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ミステリーリレー小説2021『名探偵ミナミ・セイヨウの誕生』  作者: ミステリーリレー小説2021「学園ドラマ×ミステリー」参加者一同
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第23話 吉岡義雄 (羽野ゆず)

 夕暮れの土手で、正陽が涼介から衝撃的な事実を聞かされてから数時間後。

 夜の(とばり)が降りた時分。


 青博館高等学校に不気味な人影があった。

 闇の中、身軽な動作で高い塀を越え、巨大な正門をくぐり、教会じみた校舎へと侵入する。マスターキーを持っているのか、はたまた、特殊な能力の持ち主なのか。厳重な扉を易々(やすやす)と突破していく。夜目が利くのか、懐中電灯の類も持っていない。


 ふいに、軽快な足取りが止まった。

 着いた先は校舎一階の最奥――校長室。月光が射し込む室内を()は見回す。

 まず、目に飛び込んでくるのは豪奢で重厚な机。内部には何も収納されておらず、本来の役割は果たされていない。まさに見かけだおし。校長室とは名ばかりの部屋。


「ノートパソコンくらい置くべきかね……」


 自嘲するようにつぶやき、彼は、ガラス扉付きの本棚に歩を進めた。

 そこで、不思議な行動を起こす。観音開きの扉を手前に開くのではなく、引き戸のように左右へ引いたのだ。すると、どういう構造になっているのか、蝶番(ちょうつがい)が外れ、扉は左右にスライドした。観音開きでは死角となる位置に存るボタンへ、指がのびる。


 がちゃん


 尖った金属音が響いた後、蔵書がきっちりと収められた本棚が上昇していく。

 棚裏に高さ一メートルにも満たない狭い穴が現れた。出入口。身体をかがめ滑りこませると、先は下りの階段になっている。


「……もうちょい、広い入口にしときゃよかった。オヤジになって太ったら入れなくなったりして」


 静まり返っているせいか、くだらねえ独り言がやけに反響しやがる。

 胸中で呟きながら、彼は石造りの階段を下りていく。

 地下には十畳ほどのスペースが広がっている。コンクリートに囲まれた素っ気ない空間。木製テーブルの上に蝋燭が一本灯っている。

 上の校長室とは大違いの粗末さで、さながら牢獄を連想させる。しかしながら、ここは、地球上の何処よりも安寧な場所だった。少なくとも、彼にとっては。


 彼――吉岡義雄(よしお)は、ようやく落ち着いたように、ふう、と一息ついた。


「お待ちしておりましたぞ。影の校長(、、、、)


 その瞬間を待ちわびていたかのように、発せられた声。

 蝋燭の灯りに照らされた初老の男のものだった。上等そうな漆黒のスーツに身を包み、椅子に腰掛けている。

 対して学生服姿の吉岡は、彼特有のコミカルな笑顔を浮かべ、


「よお、表の校長(、、、、)


 と気安く応じた。そして、唱える。


「『かくれんぼ』しーましょ?」


* * *


 吉岡義雄の話をしよう。


 どのクラスにも一人はいる、お調子者でおバカな男子。多くの生徒たちは、そんな印象を持っているに違いない。その一面も確かに彼。しかし吉岡の場合、出自が多少特殊だった。


 吉岡は国内でも有数の霊能力者の家系、大瞑(おおつむり)家の一族に生まれた。

 しかしながら、一族の人間なら当然持ちうる力――霊なるものを感じることはできるが――“目視”する能力を持たなかった。本家の子といえど、力を受け継がない者は冷遇される。見込みなし、とされ、七歳で養子に出された。

 

 皮肉にも彼の能力が開花したのは、その二年後だった。

 霊能者とは無縁の家庭で暮らし、普通の生活が馴染み始めたある日。

 小学校の友人たちとかくれんぼをしていた吉岡は、土管の中という安易な場所に隠れてしまったことを悔いつつ、間近に迫る鬼の気配に怯えながら、


(見つかりませんように……どうか、見つかりませんように!)


 頭を抱えて祈っていた。ただひたすら、必死に。

 尻の方から土管を覗かれた気配がして、万事休す、と立ち上がった――が、鬼役の男子は「なぁんだ、誰もいねえじゃん」とグチりつつ去っていったのである。


(なんで?)


