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ミステリーリレー小説2021『名探偵ミナミ・セイヨウの誕生』  作者: ミステリーリレー小説2021「学園ドラマ×ミステリー」参加者一同
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第27話 遭遇 (孫遼)

「正陽、お前顔色悪いぞ、大丈夫かよ」

「大丈夫、ちょっと夢見が悪かっただけだ」


 居心地の悪い視線を感じつつ、平然を装いながら正陽は席に腰かけた。

 ふぅ、と大きな息をついて、机に祈るようにして手をつく。


 ――恐ろしい夢だった。


 思い出すだけで、毛穴から嫌な汗が噴き出すのを感じる。


 涼介の家への入電で知らされたピラールの訃報。とてもではないが、和やかに冗談を言い合っている雰囲気ではなかった。誰からともなく「帰ろう」と提案がなされ、昨日の会合はそれでお開きになった。


 そこからの記憶は、定かではない。一つ一つのシーンは鮮明なのだが、時系列がどうも曖昧になってしまっている。ばらばらになってしまったパズルのピースのように、一つ一つを吟味して噛み合わせていく必要がありそうだ。


 いつもの道、地蔵の前で偶然にも東夜に会った。


(東夜華鈴について尋ねなければ…)


「あのさ、」


 しどろもどろになりながらも、とにかく彼女に言葉を届けようとした。しかし頭で考えていることと口から飛び出した言葉はまったく異なるものだった。


「好きだ。僕と付き合ってくれないかな?」


 心臓が大きく鼓動し、カッと顔が熱くなる。


(いったい僕は、何を言っているんだ?)


 あわてて自分の言ったことを取り消そうとするが、喉が張り付いたようになって次の言葉が出てこない。言葉はおろか、手も足も痺れたようになって自分自身を制御できなかった。まるで誰かに自分の体を乗っ取られてしまったかのように。


 視線だけがしっかりと、東夜の一挙手一投足を捉えようとしていた。


(まだ彼女とは二回しか会ってないのに、付き合おうなんて僕はバカじゃないか……!)


 覚悟を決めて、彼女からの裁きが下るのを待った。しかし正陽の予想に反して、顔を赤らめた鈴はにっこりとほほ笑んだ。


 その表情に、ほっとしたのもつかの間。


 体を突き抜けるような衝撃。大きく穴の開いた地面。そして東夜の高笑い。


 そこで布団から飛び出した。


 ――夢?


 しんと静まり返った和室に、コチコチと時を刻む時計の音。点灯したままの蛍光灯からぶらさがるスイッチの紐が、ゆっくりと円を描くようにして揺れている。


 まとわりつくような体の嫌な感覚は、夢だとは思えなかった。だけど――


 耳元で、吉岡の声がする。


「おーい、具合悪いなら保健室に行けよ……」

「うるさい、僕は大丈夫だっ!」


 自分でも予想していなかったほど、大きな声が出て驚いた。耳の近くに顔を近づけていた吉岡を虫のように追い払うと、椅子から立ち上がり聖書を掴んで廊下に飛び出す。


 ――東夜に会って、直接確かめるしかない。


 早足で朝礼に向かう生徒たちを追い越しながら、時計をちらりと確認した。ダッシュで移動すれば、五分ぐらいは彼女と話す時間が取れるだろうか。


 廊下にいる生徒たちをかわし、螺旋階段を駆け降りようとしたときだった。


「南見くん! 廊下は走らない!」


 ミラーの声だ。


(チッ、タイミングが悪い……)


 急ブレーキをかけた正陽の上履きがキュッと高い音を立てて、舌打ちをかき消した。全力疾走で逃げ切ってしまおうかと一瞬迷ったが、あとで厄介なことになるのは目に見えている。覚悟を決めてゆっくりと振り向くと、腕を組んでいるスーツ姿のミラーが立っていた。


