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ミステリーリレー小説2021『名探偵ミナミ・セイヨウの誕生』  作者: ミステリーリレー小説2021「学園ドラマ×ミステリー」参加者一同
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第30話 本格始動 (羽野ゆず)

 薄暗くて狭い謹慎室を出ると、窓から廊下へと流れる斜光がやけに明るく感じられた。

 松林警部の計らいで開放された正陽はその明るさに目を細める。


(なんだったんだろう、あの松林とかいう警部は……)


 溢れ出る自信と、不思議なカリスマ性。すべてを話さざるを得なかった。結果、とても信じがたい憶測を聞かされることになったのだけど。


「吉岡ってあの吉岡だよな……影の校長って、マジかよ」


 よりによって、あのお調子者が、影の校長――。

 すべてが非現実じみていて、吉岡お得意の漫才ネタではないかと疑いたくなるほどだ。


「くそっ……! なんなんだよ」


 朝から起こった出来事を振り返り、悪態を吐く。なんて日だろう。

 わけのわからない悪夢から目覚め、勢いのまま東夜鈴に告白し、刑事たちに尋問された。これだけでも十分なのに、目の前で服を脱ぎ悲鳴を上げた鈴。そして、謹慎室へ連行され……


(はめられたんだろうか、僕は……東夜鈴に)


 客観的に考えると、そうとしか思えない現実に正陽は打ちのめされる。回想するだけで胸が苦しくなった。

 でも、どうして彼女があんなことを? 特別な好意を持たれているかは不明だが、少なくとも、嫌われてはいないと思っていたのに。


「……それに、僕のことを『あなた』って呼んだ。『南見先輩』じゃなくって。雰囲気もいつもと違っていたし」


『君の知り合いの中に、ある時から、言動が極端に変わってしまった人物はいなかったかね?』


 ふいに、松林警部の言葉が浮かぶ。さらに彼はこうも言った。


ナツは今(、、、、)君の(、、)そばに(、、、)いるはず(、、、、)なのだよ』


「まさか、ナツが鈴に……?」


 いや、あり得ない。正陽は無意識に首を振っていた。

 ナツが鈴に乗り移っている。そんなの到底信じられない。しかし、あの豹変ぶりは、他にどう説明できるだろう。


「おい――おいって。無視かよっ!」


 急に怒鳴られ、正陽はびくりと立ち止まった。

 おどろくほど近くに人がいた。見覚えがある。先ほど謹慎室で入れ違いになった、リーゼントの不良生徒だ。

 無数の傷から滴っていた血はさすがに止まったようである。コンクリートの壁にもたれている彼は、薄い眉をしかめて、正陽の足下に視線を落としていた。


「あ! ご、ごめん」


 不良生徒の上履きの足を踏んでいたことに気づき、正陽は慌てて後ろに引いた。ちっと舌打ちの音。

 廊下に彼がいることにも気づかなかった上、足を踏んでいたとは。


(どんだけ上の空だったんだよ!)


 赤面した正陽が歩くスピードを早めたところ――


「おい、お前」


 リーゼントに呼び止められた。勘弁してくれ、という気持ちで振り向くと、口早に尋ねられる。


「聞いたぜ。お前が礼拝堂を燃やして、ピラール神父を殺した犯人なのか」

「なっ! ちがう……僕じゃない!」


 否定しながらも、正陽は先刻のことを思い出す。

 応接室で立ち聞きしていた生徒たちが噂を広めているのか。怒りで頭に血が上ったが、不良生徒の面持ちが、からかうというよりは恐怖に染まっているのに正陽は気づいた。


「犯人じゃないって。証明できるのかよ」

「そもそも……どうして僕が疑われるのか意味がわからない」


 うなだれた正陽は、投げやりに続ける。


「一昨日、十一時半頃に礼拝堂の近くで僕を見かけっていう話があったって。でも、その時間は家にいたし。昨日の五時半、ピラールを突き飛ばしたっていう目撃情報も。ぜんぶ……全部嘘だ! どこのどいつが、くそっ」

