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ミステリーリレー小説2021『名探偵ミナミ・セイヨウの誕生』  作者: ミステリーリレー小説2021「学園ドラマ×ミステリー」参加者一同
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第32話 模倣犯と背理法 (若松ユウ)

 いくら神様から直々に犯人を捕まえろと言われても、警察関係者でもない善良な一般市民である南見正陽が法的に可能な手段は、現行犯逮捕しかない。

 しかも、真犯人はナツという人知を超えた能力を持つ存在とあっては、そう簡単に尻尾を出すとも考え難い。

 加えて、模倣犯と呼ぼうかコピーキャットと言おうか、ナツの犯行特徴を知る人物が手法を真似て捜査を(かく)乱させているらしい。


「……無茶振りにも程がある」


 思わず不満が漏れるくらいには、朝からフル稼働させられっぱなしの正陽の脳細胞は、ここまででかなり疲弊していた。

 捜査のプロである松林警部や、類稀(たぐいまれ)なる能力者で影の校長であると判明した吉岡に一任して、時が解決するのを待つという方法も無くはないだろう。

 だが、じっと手を(こまね)いていても周囲から向けられる好奇と侮蔑の(こも)った(えん)罪を晴らすのは手間であるし、返答次第では、むしろ事態を悪化させる虞さえある。それに、(あおい)紀ノ未なる神様が(もたら)した情報も、頭の片隅に引っ掛かっていた。

 正陽は、心理的にも身体的にも重い腰を上げざるを得なかった。


 とは言っても、学園内には監視の目が光る厳戒態勢が敷かれているし、物証を発見したところで、それを犯人に提示して訴追するという権限もない。

 以上のように常識の範囲内において正攻法で突破することが困難であることが明白であることから、正陽は外堀から埋めていき、徐々に本丸に居る関係者を(あぶ)り出す作戦を試みることにした。

 なんとなれば、消去法というか、背理法といおうか、たとえば高等数学でタンジェント1°が有理数であると仮定して、明らかに有理数ではないため無理数であると証明するように、推理も直感だけでは()色の真実には辿(たど)り着けないため、関係者が全員無実であると仮定して、最後まで矛盾が残る人物が犯人であるはずだと考えたのである。


  *


 さて。そうこうしているうちに、時刻は午後三時を過ぎた。

 二年A組でホームルームが終わった直後、ミラー女史の声で職員会議の集合を求める放送が入ったため、ジョリーこと常利は出席簿やカラーチョーク、地図帳や年表等を重ねて小脇に抱えると、急いで職員室へと向かって行った。

 これでは教職員に質問するのは難しいと考えた正陽は、先に同級生から当たってみることした。

 教室を見渡すと、いつの間にか廊下側最前席から吉岡の姿が無くなっており、いつも机の端に掛けているエナメルの肩掛け(かばん)も無い。

 普段なら目が合うなり擦り寄って来て、しつこいくらいに漫才同好会への入会を勧められるのに、こちらから知りたいことがある時には居ないのだから、自由勝手な奴だ。

 そんな風に正陽が心の中で嘆息しつつ、(かばん)に教科書やらルーズリーフやらを詰め込んでいると、涼介が陽気に声を掛けてきた。隣には、ピンクのリュックサックを背負った西荻(にしおぎ)の姿もある。心なしか、涼介と西荻の距離感が、以前に増して近付いている。

 

「よう。このあと、急ぎの用事はあるか? 用が無いなら、ちょっと俺の家に立ち寄って欲しいんだけどさ」

「昼休みに、北川君、お母さんから連絡があったみたいでね。ご近所さんからたくさん野菜をいただいたんだけど、とても家族だけでは食べ切れない量だから、お裾分けしたいんだって。ちょうど練習が休みだから私は行くけど、南見君は、どう?」

 

