第36話 推理の構成 (葵紀ノ未)
鬱蒼とした森の中を駆け、大木の影に身をひそめた。そっと周囲を見回すが、黒装束を含めて誰もいない。上がる息を落ち着けようとしながらも、思考が焦らせる。
(どうする? どうすればいい?)
存在を知っていても、いつ・どのようにすれば現れるのか。
考えてもわからない……正陽は投げやりに叫んだ。
「飴! 好きなの買うから! いくつでも好きなやつ、選んでいいから!」
「ほんと?」
「ああ、絶対に!」
ふと我に返り、自棄な叫びに返事が得られたことを不思議に思う。視界の端で揺れた白い布をはっきりと視界に入れる。
「いちごミ」
「来た?!」
言外に「なぜ貴様は遮る?」と告げるのは白いワンピース姿の少女。彼女を視界にとらえながら両手で口元を押さえた。
「呼んだの、せーよーでしょ? 帰ったほうがいいの?」
「いや、そうじゃなくて。本当、驚いただけ。ちゃんと来てほしかった!!」
賄賂の代わりにポケットに入れていた飴を差し出した。嬉しそうに受け取る少女に、先日君がくれたやつだけど、と内心で独り言ちた。
「じゃあね、あのね、いちごミルクがいいな」
「え? ああ、飴ね。わかった。明日くらいに買うから」
「ぜったいだからね?」
「もちろん! だから暴走するナツ派をどうにかしてくれ!」
「ダメだよ」
「でも」
「ナツは例外だって言ってるじゃん。それに、わたしができるのは未来予知に近いことだってお話したよねー?」
真剣に聞いてもらえていない焦燥を抱えきれず、宙を漂う背中に訴える。
「それは知ってる。だけど、君だって執筆者のひとりなんだろう?!」
少女が肩を震わせる。長い長い沈黙の末、ゆっくり振り返った。
「だから、できないって言っているの」
「東夜華鈴を殺した犯人を指摘できても?」
ため息を飲み込むそぶりを見せると、左腕で空気を薙いだ。途端、周囲に白い壁が構築されていく。
「これは……」
「即席だけど、他の執筆者には聞かれたくない内容はこの『考察空間』ならごまかせる」
「考察空間……?」
「執筆者が読者にだけ明かす内容を公表できる空間だよ。事実と断定しない限り、あくまで登場人物の想像内のこと。セリフでも地の文でもない文章を綴ることができるの」
三六〇度を見渡す。どこか異空間へ連れてこられたような心細さ、フィクションでしかおこりえないと思っていた事象が、今、自分に起きている――正陽を動揺させるには十分だった。
「さて」
先ほどまでの幼い声色から一転、落ち着いた声に振り向いた。
どこかの制服だろうか、ワイシャツに黒のパンツを身にまとう姿は東夜鈴より若干年下に見えた。
「あなたの推理を聞かせてくれる?」
「君は……? えっと、さっきの神さまってどこに行ったの?」
「あれ? もう年下扱いされる感じではないと思いますよ?」
「はい?」
「わたしが葵紀ノ未です。空間維持のためであればこの姿のほうが消耗が少ないので。ところで、南見さん。高校生ですよね? わたしこれでも成人しているのですが……」
「あ、すみません。中学生かと…………すみません、すみません。違うんです、すみません」
「いえ。敬語を使うようにとは言いませんよ。諦めも大切だと存じ上げていますから」
「すみません」
「ええっと、あまり謝られるとさすがに惨めなのでちょっとやめてくださいね」
「ああ、すみ」
「わたし、怒れますよ?」
「あの……はい」
「話を変えましょう。今年、昨年度とも言いますが、転校する数カ月前にこの地へいらしていますよね?」
「え? ああ、うん。二月に、親戚の七回忌でちょっと」
「ちょうどその日、東夜鈴は自動車事故に遭いかけました」
「えっ?! 大丈夫だったんですか? 怪我とか、何か」
「ええ、もちろん。彼女にはナツの加護がありますから、奇跡の力で突進してくる車が上下逆さになり助かりました」
「奇跡……」
「そのとき、鈴は推測してしまったのです。その後、わざと階段から転げ落ちようとするなどして自身を使って実験しながら確信に至りました。自分が何かによって守られているのだと。そして、華鈴が亡くなる直前に北川脩介や葵校長との濃い交流や違和感から姉の死には自分が関わっているのではないかと想像するに至りました」