 何かの勘違いだろうと最初は思った。見落とされたに違いないと。

 だが、鬼役にしつこく確認しても「うるさいな! 誰もいなかったし」とキレられた上、以降、何度も同じ現象が起こったのである。

 隠れて(、、、)いる姿(、、、)を見られて(、、、、、)いる(、、)はずなのに(、、、、、)見つからない(、、、、、、)

 いつしか、吉岡はかくれんぼに誘われなくなった。

 

 やがて、自覚せざるを得なかった。

 見つからないように、と念じているとき、自分は透明人間(、、、、)になっているのだと。さらに気づいた。その間、常に身近に感じていた霊の気配(、、、、)さえ(、、)消える(、、、)ことに。


 人間界、霊界でもない――吉岡独自の異空間の展開。

 領域は半径約五メートル以内。試すうちに耐久時間は長くなり、一定の霊力を備えた人物であれば、異空間に共存することも可能となった。本家には伏せて、彼は自力でこの能力を磨いた。

 だが、どこからか情報は洩れるものらしい。吉岡の能力に気づいた『先代』によりスカウトされ、極秘裏に第七代・影の校長に任命されたのであった。


* * *


「――つっても今のとこ、この力の利点といえば、誰にも(、、、)見られず(、、、、)聞かれず(、、、、)行動できるってことだけ?」

「ナツ派の盗聴を警戒せず、安心して話ができるだけ大いに役立っていますとも。彼奴(ヤツ)らは神出鬼没ですからな」


 軽口をたたく吉岡に、“表の校長”こと(あおい)小次郎(こじろう)は諭す。

 葵家は、吉岡の実家・大瞑家の遠縁に当たる。吉岡は後頭部で指を組んで、


「この学校じゃ、ナツの名を口に出すのもタブーだからな。転校生の南見も苦労してるよ」


 ちなみに、この地下室は漫才同好会の部室とも繋がっている。

 絶賛会員募集中だが、実際に入られたら大いに困るのであった。……まあ、今後も誰も入らないだろう、たぶん。

 礼拝堂とも繋がっていたが、火災により道が塞がれてしまった。礼拝堂を調査(、、)中、『僕たちの知らない抜け穴があったりしない?』と正陽は疑っていたが、大当たり。ナツについて追及してきたので脅しておいたが、困ったことに懲りた様子はない。


「ピラールのことは残念だった……」


 ぎり、と唇を噛む吉岡。


「おそらくナツの仕業でしょうな。恐ろしい」


 葵校長も(こうべ)を垂れる。共に戦う仲間を失った。大きな痛手だった。

 吉岡は拳を震わせて、 

 

「六年前の事件といい、ヤツは加減ってものを知らない! そろそろ本格的に何とかしないと――間違いないのか?」

「はい」


 異空間で守られた内で、葵校長はさらに声を低めた。


「長年この学園でピラールと見張っておりましたとも。ナツ派の事件――小規模から大規模も含めて、東夜家(、、、)の女子(、、、)を中心として起こっていた。直近ですと、六年前には東夜華鈴が、今回は東夜鈴が礼拝堂にいた」

「南見正陽との関連は?」

「まだ調査中です」


 吉岡は長めの髪を乱暴に掻く。


「わっかんねえなぁ。もし、これらの事件が本当に神――ナツの仕業だとするよ?」

「一部はナツ派の人間の仕業かもしれない。しかしその他は明らかに人の力を越えておりますぞ」

「その心は?」

「は?」

「動機だよ。ナツの」

「……ナツ派の信仰を広げるためではないかと」

「じゃあ、東夜は無関係でもよくない?」


 むぅと押し黙る葵校長。沈黙の後、影の校長が口火を切る。


「東夜家の女子に惹かれる呪い」

「……」

「だったりして? 面白くない?」

「1ミクロンも笑えませんな」


 葵校長は無表情のまま返した。冗談めいた表情の吉岡に、不謹慎だと言わんばかり。

 ごめん、という風に吉岡は空で手を振り、命令を下す。


「引き続きナツ派について調べを進めてくれ。

 秘密宗教といえど、最近の事件の過激さにビビって抜けたい信者が出ているかも。そういう人物を狙うんだ。天才・吉岡の予想だと、ナツ派の発祥には――東夜家が関係している」

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