第15話 謎の神父 (Kan)
正陽は、背後になにか殺気じみたものを感じて、アルバムを静かに置くと、振り返った。そこには、白い顎髭を垂らしている風変わりな老人が立っていた。西洋人風な顔つきのせいか、まるでヨーロッパの魔法使いのような外見だ(実際、彼にはフランス人の血が流れていた)。服装まで、カトリックの神父のような黒装束をまとっている。
「えっ、誰……!」
目の前の人物が何者なのか、正陽にはまったく理解できない。
「校長室に勝手に忍び込むとは、なんという不届きもの!」
「す、すみません。あの……」
「成敗してくれる……!」
その人物は、凄まじい形相で、正陽に迫ってきた。正陽は、わあと叫ぶと椅子の後ろに隠れようとした。もちろん、頭隠して尻隠さずどころの話ではなく、丸見えである。椅子はその人物の手に掴まれて、ぐいと横に引っ張られる。
「燃え上がる礼拝堂……! 大正時代から続いている貴重な文化財も揃って丸焦げだ。警察が土足で神聖な校内を歩きまわっている姿を見ると反吐が出るし、校長室には不法侵入者ときておる。ええい……そこに立て!」
その人物の目は本気だった。正陽は、十字架に張り付けになったかのように壁にくっついて、逃げ場もない。正陽は、今にも泣きそうになる。
「すみません。すみません……! でも、あの、そこのアルバムを読んでいただけなんです!」
「アルバムだと。なにがアルバムだ。アルバムなんか見て何が分かる。何が面白いというのだ……」
目の前の老人は、そう言いながら、机の上に放り出されたアルバムをちらりと見た。
「これは……」
「すみませんでした。あの、僕、もう帰ります」
「まちなさい。君は先ほど、このアルバムを眺めていたのかね」
この人物の声から、もう先ほどの怒りは感じられなかった。正陽はこの変化に驚いて、老人の顔を見た。老人はなにか考えているらしき、物々しい表情を浮かべている。
「その椅子に座りなさい。わしに正直に話すのだ。君の名前は……」
「南見です。南見正陽……」
「この学校の生徒かな。そしてこのアルバムは、六年前のものだね。君は、このアルバムを見たかったのかね」
「いえ、そういう考えはなかったのですが、あのジョリーが……」
「ジョリー?」
「いえ、常利先生が、あの火災を起こしたのは、僕じゃないかと疑うものですから……」
何と説明してよいものか、分からない。口の中でモゴモゴしているだけで、上手く文章にならないのである。
「あなたこそ、どなたなのですか?」
「わしかね。ピラール神父だよ。ここの校長とは古い古い付き合いだ。実際にわしは去年まで、この学校に勤めておったのだよ。しかし体調を崩してな。家で療養しとった。今朝、礼拝堂が焼けたと校長から電話があってのぉ。自転車をこいで、大急ぎでやって来たのだよ。校長は今、警察署におるらしいがね」
そう言って、神父は意味ありげに笑った。