「いいねえ、オイラもそれを調べてるところさ」


 はっとして顔を上げたのは、正陽だけじゃなかった。

 リーゼントも同様だ。声の主へ、警戒した油断ない視線を送っている。


「よ、吉岡!?」

「いよぉ、無事だったかい? まさか応接室の尋問から謹慎室にまで連れ込まれるなんてね。拘束椅子の座り心地はどうだった?」


 飄々(ひょうひょう)とした口調でひととおり喋ると、吉岡義雄は一瞬真顔になり、「かくれんぼ」と唱えた。


「――今から五分間。オイラの力で、ここにいる三名の存在、その会話は完全に保護される」

「お前っ」正陽はもどかしげに叫ぶ。「吉岡が影の校長って、本当なのかよ……今までどうして黙って」

「これからだって、ずっと黙っていたかったさ。愉快な友達同士でいたかったよ。――だが、事態は変わっちまった。奴さんが降りて(、、、)きたからな」

「奴って」

「ナツだよ。もう全部知っちまったんだろ南見」


 ナツ――。

 その名に、リーゼントの顔色が青ざめた。禁断の秘め事を知ってしまったかのように、うぅ、と唸って頭を抱える。


「紹介しておこうか、そこの彼は剣崎(けんざき)君。ケンカっ早くて教師の間では、青博館の剣山、って呼ばれてる。

 彼、()ナツ派ね。他校の生徒とケンカのフリをして、ナツ派を密かに布教していた(ワル)。でも最近、ナツやナツ派の動きが異常なほど過激になってきたんで動揺していたところを、小次郎がこっそりスカウトしたってわけ」


 表向きはまだナツ派だからそういう扱いで、と軽い口調で加える。


「ちょ、ちょっと待て……剣崎? 剣山? 小次郎って誰? ていうか、ナツ派って言った!? それにナツが降りてきたって……」

「小次郎は表の校長。ナツ派っていっても、元、ね。愛しい鈴ちゃんのことが心配なのはわかるが、もっと効率よく会話しようぜ。君ら能力者じゃないから隠せる時間も短いし」


 長めの髪の襟足を搔く吉岡。

 隠せる時間。松林警部が言っていた『絶対に見つからない霊能力』というやつか。にわかには信じがたいけど。


「一連の事件の主犯は、ナツだ」


 口早に、かつ油断なく、吉岡が断言する。


「だが、ナツの影に隠れて、ちょこまか狡い真似をしている野郎がいる。そいつを引っ張り出してやろう」

「それ! 松林って警部も同じことを言ってた。ほんとなのかよ」

「たとえば、礼拝堂の放火事件、ピラール殺人事件がお前の仕業だと刑事に垂れ込んだ人物。こんな(こす)い真似を、ナツがわざわざすると思えねえし――そもそも奴なら刑事の誰かを操作するくらい容易いだろうしな。人間の仕業と考えていいだろう」


 吉岡は剣崎に、問い詰めるような鋭い眼光を向ける。


「ナツ派の仕業か?」

「い、いや……」


 剣崎は慌てて頭を振った。リーゼントの先が揺れる。


「週一回リモート集会を開いてるけど、公式の場ではそんなことは決められてねえよ!」

「公式の場では、か。まあそうだろうな。目撃者が何人もいたら逆に怪しい。ひとりで十分だ」

「じゃあ、いったい誰が僕を」

「残念だが、今の段階では断定できねえ」

「……」

「そうヘコむなって南見。でもな――六年前の事件の犯人なら、だいぶ絞れてきているんだぜ」


 吉岡は腕時計をちら見して、「あと二分」と呟いた。


「松林警部は、礼拝堂が焼けたことと、六年前の事件は無関係じゃないって言ってたけど」

「オイラも同じ考えだ。そもそも、みなみんのせいでもあるんだぜ」

「みなみん……」


 なんだその呼び方。不満をあらわにした正陽を、吉岡は華麗にスルーして、


「お前が礼拝堂に立ち入ったせいで、六年前の証拠が暴かれると焦った犯人が、放火に及んだんだろうよ。これまでの事実を踏まえて、犯人の条件は――


 1、学園の秘密を知っている者。つまり学園関係者。

 2、六年前の事件の関係者。犯人もしくはその意思を次ぐ者。

 3、抜け穴の存在を知っている人物。 

 4、南見正陽の動きを細かに知ることのできた人物。


 これらの四つに絞られるってわけだ」


 正陽はごくりと唾を飲み込んだ。彼が特に反応したのは、“四つ目”の条件だった。


(僕の動きを細かに知ることができた人物って……)


 突如、周りの空間が歪むような違和感がした。

 吉岡が話すのを止めたところをみると、能力の効果が発す五分が経過したのだろう。

 剣崎はただただ怯えたように、吉岡と正陽を交互に見つめている。その耳元に、影の校長が囁く。


「お前の行動は常に見張っている。ナツ派の連中に異変を悟られないためにも、自分に被害が及ばないよう、せいぜい良い子(、、、)を演じてろ」

「は……はい」


 脅しを終えた吉岡は、いつものおちゃらけた顔に戻っていた。

 さて、と伸びをして、正陽に向き直る。 


「今朝の占いでは、かに座が一位だったことだし。――そろそろ愛しい『お姫様』に対面しに行きましょーか?」

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