「東夜さんが悪いわけじゃないし、それは、あの、ナツのことを何となく知っているので想像はつくんですけど、なぜ僕にその話を?」
「いや。なんか、待っていた方がいいかなって」
「はい?」
「覚えていませんか? 七回忌の際、暇を持て余して周辺を散策したときうずくまる女の子に大丈夫かと声を掛けましたよね? これは、問題ないと答えをもらいながら立ち去らない様子だったことを不思議に思った女の子にたずねられたときの、あなたの答えです」
正直、当時のことは記憶にない。だが、言った可能性は高い。倒れている人がいたら、とりあえず声をかけるのは最近に始まったことではないからだ。一方、その言葉を礼拝堂で彼女に言ったことは覚えている。そのとき、たしかに驚いた彼女の様子も。
「確信したわけではないものの、あのときの少年があなただと思った鈴は、『青博館高等学校の秘密は誰にも語ってはならない』と伝えました。北川脩介に、華鈴はその秘密に触れようとして命を落としたと聞かされていたため、親切なあなたへ伝えずにはいられなかったんです」
指をパチンと鳴らすと、空間が礼拝堂に切り替わる。ふたりは通路に立っていた。両サイドに木製の椅子が配置された真ん中の通路――そばの椅子に触れてわかった。高い天井も内装も、正陽が数カ月ほど世話になったものそのものである。
「東夜華鈴の死の真相を解明できれば、あなたの状況は良くなります」
「本当に?」
「ナツ派の工作で事故扱いされている彼女の死。事故でなければ都合が悪いから、そのように工作した。ナツ派にとって、殺人でも自殺でもあってはならなかったんです。それを、今、あなたは殺人だと証明できるとしましょう。この世界の人間すべてがナツ派ではないのですから、告発することは可能です」
「告発?」
「向こうに弱みやルールが無ければもっと節操ない行動が目立つものです」
両手を二度鳴らすと、ひとりの少女が通路に横たわる。正陽は思わず後ずさり、見つめた。
全身を床に放り出している。
脱げたローファー。
青博館高等学校の制服を若干乱す。
その足元には、バナナの皮。
長い髪が散って。
繊細な睫毛に彩られながらも、閉じられた瞳。
生気を持たないその顔――明確に、ある少女の面影を見た。
「ポイントは」と言いながら葵紀ノ未は再度、手を鳴らした。
「うわっ?!」
少女はぱっと目を見開いた。すくりと体を起こすとローファーに手を伸ばす。正陽が動き出した肢体から目を離せずにいると
「殺人である事実を隠すためナツ派の実行者は真実を蔑ろにしたことです。ですから、告発を切り札に勢いを削いだり行動を制限したりする交渉はできるでしょう?」
「でも、本当の黒幕を抑えなければ無意味じゃ……」
「ナツ派はナツの盲信者です。ナツに都合の良い行動をすることで自身にもメリットがあると信じている。ならば、メリットがないことを示せばいい。実行者を生贄にするか否か。生贄にするなら、メリットがデメリットを上回るのでナツ派を瓦解させるきっかけを作れるかもしれない。生贄にしないならば、ナツ派は実行者を守るためにコストを割く。なので第三者の介入にまで意識を割くことが難しいので、次の接触までにナツ派を崩壊させる方法を見出せればいいだけです」
「だけって……」
「どちらにしろ、ナツ派を瓦解させることは出来ます」
正陽は腕を組むと文句を飲み込んだ。焦りを抑えて建設的な話し合いを試みる。
「わかりました。それで、ナツ派を抑えることに成功するから何だって言うんです?」
「あ。お伝えしていませんでしたね、すみません。端的に申し上げると、この小説を完結させることができます。執筆者の意志とこの世界を切り離せるのです。ああ、ご心配なく。小説が完結してもこの世界は終わりません。ただ読者への情報共有が断たれるのみですから」
「つまり、なんか、パラレルワールド……みたいな?」
「わたしを執筆者って言ったのに、この世界が小説だと認めていないんですか?」
「……」
