り方と共にコツや失敗談が付け加えられていて、悠子ちゃんの幼い頃の努力を垣間見ることが出来る。 


 悠子ちゃんは俺より三歳年下なのにしっかりしていて、家事に関してはパーフェクト。それに比べて俺はと言えば、てんで役立たずだ。炊飯器の使い方も知らなかった俺に悠子ちゃんは目を丸くして驚いていた。


「さすがセレブ……」


 ってあの呟きは誉め言葉ではなかった。俺は悠子ちゃんの家族なのだから、そんな遠い人を見るような目で見て欲しくない。


 悠子ちゃんの隣に立てる兄になりたい。目標を決めた俺は十八になって家事の勉強を始めた。料理の他にも、妃さんに洗濯に掃除、豊のお風呂の入れ方まで聞いて、悠子ちゃんのいない時間に頑張っている。俺に出来ることは全てやりたかった。


 ノートをめくってメニューが決まった俺は冷蔵庫から卵を取り出し、ボウルの中に割り入れた。お箸でカシャカシャ卵を混ぜながら、ノートに書いてある手順を復習する。


 自分の作った料理が悠子ちゃんの血となり、肉となる。そう思うと心が満たされていく。俺は卵焼き器の上でパタパタと卵を巻きながら、悠子ちゃんの帰りを楽しみに待った。






「た、ただいまー」

 夕飯を作り終えてリビングでのんびりしていた俺は、その声を聞いてすぐさま玄関に走っていった。


「おかえり、悠子ちゃん!」

「ぎゃあっ」


 数時間ぶりの悠子ちゃんを両手で抱きしめようとしたらサッと避けられた。未だに悠子ちゃんはスキンシップに慣れてくれない。奥ゆかしいところも好きだけれど、もう少し打ち解けてくれてもいいと思う。


「悠子ちゃんがいないから寂しかったんだよ。――で、どこに行ってたの?」

 俺が尋ねると悠子ちゃんの瞳が左右に泳いだ。


「ほ、本屋ですよ。都会の本屋は品揃えがとてもいいんです」

「先週はCD屋さん、今週は本屋、どちらも俺が一緒に行っても良かったよね」

「良くないです!」

 一刀両断、悠子ちゃんはばっさりと言い放った。


「私は子供じゃないんです。一人で出掛けたっていいじゃないですか……」

「悠子ちゃんに限っては子供とか大人とか関係ない。むしろ年を重ねるごとに気を付けて貰わないと」


 身長は変わらないけど、三年前より髪が伸びて少しずつ丸み帯びた体になっていく様を傍で見ている俺としては悩ましい問題だった。子供だった悠子ちゃんが大人の女性に成長していく。瞬きするごとに悠子ちゃんが可愛くなっていくのだから、いくら警戒してもし足りない。


 悠子ちゃんの足元にある手提げ袋に気付いて、俺は手を伸ばした。


「本、随分沢山買ったんだね。重そうだから荷物、俺が持つよ」

 あと少しで手持ちの部分に触れそうになった瞬間、悠子ちゃんはがしっと掴んでその袋を胸に抱き上げた。


「大丈夫です!!まったく、全然重くないですから! 和泉さんは手を出さないで下さい!」


 悠子ちゃんは顔色を悪くしてブンブンと首を横に振る。


 何でそこまで拒否するの? お兄ちゃんは私の私物には触らないでってこと!? 俺はもう洗濯物を一緒に洗わないでとか言われちゃうわけ……?

 

 冷たい態度にショックを受けていると、悠子ちゃんは俺を置いて階段を駆け上がって行った。


 親切のつもりで持つよって言ったんだけど、何故か厚意が空回りしてしまう。まるで親が再婚したばかりの頃の悠子ちゃんに逆戻りしてしまったように感じた。俺は悲しみの淵に沈みながらソファに座って丸くなった。
















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