 西荻の補足説明を聞いた後、正陽は内心で(かも)(ねぎ)を背負って来たようなグッドタイミングだとガッツポーズをしつつ、表情には出さずに答えた。


「僕も行くよ。最近、おばさんが『野菜の値段が上がって困るわ』ってボヤいてたから、きっと喜ぶと思う」

「よーし、決まった! それじゃあ、一緒に帰ろうぜ」


 数分後、丘から続く用水路沿いの田舎道には、前籠と後ろ荷台に計三つの(かばん)を載せた自転車を押す正陽と、両手を頭の後ろで組んで車道側を歩く涼介、その間でオーガニックについて熱心に持論を展開する西荻の姿が見られたという。


  *


 北川家に到着すると、友人を誘って帰るよう指示した当の本人は不在であった。そして、代わりに別の人物が在宅していた。

 めいめい適当に荷物を置いて客間で座卓を囲んでいると、その人物が座布団を持って涼介の隣に座った。


「なんで兄ちゃんまで、こっち来るんだよ。二階に居ろよ」

「今を時めく西荻(にしおぎ)選手がいるってのに、ゴロゴロしていられるかってんだ」


 在宅していたのは、涼介の兄であった。笑った顔が涼介の母とは似ているが、涼介とはそれほど顔立ちが似ていない。減数分裂した染色体の内、異なる二本が()り合わさったのかもしれない。


「そもそも、なんで兄ちゃんが家に居るんだよ。ラボに(こも)ってなくて良いのか?」

「同じ屋根の下に居るのは、お前と血の(つな)がった兄弟だからだよ。たまには息抜きさせろ。象牙の塔を出て娑婆(しゃば)の空気を吸わないと、脳が薬学漬けになっちまう」

「字面が酷いな。やっぱ、大学は四年で出なきゃ駄目だ」

「好きで六年制に通ってるんだから、良いだろうが。まったく、高校生になってますます可愛げが無くなったな、涼介。昔は、お兄ちゃんと一緒が良いっつって、俺の後ろを引っ付いて歩いてた癖に」

「いつの話をしてんだよ! それで、母さんは?」

「実の母だよ。心配なら役所へ行って確かめて来い」

「このタイミングで血縁関係を聞く奴があるか! 回覧板でも渡しに行ったのか?」

「なんだ、外出先を聞いてたのか。お袋なら、茶菓子を買いに行くって張り切ってたぞ。途中で擦れ違わなかったのか?」

「ってことは、あと三十分は帰って来ないな。やれやれ」


 北川兄弟の掛け合いが一齣(ひとくさり)終わったあと、四人は涼介が冷蔵庫から出して来た麦茶を飲みつつ、涼介の兄が自室から持って来たトランプで大富豪をして待ち時間を潰していた。

 

「次、北川君のお兄さんの……」

「脩介。どっちも北川だから、俺のことは脩介、こいつは涼介って呼んでくれ。じゃないと、俺の頭がバグる」

「では、脩介さんと呼びます。次、脩介さんのターンです」

「うーん、どうしよっかなぁ。八切りとイレブンバック、どっちが良い?」

「僕的には、一度流してもらった方が……」

「おい、富豪。下々の民と共謀するな」

「都落ちが怖いんでしょう、涼介くん」

「さっき俺が革命起こしちゃったもんな。焦ってんだろう?」

「ちがっ。そんなんじゃねぇ!」


 和気藹々(あいあい)とお(しゃべ)りに興じながらゲームを進めていると、話題が学園を(にぎ)わせいる事件の(うわさ)に飛び、卒業アルバムを見たと知った脩介が、生前の東夜華鈴について話し始めた。


「東夜家とは、交流が深いんですね」

「まあ、広い意味でご近所さんだから、家族ぐるみの付き合いって奴さ。華鈴とはもちろん面識があったし、何度か家に遊びに行ったこともある。音楽的な才能に恵まてて、ピアノが上手な子だった。家の一階にピアノがあって、遊びに行くと調律の人が来てることもあったな。美人だったけど、それを鼻に掛けることなく誰にも好かれるようなタイプだったから、事故の訃報を聞いた時は驚いたよ」