「この小説の始まりは、二〇八八年の夏。主催者が第一話目を投稿したことで始まった。二〇九七年一月の今はもう三万話に到達しそうなほど話数が膨れ上がっています。一〇〇〇文字から三〇〇〇文字、これだけあれば執筆者は何でもできますから。矛盾なく時を遡ることも、登場人物のひとりに恋することも……。わたしたち六人は何度も完結を試みました。それでも、小説を書くものとして中途半端な終わり方を許すことができなかったから。ちょうど真ん中である四人目が終わらせる気が無かったから。事態を重く見た主催者が文字数制限を一万文字にまで引き上げても、恥ずかしながら、このざまです。
現在では、やがてナツは多大な御利益を東夜家の人間に授けたことにして次女・鈴の人生すべてを手中に収めた。長女・華鈴は妹の運命を嘆き、ひとり逆らおうとして、命を落としたというストーリーです」
神様は正陽をまっすぐ見つめた。
「あなたが礼拝堂で初めて東夜鈴と対面した日、彼女はなぜ『悲愴』を吹いていたのか、なぜ一生懸命に音楽の話をしたか。何を言い淀み、なぜ困ったような笑みを浮かべたか。
推理小説がお好きなら、なんて。都合がいいですよね。
すべてこの言葉に集約される内容、ようするに何を伝えたかったのか。今のあなたにならわかりますよね?」
自然と制服の少女へ視線が集まる。
東夜華鈴は葵神と並ぶと背は高く見えるが、実際、一七〇はある正陽の肩ほどしかない。
目が合うと、にっこり微笑んだ。鈴とはまた違う、どこか華やかな笑顔。
「……」
生きていたのだ。
六年前、この学校の生徒のひとりとして生きていた。当たり前のようで、どこか実感が無かったその事実――両手を握りしめて向き合う。妹を守ろうとして、亡くなった。勇敢で健気な少女。小説の中だろうと関係ない。ひとりの少女が、六年前、ここで遺体で発見されたのだ。
彼女の尊い意志を事故死で上書きしたままで良いわけがない。
「あなたの推理のために情報を整理するね」
葵紀ノ未神はタイミング良く話を再開した。
「彼女は東夜華鈴。この事件の被害者であり、当時十八歳・高校三年生だった。発見したのは朝のミサのための用意をしに来た教師さんが礼拝堂の鍵を開けて足を踏み入れたとき。彼女は一昨年、残念ながら持病で亡くなっているから詳細を聞くことは出来ないけれど、生前の彼女によると制服姿で倒れているところを発見したとのこと。華鈴は、そのときはすでに死後硬直が全身に及んでいたからその教師が犯人で第一発見者である可能性は除外できますよ」
「待って、死後硬直って言葉は知ってるけれど詳細は知らない」
「六月ってこともあって死後六時間から八時間と判断されたんじゃなかったかな」
「それを判断するのって、検死する人だよね? その人がナツ派の人間だった可能性は?」
「この世界に存在する人間すべてがナツ派でないなら、真実に反することを事実にするためにした行動によって矛盾が生じたかもしれないよね。とりあえず、判断するのはわたしがすべての情報を開示した後にしようね。推理小説の基本でしょう?」
「……はい」
「では、続きを。華鈴の体格はおおよそ一五三センチ、四五キロ。今の東夜鈴と大して変わらないくらいですよね?」
「なんでクエスチョンマークつくの?」
「膝枕してもらったならわかるかと思いまして」
「なっ……んで掘り返すんですか!」
「えへへ、からかわれすぎるとからかう側に回りたくものでね。まあ、憂さ晴らしとか八つ当たりとか、そんな感じです。悪意はあります」
「謝る気あります?」
「若干?」
楽しそうにおどけてみせる神様にたいし、わざとらしくため息をついてみせた。なおもニコニコしていたので諦めて話題を変えた。
「殴ったら死ぬのか、頭をぶつけたら死ぬのか。以前の問いの答えはどちらも否です。脳への衝撃で亡くなったことは疑いようがないけれど、殴られたのか、頭をぶつけたのか断定することは出来ない」
被害者は、後頭部の坐礁により亡くなった。前から突き飛ばしたか、背後から近づいて殴打したか。そうなると、礼拝堂にてバナナの皮に足を滑らせ椅子に頭をぶつけた――この前提さえ怪しい。もしかしたら、殺害場所は礼拝堂ではないのかもしれない。いや、離れた場所から小柄とはいえ人間一人を運ぶのだ。困難だろう。
「じゃあ、『緋色の研究』は……?」
「わぁ、覚えていてくれたのですね。本当に期待してよろしいでしょうか?」
「さあね。それで、あれは伏線?」
へー、そっか。で。なんでせーよーがその本持ってるの?
