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ミステリーリレー小説2021『名探偵ミナミ・セイヨウの誕生』  作者: ミステリーリレー小説2021「学園ドラマ×ミステリー」参加者一同
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第14話 潜入 (庵字)

 教室を出た正陽(せいよう)は、そのまま玄関を抜けて礼拝堂へと向かう。出火元である地下室を調べることが目的だ。授業が中止となり自宅待機となったためか、生徒や教師たちの誰ともすれ違うこともなく、礼拝堂にたどり着いた正陽だったが、


「……駄目か」


 生徒はいないが、まるでその代わりにとでもいうように、何名もの警察官たちが、黒く焼け焦げた礼拝堂とその周辺を調べていた。不審火による出火が原因と考えれば、それは当然の措置といえる。こんなところに高校生が出しゃばったところで、つまみ出されるのが関の山だ。

 さすがの警察も、日が暮れてまで現場調査を続けることはないだろう。夜になってから出直そうかとその場を離れ、校門へと足を向けた正陽だったが、


「……これは、チャンスだ」


 (きびす)を返し、進行方向を校門から玄関へと変えた。生徒は皆、自宅待機を言い渡されている。先ほどまでいた校内のしんとした様子からして、教師もほとんどが帰宅、もしくは警察で聴取を受けているものと考えられる。恐らく、校内に残っているのは、ついさっきまで会っていたジョリーとミラーの二人だけではないのだろうか。であれば……。

 玄関に戻った正陽は、一階の奥へと歩を進めた。目指すは……校長室。ジョリーの話では、校長は現在、警察で事情聴取を受けているはずだ。


 誰にも遭遇することなく、正陽は校長室の前までたどり着いた。途中、ジョリーとミラーがまだ校内に残っているかを確かめるため、職員室の様子を窺おうかとも思ったが、やめた。下手に偵察をして動き回り、逆にこちらが見つかってしまっては元も子もない。

 教室や職員室の引き戸とは違い、校長室の出入口は両開きの扉となっている。正陽が片方のバーを掴み、ゆっくりと引くと、厚い扉が口を開いた。もし施錠がされていたら、大人しく引き下がるつもりだったのだが……。覚悟を決めた正陽は、廊下の左右を見回して、誰の目もないことをもう一度確認してから、さらにバーを引き、空いた隙間から室内に身を滑りこませた。音を立てないよう気を付けてドアを閉める。

 ふう、とひとつため息を吐いてから、正陽は室内に視線を走らせた。窓がひとつしかないせいだろうか、まだ午前中だというのに部屋の中は薄暗い。扉横のスイッチを押し、正陽は照明を灯した。背の高い観葉植物、応接用のソファセット、観音開きのガラス扉付きの本棚、生徒用のそれを数脚合わせてもまだ及ばないほど大きな机、背もたれの高い椅子、それら調度の数々が目に飛び込んできた。

 まず、正陽は本棚へと駆け寄った。ガラスのはまった扉を開け、蔵書の背表紙を確認していく。分厚い辞書や辞典が数種類並び、ミッション系の学校らしく聖書をはじめとした宗教関連の書籍も見える。その他は学校の資料や歴代の卒業アルバムが収まっていた。扉を閉めた正陽は、今度は机に向かう。

 机は横幅があり、抽斗(ひきだし)は左右に縦に四つずつ並んでいた。正陽は右側から手を付けることにして、抽斗の前に屈みこんだ。

 縦に並んだ抽斗を物色するときは、下から開けていくのがセオリーだ。上から開けていくと、いったん開けた抽斗をまた元に戻さなければ、その下の抽斗の中身を確認することが出来ない。下からであれば、開けっ放しでも次々に抽斗の中身を確認していくことが可能だ。元に戻すときも、両手を使って一気に開けた抽斗をまとめて押し戻せるため、大幅に時間を節約できることにもなる。何かのミステリ小説を読んで得た知識だったが、こんなところで役に立つ日がこようとは。

 正陽は一番下の四段目の抽斗の取っ手に指を掛け、一気に引き出す。美麗なレリーフが施された重厚なその見た目とは裏腹に、抽斗はほとんど重みを感じさせることなくほぼ全開まで引き出された。というのも、


「……(から)?」


 そう、引き出しの中身は空だった。紙一枚、鉛筆一本入っていることもない、まさに純空だった。正陽はその上、三段目の抽斗に手を掛け、引く。伝わってきた感覚は四段目と同じだった。すなわち、三段目の抽斗も空。