「そんなに急がなくても、礼拝には十分間に合うはずですが?」

「いや……そのう」


 手に持った聖書を片手で開いたり閉じたりしながら、必死で言い訳を考えた。ミラーの表情は、怒っているというより呆れているようだ。口角が徐々に上がりはじめ、何故か微笑んでいるようにも見える。


「その態度、とてもじゃないけど自分の疑惑を晴らそうなんて殊勝な気持ちはないようね」


 どうにか打開策はないか、と足元に視線を落としたとき唐突にひらめいた。イチかバチかの、ギャンブルの可能性に。


「ミラー先生! 救世主! 実はあなたを探してたんですぅ!」


 自分でも白々しいほどの大げさな演技をしながら、ミラーとの距離を詰める。いつも他人の話を聞かず強引に自分のペースに持ち込んでいく吉岡の気持ちが、少しだけわかった気がした。


(あいつ、ああ見えて意外とやり手なのかも? まぁいいか)


 頭によぎる吉岡のイメージを振り払うと、怪訝な表情を浮かべているミラーの耳元に、そっと口を近づける。


 この話は他の誰にも聞かれたくない。特にあいつには。


「靴を調べてもらえませんか」

「……靴」


 ミラーはそっと正陽の足元に視線を落とす。


「それで、何が解るの」

「調べてみないことには、わかりません」

「私は科学捜査班(CSI)じゃないのよ」

「またまた。そんなこと言って先生もちょびっと楽しんでるでしょう」


 ミラーは驚いたような表情で正陽から体を離すと、恥ずかしそうに笑った。


「まぁ、ちょっとだけ興味深いと思ったのは認めるわ。わかった、化学の先生……いや、保健医かしら? まぁどちらか詳しそうな人に頼んでおきます」

「あざっす! あ、他の人には内緒で。もちろん校長にも」


 九十度のお辞儀を高速で繰り返しながら、正陽は念を押した。吉岡キャラ意外と使えるな、などと考えながら。


「それで、真相に近づけそうなの?」

「わかりませんが……」


 一瞬、心に暗い影がよぎる。もしこのギャンブルが自分の想像するような方向に転んだとして――これまでのような平和な生活には戻れないかもしれない。


「でも決めているんです。真相がどうであれ、自分の選択を信じるって」


 うなずいたミラーを後にして、正陽は焼けた礼拝堂を横切り、体育館ホールへ急いだ。時計をちらりと確認する。貴重な時間を消費してしまった。


(やっぱり昼の休み時間に行くしかないか)


 *


 ――逃げ出したい。


 下級生の好奇の視線にさらされて、気まずい思いをしながら、正陽は教室の柱にもたれかかっていた。一年生の教室の間取りは、二年生のそれと大きくは変わらない。昼休みのせいか、どこからか油とケチャップが混じりあったようなにおいがする。


「東夜さんの席、どこかな?」


 そのあたりにいた大人しそうな女子生徒に声をかけると、少し離れたところで三人かたまってこちらを見ていた女子生徒たちが「キャー」とも「ワー」とも取れない、甲高い声を立てた。


 女子生徒が教室の奥の方を指さすと、そこには東夜らしき女子生徒が、こちらに背を向けて座っていた。正陽は女子生徒に会釈し、ゆっくりとその方向に歩いていく。


「告白?」「ふつう屋上か体育館裏でしょ」「いや、もう付き合ってるんじゃない?」


 そんなひそひそ話がどこからか聞こえてきて、正陽は耳たぶが燃えるように熱くなるのを感じた。気にするな、と自分に言い聞かせながら、東夜の方に意識を集中する。


 東夜の後ろ姿は絵画のように美しく、カメラを持っていたら思わずシャッターを切ってしまいそうだ。切りそろえた髪に、ぴかぴかとした丸い天使の輪っかが浮いている。


「東夜さん、ちょっといい?」

「はい?」


 初めて出会った時と全く同じ、楽器を鳴らすような声のトーン。それを合図に、周囲の動きがコマ送りのように遅くなったように感じた。


 東夜鈴が、振り向いた。

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