図書館で借りただけだけど
こじろーのじゃないの?
正陽が俎上にあげたのは、このやりとりである。
「んー、そもそもこの姿を見せるつもりは毛頭なかったんです。気づいてくれたら良いなぁ程度のつぶやきです。明かしてしまうと、先代の脩介が編み出した葵校長と怪しまれずやり取りするための方法ですよ。詳細は興味無いので存じ上げませんが、当該書籍を使用します。ほら、同学年で幼馴染の修介と華鈴が両家を行き来することは、一生徒と校長が頻繁に会って話すこととは違うでしょう?」
「先代? 待って、先代って影の校長? それに、脩介さんって涼介のお兄さんだったり……?」
「ええ、こじろーは葵小次郎校長のことであり、じゃないほうである吉岡さんは七代目影の校長。華鈴が協力を仰いだのは、当時五代目の北川脩介ですよ」
「じゃあ、えっと、『帰宅命令』は一体……」
「『帰宅命令』は表の校長である葵校長が発令するもので、一五年前の東夜鈴の生誕直後が初、六年前の東夜華鈴の命日が最後の発令でした。先日のものは、ナツ派の不穏な行動を察知したので念のため発令したようです。
発令の目的はもちろん、ナツ派の暴走によって非ナツ派への被害を抑えるためです。ナツ派がどこに潜んでいるかわからない以上、不用意に刺激することは避ける必要がありますから『帰宅命令』と言って、一見、ナツ派と影の校長側の対立から遠ざかっている印象を与えています。一般の生徒は何も概要を知りませんよ、きっと」
「概要を知らないのに、ミラー先生とジョリーは存在を知っていて僕らを早く帰そうとした。ふたりは影の校長側……いや、ミラー先生は詳しくは知らないって」
「非ナツ派の人間、または、ナツ派かつ影の校長について知らない人間は、『帰宅命令』の存在を知っていても、実際、何か知らないことがわかりましたね。では、ナツ派であり影の校長について知っている人間は、どのような立ち位置を取るでしょう?」
「まず、僕が影の校長と接触するのは避けたいはずです。ナツ以外の執筆者によってこの学校へ転校することになったなら、ナツにとって不都合が生じる可能性が高い。影の校長によって僕がどうするべきか教えられたなら、不都合はほぼ必然に変わりかねないから。実際、松林警部は僕を吉岡の元まで送ってくれるはずだったのに、よくわからないところへ連れて来た」
「そうですね。では、あなたが現・影の校長である吉岡義雄とふたりきりになった前後でおかしな行動をとった人間はいますか?」
「それは……」
ミラー先生に呼び止められ、校門で彼と別れた。彼女から『帰宅命令』と東夜華鈴の死に概要について聞いた直後、東夜鈴に会いたくなり礼拝堂へ赴くとそこにいたのは吉岡だった。吉岡が意味深なことを言い残して礼拝堂を去ると、すぐに彼は息を弾ませながらも礼拝堂へ小走りでやってきた。
理由を尋ねると、彼は何と答えただろう。そうだ、適当に笑い飛ばされたのだ。
『帰宅命令』については時系列的にミラー先生からきいたのだと推測できるとしても、彼はそれ以上の情報は明かさなかった。明らかにそれ以上の情報を持っていたにもかかわらず。
正陽の身を案じているようでありながら、その実、重要なところで分かれて行動したかと思うと親身になってくれたり急いで現れたり……――。
ここまで導き出されると、何でもないような「いや、別に」まで怪しく思えてしまう。礼拝堂に放火したのが自分側の人間だと知っていたから、深く切り込まなかったのではないか、と。ピラール牧師殺害時、正陽のアリバイを証明できる彼は、反面、彼のアリバイを証明できるのは正陽である。もし、ナツ派でピラール殺害を実行し、正陽を犯人としようと嘘の目撃証言がされたなら、ここで行き違いがあったのではないだろうか。
「でも、礼拝堂の隠し階段下のワインについては本当に驚いていた。あれは演技じゃあないと思う」
「それについては、本当に知らなかったのかもしれませんね。その後、あなたがバナナの皮におぼれたように、あのワインは超常的な力によって出現したのかもしれません」
「じゃあ、本物のナツの仕業ってこと?」