「……まさか」


 その予感は的中した。左右計八つの抽斗は、そのすべてが何ひとつ収納されていない空っぽだったのだ。抽斗を元に戻して立ち上がった正陽は、机の上を見る。メモ用と思われるペンと紙が数枚、それ以外は何も載っていない。いくら授業に直接関わることのない校長とはいえ、ノートパソコンの一台でも置いていてしかるべきだと思うのだが……。

 正陽は椅子に座り、広い背もたれに背中を預けて天井を見上げた。


「何なんだよ、ここ……本当に校長室なのか……?」


 呟きとともに思わずため息が漏れる。改めて正陽は室内をぐるりと見渡す。が、他に何かがしまわれていそうな場所は何もない。応接セットのローテーブルも、抽斗や棚などは備え付けられていないタイプのものだった。

 校長が直々に出すという『帰宅命令』。ここに来れば、その秘密を記した何かが発見できるかもしれないと踏んでいたのだが……。

 いつまでもここに居るわけにはいかない。かといって、千載一遇と言ってもいいこの機会に手ぶらで帰るというのも……。正陽の目は本棚に止まった。現状、何かしらの「情報」が得られるものは、あの中に並んでいる書物以外にない。とはいえ、辞書や辞典の類い、あるいは宗教関係の本や聖書などは、わざわざここで目を通す必要もないだろう。残るは卒業アルバムだが、そんなものを見てみたところで――

 正陽は勢いよく椅子から立ち上がると、大股で本棚へ向かう。再びガラス扉を開くと、卒業アルバムの背表紙に目を走らせた。一、二、三……。目的のものを見つけると、正陽はそれを棚から引き抜く。……今から()()()の卒業アルバム――!

 椅子に戻った正陽は、豪華な装丁のケースから引き抜いたアルバムを机に置いて表紙をめくった。三年生のクラス紹介に始まり、各種行事や部活動の様子を収めた写真が続く。写真の中に、ジョリーをはじめ、教科担当として知っている何人かの教師の顔を見つけることが出来た。当然のことながら、正陽が知る現在よりも皆、若干若い。


 この中に……。


 正陽はページをめくっていき、行事に興じ、あるいは真剣な表情で部活動に取り組む名も知らぬ生徒たちの顔を目で拾っていく。


 いるのか? この中に?


 正陽はページをめくる。


 六年前の『帰宅命令』の日に命を落としたという生徒が、この中に?

 ……いや。正陽は思いなおす。卒業アルバムというものは、当たり前のことだがその年度に学校を巣立っていく三年生に向けて作られるものだ。すなわち必然、収録されている写真などは三年生中心のものばかりが選ばれることになるだろう。クラス紹介も当然、三年生のものしか掲載されていない。六年前に亡くなった生徒が一年生か二年生であったのであれば、このアルバムに顔が写っている可能性は低いだろう。

 正陽は目次に戻り、この年度に催された行事などがまとめられた記録のページを開いた。が、ありきたりの学校行事や試験の日程が記載されているだけで、死亡事故(事件の可能性もあるが)のことは書かれていなかった。めでたい卒業アルバムに悲惨な死亡事故のことをわざわざ載せたりしていないだけなのか? が、もしも死亡したのが三年生であったならば、本来このアルバムに載るはずの生徒が亡くなったということだ。それについて何も触れていないというのはかえっておかしい。ということは、やはり死亡したのは一年か二年生だったのだろうか。

 この翌年と翌々年のアルバムも調べてみる必要があるな、と、何気なくページをめくった正陽は、ある一枚の写真に目を留めた。――()()()()()()()()()! 教師ではない。制服を着た……生徒だ! そこは部活動の写真を掲載したページだった。

 吹奏楽部が演奏している様子を写した一枚。その中のひとり、フルートに口をつけた生徒。その女子生徒の顔を、正陽は知っていた。

 ――(あずま)()(すず)


「……そんなはずはない!」


 思わず正陽は口に出していた。しばらくの間正陽は、その――東夜鈴と瓜二つの――女子生徒の顔を凝視していたが、


「……そうだ! この生徒が三年生なら、クラス紹介に名前が載っているはずだ」


 卒業アルバム掲載の写真にこれだけ大きく写っていることから、この女子生徒が三年生であることは疑いがないと思われる。正陽はクラス紹介のページを探し、アルバムをめくっていく。

 その作業に集中しすぎていたせいだろう。正陽は、校長室の扉が、ゆっくりと、音もなく開きつつあることに気づいてはいなかった。

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