「そうなんですね」

「まあ、もう六年も前のことだから、悲し涙はとっくに枯れてるけど、惜しい子を亡くしたなぁって残念に思う気持ちは、無いといえば(うそ)になる」 

「……感動物語に水を差すようで悪いが、さっきジョーカー上がり禁止って決めたよな?」

「ちっ、流されなかったか」


 どうやら、ここに集まっている三人は、六年前の事件は事故だと認識しているらしい。涼介はナツのことを知っている様子だったから、ひょっとしたら黒幕じゃないかと疑っていたんだが、読み違いだったのだろうか。

 少しずつ手札を減らしつつ、脳内で正陽が三人をシロと判断しようとした。すると、ちょうど同じタイミングで西荻のリュックサックから通知音が鳴り始めた。

 西荻は「あの音はコーチでも両親でもないから、急いで見なくて平気」と言った。だが、ピコッ、ピコッ、ピコッと立て続けに何度も鳴るため、涼介が「無視するにしても、送信相手くらいは確かめた方が良くないか?」と提案し、脩介と正陽も同調した。


「んもう、誰なのよ。しつこいなぁ……」


 ファスナーを開けてスマホを取り出すと、西荻は苛立たし気に画面を操作してメッセージを確かめた。そして数十秒後、西荻は「これ、悪戯かな?」と(いぶか)しげに涼介たちへトーク内容を提示した。

 送信者は吉岡で、文面は以下の通り。


  A組の大親友に告ぐ!

  今から義雄ちゃんは「お姫様」と愛の失楽園してきます

  デートの邪魔なんで捜さないでね

  これにてエンドレス「サマー」は閉店ガラガラ

  ネクストよしお’sヒントは最後の「ワイン」で「ご清算」だよ

  ラストは漫才同好会らしく喜劇で終わりたいよね

  だってツァラトゥストラは「神は死んだ」と語りき

  そんな「バナナ」と思うなかれ

  どうぞ皆さんお達者で♪

  

 文章の後には、古い山寺を背景に自撮りした吉岡の写真が送られている。


「こんな意味深な写真まで送りつけておいて、捜すなっていう方が無理があると思わない、涼介くん?」

「俺も、そう思う。でも、これはどこだろう?」

「微妙に手ブレしてるせいで、拡大してもお寺の名前が読めなさそう」


 三人が首を捻っていると、脩介がアッサリと答えを導き出した。


「これは、青山院博蓮(はくれん)寺だな。見切れてるのは、きっと(はす)の字の一部だろう」

「セイサンイン?」

「知らないのか? 青博館の語源になった場所だよ。江戸時代までゴセイサンさまと親しまれていたんだけど、明治期の神仏習合説に基づく廃仏毀釈運動で、一部の過激派青年によって本堂を取り壊されてしまったんだ。その後、時代は大正昭和になり、何度も修復計画が立てられては戦争や不況で立ち消えになるというのを繰り返した結果、現在では拝殿や社務所の一部が僅かに残るばかりとなっている、いわく付きのスポットさ」

「どこにあるんですか?」 

「国道へ出て、山側へずーっと登って行ったところさ。ここからだと、車を飛ばしても一時間以上かかる場所だな。麓までは国道沿いにバスが走ってるけど、本数が少ないから、もう終便が発車した後なんじゃないかな」


 脩介の説明を聞いた正陽は、だから吉岡は急いで帰ったのかと一人合点した。

 車で一時間以上ということは、徒歩や自転車では倍以上掛かることが容易に予想できる。今すぐに向かったとしても、帰りは深夜になりかねない。しかし、いくらふざけたメッセージだとしても、このままスルーしてしまうのは、なんとはなしに寝覚めが悪い。