「何もないところからバナナの皮を五六二個も出現させるって、人間業です?」
「いいえ、違います」
妙にストンと納得のいく理由を出されたので食い気味に同意してしまった。正陽は、今一度、沈思黙考することにした。自身の行動と推理を振り返る。『緋色の研究』について片栗粉で指紋を確認しようとしたのは、朝のミサで吉岡に当該書籍を貸したりその日の放課後に東夜鈴が手渡してくれたりしたことに由来する。指紋の数が少ない気がしたが、そこまで鮮明に確かめることは出来なかった。誰かが自分の貸出期間内に、知らないところで『緋色の研究』に触れた可能性があれば、推理の役に立てられると思ったが、無駄に終わってしまった。ミラー先生に靴の鑑定を頼んだのは、実行者が被害者の靴を履いた可能性があるので実行者の痕跡を検出できないか確認したり被害者の殺害場所を断定したりするため。前者は言わずもがな、後者は靴から検出される土や物質が多く検出されたら最後に彼女が歩いた場所を推測できる。そこから、犯人が遺体を運んだのか、生きている彼女が自分で歩いたのか判断できるのではないかと考えた。
思考を整理しようとすると、不意に通学路の情景が浮かんだ。前の推測では、実行者は当時、被害者と体格が近いと考えたが……
「水路と川だ」
「と言いますと?」
通学路。そこには、田んぼが新緑の丘の方まで続く。足元の水路を流れる清らかな水。学校の近くには、堀の下を流れている清涼な川。その水は、人気のない庭には噴水へ続いているだろう。噴水へとつながっている水路の付近に、水車。
長い長い水の通り道があるのだ。
そして、その終着点には――陰鬱な雰囲気を醸し出しながら空を突き刺すようにそびえる、荘厳な礼拝堂。
「礼拝堂ではない場所で被害者を殺害したとき、体格が近いなら運ぶのは一苦労だと思ったけれど、学校の水路へ続く用水路と川を利用すれば小柄な被害者を濡らさず礼拝堂へ運ぶことは可能だ。ビニールなどで保護したうえで、水に手伝ってもらえばいいんだから。
日光があれば、東夜さんが言っていたように校舎から礼拝堂の扉の開閉がわかるし、それに」
「はーい、暴走ストップです。遺体の運搬については言うことありません。ただ、発見は午前七時前後、その時点で死亡から六時間は経過していました。犯行は深夜です。なぜわざわざ人々が動き出すころになってから行動を再開した理由がわかりません。礼拝堂の扉の開閉を確認した証人を探そうにも、それ以前に、礼拝堂は前日に用務員さんが鍵をかけてからずっと密室でしたよ?」
「思ったよりしっかりした反論ですね」
「成人ですから」
「でしたら、礼拝堂の密室については……吉岡に協力を仰いでみます」
「賢明ですね」
その言葉とともに、礼拝堂が闇にぼやけて、真っ暗。
「さて、誰が東夜華鈴を殺したでしょう?」
声だけが響いた。
ねえ、――! 待って、責めているわけじゃないの。ちゃんとわかってる。鈴のためだって、そう言われて情報を渡しちゃったんでしょう? お願い、どんなことを伝えたのか教えてほしいだけ、対策をたてたいの。私だって鈴を守りたい。あの子の人生はあの子のもの、ナツや両親が勝手に扱っていいわけが…………もう泣かないで。――に悪気が無かったことは知っているから。脩介もちゃんとわかってくれるよ
いつの間にか、正陽は陰鬱な森の中で立ち尽くしていた。
遠くで、否、姿は見えないがたしかに自分の名前が呼ばれている。周囲を見渡す。
「言ったでしょう? わたしができるのは未来予知に近いこと。正確には、複雑な願いや道理に反する内容を決めることはできないけれど、単純な未来を決定できる」
宙を漂う、神様。7歳ほどの幼い容姿と相反する、大人びた笑み。
「連絡が途絶えればきっと探す。物理的に距離が近ければ、もしかしたら見つけてもらえるかもしれないよね?」
瞬きした次の瞬間、もうその姿は無かった。まるで、Aが消えたときのように。
「南見くん?! 本当にいた?!」
「西荻さん……」
「おーい、いたよ! みんな、こっち!! まってね、葵校長には遠くを探してもらってるから、連絡をしとかないと――」