 正陽、涼介、西荻の三人が額を合わせ、考えあぐねていると、玄関から涼介の母の陽気な声が聞こえてきた。


  *


 一方、正陽たちが帰って来た涼介の母から茶菓子を振舞われ、野菜の好き嫌いを聞かれている頃のこと。

 博蓮(はくれん)寺の境内にある(はす)池の畔では、ナツが憑依(ひょうい)したままの東夜鈴と、お調子者キャラを封印した吉岡が対峙(たいじ)していた。池の周囲には苔むした石灯篭(いしどうろう)が一つと、長らく(せん)定されていない松や柳が生えているばかりで、二人の他に人影は見当たらない。


「人生には、不条理だと思う場面が幾つもある。たとえば、病的な保護者に苦しめられたり、試験や試合で努力が実らなかったり、経済的な理由や身体的な事情で夢を諦めなくてはいけなかったり。特に青春期は、自分が思い描く理想と現実との差に葛藤し、自分の肉体的変化に戸惑って情緒が乱れ、遣る瀬無い憤怒や絶望を感じやすい時代である。中には一発逆転ホームランを勝ち取る人もいるだろうけど、そういうことが起きるのは非常に(まれ)で、多くの場合は空振りスリーアウトに終わる。だけど俺は、ファールやデッドボールになってでもチャンスを見逃さないようにしたいんだ」

「ちょっと何を言っているのか分からない」

「なら、可愛さ余って(かば)い続けるあまり、(ずる)賢い奴に名前を利用させている愚かな神様にも分かるよう、単刀直入に言おう。――東夜鈴に執着して暴走するのを辞めないなら、俺はこの手でお前の存在を消滅させてやる。欲求不満を抱えた不良共を(そその)して模倣犯をやらせたり、俺の大事な親友に(えん)罪を擦り付けたりした罰は重いぞ」

「はーっはっは。小僧一人で、一体何が出来るというんだ。笑わせるな!」


 東夜鈴の身体を借りたナツは、少女とは思えぬほど醜く眉間の(しわ)を寄せ、腹を抱えて大笑いした。すべてをナツの仕業だと思い込んでいる吉岡は、忌々しげにその姿を(にら)みつけつつ、応援の到着を待っていた。


  *


 人生にセーブポイントやリセットボタンがあれば、あの日あの時からやり直したい。夏の夕方というものは、どこかノスタルジーを引き起こすものなのかもしれない。

 片側一車線の国道を、帰宅ラッシュで渋滞している反対車線を尻目に快走しながら、松林警部は、ふと自身の学生時代のことを回想しそうになっていた。そして助手席にも、唐突な懐古趣味に走った原因が乗っている。


「急にお呼び立てして、すみません。警部にも、影の校長からのメッセージを見てほしくて」

「気にすることはない。こちらとしても、手掛かりが少なすぎて、どこから切り崩していいか突破口を探していたところだったからね。学園関係者への聞き込みや礼拝堂の検証は、部下や鑑識に任せておけば、そのうち何か有力な情報や証拠が見つかるだろう」


 遡ること十五分ほど前のこと。思ったよりお裾分けの量が多いことに困った西荻(にしおぎ)が、両親と通話して車で迎えに来るよう約束を取り付けているあいだに、正陽は親戚の家に帰りが遅くなると伝えてから、別れ際にコッソリ警部から渡されたメモに書かれた十一桁の番号に掛けていたのだ。

 

「しかし、予断を許さない状況であることには変わりないから、気を緩めないように。何せ、真犯人は誰も捕まっていないのだからね。そうだろう?」

「あっ、はい。気を付けます」


 二人を乗せたセダンは、穏やかな雰囲気の中にも一筋の緊張感が漂う空気と、段ボールに入れられた生鮮野菜を運びつつ、徐々にまばらになる人家と青々と直立する稲穂のあいだを風のように通り抜けていった。

 事件解決のチェックメイトまでは、あと数手に迫っている。先に王手を掛けるのは、果たして誰になるだろう。

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